第24章 7.女湯にて
さて、一行がやって来たのは、市街地から20キロほど離れたチコル温泉郷。
高台に位置するその場所からは、フォークの街並み全体はもちろんのこと、彼方の大洋まで見渡すことが出来る。
元々は知る人ぞ知る、穴場の温泉地であった。
だが10年ぐらい前から、その観光資源としての価値が徐々に注目を集め、宿泊施設に娯楽施設、飲食店、土産物店などなど…、一大温泉街として生まれ変わった。
特にフォーク解放以降は、政情不安から遠出出来ない人々の行楽地として、大いに賑わいを見せている。
到着して、まずは汗と疲れを落とすために貸切の露天風呂に浸かる一行。
女湯にて…
「はぁ〜、癒される〜、景色も最高だし、ショックだったことも全部吹っ飛んでくね〜!」
「ほんとー!、そんでクーちゃんのお肌もちもちすべすべ〜!、おっぱいもみもみしちゃおうっと〜!」
「ええっ…!?、ちょっとっ…!」
「ちょっとっ、ソラ、やめなよー!」
湯船の中でバシャバシャと騒がしく湯飛沫を立てて、クラリスに飛び掛かろうとするソラだったが……
「こらっ!、ソラっ、クラリスが嫌がってるだろうがっ! あんまり横着するんだったら、お前も出禁にするぞっ?」
「ちぇ〜……」
アリアに怒鳴られて、ソラは唇を尖らせて引き下がった。
ところで、クラリスの臀部に今も残る奴隷痕。
彼女はそれを隠そうとせず、ソラとスノウの目にもそれははっきりと見えている。
だが二人は、あえてそれに触れようとはしない。
スノウはもちろんのこと、普段クラリスのことをあれだけやりたい放題にしているソラであっても、大事な友の尊厳をちゃんと弁えているのだ。
……………………
「先生、体の筋肉すっごいですね〜、むちゃくちゃ引き締まってる〜、カッコいいー!」
「まあな、毎日鍛えてるからな。筋トレはいいぞぉ〜、お前らもやってみろよ。健康にも美容にもいいしな」
「仕事柄仕方ないんだろうけど…、私は姉として、アンタの将来が心配だよ…。本当に誰とも結婚する気がないって言うのかい…?」
「姉貴…、今そんな話しなくたっていいだろ…」
「だってアンタ、その話するといつも逃げちゃうじゃないか…。それに若気の至りとはいえ、昔はあんだけグレてヤンチャして親を困らせてたんだからさ…。仕事もわかるけど、そろそろ父さん母さんを安心させてあげたらどうなんだい?」
「ちょっ…!?、姉貴っ…?」
「えっ〜?、アリア先生って若い頃不良だったんですかぁっ?」
「実はそうなんだよねぇ…。センチュリオンとかほどじゃないけど、ウチも名家だからねぇ…、親の期待が大き過ぎた反動だったんだろうね…。ほら、アンタが同じ年ぐらいの不良少女ばっか集めてやってた愚連隊の名前なんだったっけ……ああそうそう、確か “紅蓮血魔”………」
「うああああっ…!、やめてくれぇっ〜…!」
まさかの姉フェニスに、元ヤンだった黒歴史を暴露されるアリア。
そんなこんなで、良泉に浸かって身も心も癒されながら、騒がしくも談笑に花咲く女性陣だったが……
(こんなに楽しいのに、お姉ちゃんは一人ぼっちか…。そりゃあ、これまでのあの人の行いを考えたらしょうがないんだろうけど、ちょっと可哀想かなぁ……。こうやってみんなと一緒にお風呂に入れるのも、なんやかんやでお姉ちゃんのおかげだし……)
先にアリアがソラに言った、『お前も出禁にするぞ』という言葉…。
実は過去の前科が前科だけに、アリアはアイシスに『後で一人で入浴するように』と厳命していたのだ。
咄嗟に反論が喉元まで出掛かったアイシスだが、アリアは仁王の如く凄んで彼女にそれ以上の発言を許さなかった。
これまでアイシスに散々な目に遭わされているにも関わらず、そんな彼女を気に掛ける心優しきクラリス。
ところが…
(ふへへへ……、クラリスちゃんの生裸たまらんわぁ……。湯煙が漂ってるせいか、何だかすごく色っぽく見えるわねぇ…。あのスノウちゃんって子も、ちょっと小さくて発育が遅れた感じだけど、そこがまたいいわよねぇ…。……あの小娘…、顔だけじゃなくて体つきもスレンダーで綺麗ね……。別に全然唆らないけど……てか、むしろ嫉妬しちゃうっ…!)
10メートルほど離れた鬱蒼とした木々の隙間から、アイシスは懲りずに迷彩結界を使って覗き行為に及んでいた。
すると…
(チっ……)
シュッ……ガコッ…!
「ぐえっ……」
突然木桶を掴んで、木々の茂みに向けて光の速さで放ったアリア。
木桶は何者かに命中したらしく、断末魔のような呻きが一瞬響いた。
「せ、先生っ…、どうしたんですかっ…?、それに今の声みたいなのは……」
「なあに、山の中だしエロ猿でもいたんだろ…。まあ、そう気にするなって」
クラリスに対し事実を伝えないのは、曲がりなりにも彼女が『お姉ちゃん』と呼ぶアイシスへの、アリアなりのせめてもの情けであった。




