第24章 6.波乱?の温泉旅行
ともかく、そんなこんなで翌日の夜のこと…
「な、なあ…クラリス……、今度の休みの日にさぁ、温泉に行かないか…? トレック兄ちゃんたちが連れてってくれるって…」
いつものようにクラリスに宿題を手伝ってもらっているリグ。
「……別に私はいいよ…、リグくんだけで行って来たら? てか、次の休みは訓練があるじゃないの…?」
一瞬出掛かった本音を飲み込むように間を置いて、クラリスは素っ気なくリグの誘いを断る。
(確かに…トレック兄ちゃんの言ってた通りだ…。今まで全然気付きもしなかったけど、クラリス…怒ってる…? くっそぉっ、俺のバカっ……今まで何やってたんだっ……)
心を入れ替えて改めて見てみると、これまでとは様相が違って映るクラリスの反応…。
リグの危機感はますます募っていく。
「あ、ああ…、トレック兄ちゃんたちが休みにしてくれるよう、上手いこと取り計らってくれたらしいんだ…。なっ、そういうことだからさぁ…、一緒に行こうぜ?、クラリス……てか、ほんとに頼むよぉっ……、一緒に来てくれよぉ〜、一生のお願いだからさぁ〜」
最早土下座すらしかねない勢いで、リグはクラリスに縋り付いて懇願する。
「ええ……、わ、わかったわよ……行けばいいんでしょ…行けば……」
……………………
こうして、力業で押し切る形で、何とかクラリスを温泉旅行へと誘い出したリグ。
言うまでもなく、これはクラリスとの関係修復を図るための、トレックたちが考えた計画であった。
まずは温泉に浸かり、美味いものをたらふく食べ、思い存分遊んで、心身ともにリフレッシュした後、自然な流れでクラリスとリグが二人きりになるチャンスを作る。
その上で、二人の恋路を鮮やかに彩る壮麗な景色の中で、互いへの想いを再確認させようとする魂胆である。
(トレック兄ちゃんたちがここまで段取りしてくれたんだ……。絶対に…絶対にっ、クラリスとの仲を取り戻してやるっ…!)
そしてついに当日…、強い決意を胸に秘めて、リグはクラリスとともに集合場所にやって来た。
ところが眼前の光景を見て、彼はわけもわからないまま愕然とする。
「えっ…?、な、なんで……どうして……」
「やっほっー!、クーちゃん」
「おーいっ、遅いぞ〜、このぅ!」
「ごめんねー、待たせちゃって」
リグが漏らした声を掻き消すように、クラリスと元気に挨拶を交わしたのはスノウとソラだった。
「おいっ、どういうことだよっ…、なんでこの人たちがいるんだよっ…?」
「『なんで』って…、私が温泉に行くって言ったら『一緒に行きたい!』って……。別に断る理由なんてないでしょ?、人数が多い方がきっと楽しいだろうし」
「そ、そりゃあそうかもしれんけどっ……うぐぐぐ……」
躍起になって問い質すリグに、あっけらかんと答えるクラリス。
さらには…
「クーラリスちゃーんっ!」
「きゃっ…、ちょ、ちょっと…、こんなとこでやめてよっ…、お姉ちゃんっ……」
気配を消して、クラリスの背後から忍び寄って来たのはアイシスだった。
「お姉ちゃんね…マリンちゃんに逃げられちゃったの……。おうちの方に行っても『娘には絶対に会わせない』って追い返されちゃうし……。やっぱりお姉ちゃんにはクラリスちゃんしかいないの……。ごめんね、今までほったらかしにしちゃって…寂しかったよね……うへへへ……」
公衆の面前で、クラリスの体を弄ろうとするアイシスだが……
「ちょっとっ、オバサンっ、今まで他の子に浮気しておいて、今さら虫がよすぎるでしょうがっ!」
「だからオバサン言うなっ、クソ小娘がっ。ふんっ、私とクラリスちゃんとは姉妹同然の仲なの。いくら友達だからって、赤の他人のあなたなんかに干渉される筋合いなんてないのよ!、身の程を弁えなさい! あらぁ…、お隣の子は可愛らしいわねぇ……」
ソラと激しく啀み合ったと思いきや、次の瞬間にはその横にいるスノウに狙いを定めたアイシス。
ちなみに無類の少女趣味者の彼女だが、あくまでその対象は愛らしいあどけなさが残っている少女限定だ。
