第24章 5.女の子の扱い方
ところで、この頃クラリスはリグのことで一つ悩みがあった。
二人の仮住まいであるアリア宅にて…
「たっだいま〜」
学校の悪友連中と放課後のフットボールを楽しんで、陽が沈んだ頃に土塗れで帰って来たリグだったが……
「こらっ、リグっ!、お前今何時だと思ってるんだっ? 陽が沈むまでには帰って来いって、あれだけ言っただろうが!」
「ひいっ…!?」
帰宅早々に、アリアの雷がリグの頭上に直撃する。
「す…すんません……」
「まったくお前は……、毎回毎回謝れば済むって思ってんだろ…。だいたい今日は、たくさん宿題だって出てるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫だよ……、宿題なんてちゃっちゃっとやっちゃうからさぁ……、なぁ、クラリス?」
「ふーん、『ちゃっちゃ』とねぇ……。じゃあクラリス、こいつが『手伝ってくれぇ〜』って泣き付いて来ても、絶対に手伝ってやるんじゃないぞ?」
「ええっ……、そんなぁ……」
………………………
最早お約束化した日常のこんな風景だが、クラリスの悩み…それはリグが自身にちっとも構ってくれなくなってしまったことだった。
無論、決して倦怠期に陥ったというわけではない。
単に、悪ガキ同士で馬鹿やって過ごすのが楽しくて仕方がないという、そういうお年頃に過ぎない。
聡明なクラリス…、頭ではわかってはいるものの、それでも心は悶々としたままだ。
とはいえ、『もっと私に構ってよ!』などと、“面倒臭い女” 感丸出しの言葉など口が裂けても言えない。
彼女がリグの宿題を毎日のように手伝ってあげるのも、そうすることで二人っきりでいられるという、そんな切ない事情があったのである。
さて、ある日の休日のこと…
「うおっ、すげえっ、また大物だっ、やっぱり船の上からだとたくさん釣れるね!」
「そうだろっ、そうだろっ、海岸だと小物しかいないからなぁ。大物狙うなら沖に出ねえとな!」
「船出してくれてありがとう!、トレック兄ちゃん」
トレックとライズドに連れられて、沖釣りに来ていたリグ。
馬鹿力に定評があるトレックは、身体強化術を使って遥々船を漕いで来たのだ。
ちなみにクラリスとリグは、レイチェル率いるゲネレイド暗殺のための特務隊に選ばれたため、学校がない日は隊の特別訓練に参加することになっている。
だがこの日はレイチェルの都合により訓練は中止。
よって二人にとっても、トレックライズドたちにとっても、貴重な完全オフとなっていた。
そういうわけで久々の休日を満喫するリグであったが、そこにクラリスの姿はなかった。
「なあリグ、なんでクラリスちゃんも連れて来なかったんだよ?、お前ちゃんと誘ったのかぁ?」
「ちゃんと誘ったよ…。でもあいつが行きたくないって言ったからさぁ……」
「……お前とクラリスちゃんって付き合ってんだよな…? なんか最近、あの子様子がおかしいこととかなかったか…?」
遊び人気質とだけあって、トレックのそっち方面の勘が何気に冴える。
「『おかしいこと』…?、うーん……そんなことないとは思うけど…。てか最近俺、学校が終わった後は友達と遊んでばかりいて、あんまりあいつと一緒にいないんだよねぇ〜」
同じ屋根の下で育ち、クラリスと二人で世界中を旅して来たリグ…。
そのせいか彼にはどうも、愛しい人と共に過ごす…それ自体が特別で掛け替えのない時間なのだという、そういう意識が欠如しているようである。
あっけらかんとそう言って退けるリグだったが……
「ばっきゃっろぉっー!!!」
「………っ!?」
突然激昂して、リグに大怒声を放ったトレック。
悠々と飛び交っていた海鳥たちも、思わずビックリして逃げ去って行く。
いきなりバッと立ち上がったので、心許ない小さな船は大波に乗り上げたように揺れた。
「ど、どうしたんだっ…!?、トレックっ…?、てか、急に立ち上がるなよっ…、危ないだろっ…?」
窘めるライズドの声に耳を傾けることなく、トレックはリグを厳しく問い詰めた。
「お前ってやつはっ…、見損なったぞっ! お前はクラリスちゃんをその程度にしか想ってなかったのかよっ?」
「な、なんだよそれっ……、意味わかんねえよっ…! 俺はずっとクラリスのことが好きだし、あいつだって俺のことが好きなんだっ。それの何が問題あるって言うんだよっ…?」
「はぁ…、やっぱまだまだガキだな、お前は……。いいか?、よーく聞け?、女の子ってのはなぁ、俺ら野郎なんかよりもずっとずっと繊細なんだよ。髪がちょっと寝癖付いてる程度の変化にだって、ちゃんと気付いてやんないといけないんだ…。ましてや、てめえの遊びのために大事な彼女を放っとくなんてっ………くっそっ…この言葉を拳とともに5年前の俺に伝えてやりたいぜっ……うっううう……ラフィーネ……ちくしょうっ……」
リグに対して怒っていると思いきや、唐突にぼろぼろと男泣きし出すトレック。
「トレック兄ちゃん……一体どうしたの…?」
「あ、ああ…、こいつも色々と過去がな……。まあ、そんなに気にしなくていいよ…」
…………………………
そうこうして…
「ど、どうしよう……、俺、クラリスにひどいことしちゃったのかなぁ…。毎日宿題も手伝ってくれるし、あいつが俺に愛想を尽かすなんて考えたこともなかったよ…。急いで帰って謝らねえとっ…」
先ほどの強気の態度からは一変…。
トレックの過去のしくじり話を聞いて、青褪めた顔で狼狽えるリグ。
「そりゃあ、何にもしないよりかは全然マシだろうが、ただそれだけじゃあ、あの子の心は完全には戻らねえだろうな…」
「ええっ……、じゃあどうすれば……」
「ここは思い切って、あの子をメロメロにさせる、ロマンチックな雰囲気を演出するサプライズが必要だな。女の子はそういうのに弱いからな」
「なーるほど!、でも、そんなことどうやったら……」
「ふっ、まったくしょうがねえなぁ…、ここは可愛い “弟” のために兄貴分の俺らが人肌脱いでやるかっ。もうこれに懲りて、二度とクラリスちゃんを寂しがらせるんじゃねえぞ?」
「うんっ、ありがとうっ、二人とも!」
屈託のない笑みを見せて礼を言うリグだったが……
(まったく、トレックのやつ…、あいつだってそれなりに場数は多いけど、他人に得意顔で恋愛指南出来るような立場じゃないのになぁ…。まあそれだけ、リグに自分と同じような辛い思いをして欲しくないってことか……。ラフィーネちゃんに逃げられた時、めちゃくちゃ落ち込んでたからな、あいつ………んっ……、『俺ら』、『二人とも』………って、俺もやるのかよっ…!?)
兄貴分としてリグを想うトレックに妙に感心したライズド。
だが彼は知らぬ間に、自身が厄介事に巻き込まれていることにハッと気付くのだった。