そのため、ソラのような容姿だけは完成し尽くされた超絶美少女は、却って彼女の “ストライクゾーン” を擦りもしない。
そんなわけで先が大層思いやられるクラリスだが、それ以上に泣きたいのはリグの方である。
だが、事態はそんな彼をさらにさらに苦境へと追いやる。
リグの前で後ろめたそうに佇むトレックとライズド…、その背後にいたのは……
(せ、先生っ…!?、ど、どういうことだよっ……トレック兄ちゃん……)
そう…、 “お邪魔虫” を連れて来ていたのはクラリスだけではなかった。
この計画の元々の言い出しっぺであるトレックが、アリアとフェニスとスコットを連れて来ていたのだ。
「えっ…、先生たちも来たんですか?」
「まあな。こいつらが訓練を休みたいとか言うからさぁ、何かと思って問い詰めたら、みんなで温泉旅行に行きたいからって言い出しやがってな…。でもまあ、こうやって集まって親睦を深めるのも悪くないだろう?、せっかく温泉地であるフォークにいるわけだしさ。それに…、何だか嫌な予感もするしな……」
「いっ……!?」
アイシスに刺々しい視線を遣るアリア。
思わず萎縮するアイシスと、ほっと安堵の表情を見せるクラリスだが、リグにとってはそれどころではなかった。
「何でだよっ…?、一緒に行くなんて、家で一言も言ってなかったじゃんかよっ…?」
「ちょっとお前らをビックリさせようと、黙ってたんだ。てか、そんなに怒らなくたっていいだろ…? それとも何だ?、アタシらが一緒に来ちゃあいけないのか?、え?」
「い、いや……、そんなわけじゃ…ないですけど……」
やや苛つき気味のアリアに凄まれて、リグは一転、熱り立った声を引っ込める。
「何なんだ…、おかしなやつだなぁ……。まあいいや、ところで実はもう一人誘ってるんだ。つい昨日、遠征先から戻って来たとこを偶然出会ったんだが、今日のこと話したら妙に行きたがってな。それにしても意外だったなぁ…、そりゃあ家同士の親交はあったんだろうが、まさかリグがあいつとあんなにも親しい仲だったなんてなぁ」
アリアは唐突に、もう一人の参加者の存在を仄めかした。
「えっ…?、『あいつ』って誰……?」
「そりゃあ、お前………お、噂をすれば来たな」
アリアが振り向いた方向に目を遣ったリグ。
向かって来たのは、煌びやかな長い銀髪を靡かせた、一瞬美女と見間違えかねないほどの美青年であったが……
「リグちゃ〜ん……、やっと僕の元に帰って来てくれたんだね〜!」
「ひ、ひいっ…!?、で、出たぁっ…!」
現れたブリッドはリグの姿を見るや否や、彼を抱き枕の如く抱き締めて顔をすりすりさせる。
「リグちゃーん、僕寂しかったんだよぉ…。でもね、脳裏に焼き付いている君の愛らしい面影を支えにして、ここまでずっと頑張って来たんだ。だから、これまでの分まで目一杯僕を癒してねぇ。まずはメイドさんにでもなってもらおうかな〜、ああでもお人形のようなフリフリのドレスも捨て難いなぁ〜!」
一気に全身の血の気が引いて、多量の冷や汗に塗れたリグは最早思考すらも儘ならない。
「な、何なんだ…お前ら……、一体どういう関係なんだ……」
そんな男二人の濃密な絡みの前に、ただ困惑するしかないアリア。
「そ、そんなぁ……、ブリッド様がこんな趣味だったなんて……」
叶わぬ恋とわかっていながらも、ブリッドのことを恋い慕っていたスノウ。
眼前の光景は、彼女の百年の恋を跡形もなく粉砕するには、十分過ぎる破壊力だったようだ。
(ええ…、あの人綺麗な顔立ちはしてるけど、男の人よねぇ…。とんだ変態が世界にはいるのねぇ……)
自身がド変態であることを棚上げして、ブリッドをドン引きした目で見るアイシス。
「ま、まあともかく全員揃ったことだし、そろそろ行こうか…。団体だから馬車を貸し切ったんだ…」
仕切り直したアリアに促されて、皆はぞろぞろと移動を開始する。
(ううう……、なんでこんなことになるんだよぅ……)
そんなこんなで、リグにとっては最早苦行とも言える、楽しい楽しい温泉旅行が幕を開けたのだった。




