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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第4章 12.開戦

 明け方、時間は深夜4時ぐらいか…、クラリスたちは準備を整え、野営地を片付けて出発した。

 そして歩くこと約30分、到着したのは平家と2階建の建物が整然と並んだ、住宅地のような場所だった。


「ここは、人民政府の役人どもが住んでいた団地らしい…。比較的設備が整ってるから、残兵が潜み住むにはちょうど良いみたいっすね…」


「ああ…。かなり広大な敷地面積だ、中に引きずり込まれると奴らの思うツボだ。何とかして、こちらにおびき寄せたいな…」


 トレックの言葉に対し、アリアは険しい顔でそう呟くと、小声ながら力強い声でクラリスに言った。


「クラリス、いいか?、今から戦争が始まる。もう一度言うが、絶対にアタシのそばを離れるな」


「は、はいっ…!」


 クラリスにそう告げると、アリアは目の前の住宅群に手をかざす…、瞬く間に彼女の掌が真っ赤に発光し……次の瞬間、直径30センチほどの火球が放たれた。

 放たれた火球は目にも留まらぬ速さで直進し、そして……


 ドゴオオオォォォン!!!


 100メートルほど離れた一軒の住宅に直撃、爆発音が辺り一帯にけたたましく響いた。

 初めて自分が魔術を放った時とは比べ物にならない威力の大爆発に、クラリスは怯え思わず両手で耳を塞ぐ。

 住宅は全てを焼き尽くす勢いで激しく燃え、そしてガヤガヤと大勢の雑多な声が聞こえ始めた。


「さあて…敵さんはどう出て来るかな……」


 アリアの好戦的な血が騒ぎ始めているのか…、緊迫の状況にも関わらず、彼女は薄っすらと笑みを浮かべながら様子を伺っている。

 すると、その時だった。


「クラリス、伏せろっ!!!」


 アリアがクラリスに覆い被さるようにして、地面に伏せる。


 ダアアアンッ!ダアアアンッ!ダアアアンッ!


 敷地内から、エネルギー弾のようなものが数発放たれ、伏せた彼女たちのすぐ真上を白い閃光が走り、瞬く間に周囲に着弾した。


「な、何ですかこれは…!、魔術…?」


「バカッ、これは魔導銃だ! 魔燃料を使った飛び道具だ。知らないのか?」


「は、はい…」


「ああもう…!姉貴、もっとコイツに役に立つこと教えといてくれよ…。とにかく、ここの連中は皆銃を持ってるぞ。気をつけろ!」


「はいっ…」


 敷地内から発射される銃弾は徐々に増えていく…、どうやら完全に狙い撃ちされているようだ。


「連中、魔燃料蓄蔵庫を押さえてるみたいですね…。こりゃあ当分弾は尽きそうにないですよ…」


「チッ…、このままじゃ埒が明かねえな…。しょうがない…もう少し後に取っておきたかったんだが…」


 そう呟いて、アリアはまずスコットに指示をした。


「スコット、防御結界だ!」


「え…、もうここでですか!? 今出しちゃったら最後まで持たないですよ…?」


「やむ負えん…!お前ほどは上手くは作れないが、アタシや他の連中も結界術は使える。とにかくここを突破して、周囲だけでも制圧する!」


「……了解!」


 スコットは飛び交う銃弾に注意しながら徐に立ち上がる。

 精神統一するように目を閉じると…、瞬間的に彼の眼前に小さな旋風(つむじかぜ)が発生し、地面のゴミを撒き散らして消していく。

 そして、当てるように手をかざすと、高さ1.5メートル、横幅1メートルぐらいの緑色の光を放つ壁が出現した。

 その光の壁に直撃した魔導中の銃弾は、バチッ!と放電音を発すると、壁の中に浸透するように霧散する。


「こ、これは一体…?」


 初めて見る未知の魔術に、クラリスは思わず言葉が漏れた。


「これは結界術だ。風術で大気中に空気の枠のようなものを作って、その枠に術を封入して盾を作る。スコットが作ったのは雷術の盾だな。……って、説明は後だ!、さっさと行くぞ。絶対に離れるなよ!」


 先頭を盾を作るスコット、その後ろにアリアとライズド、そして殿(しんがり)をトレックが務めて、突入を図る。

 飛んでくる銃弾を防いで仲間を守るスコット…、前方攻撃を火力が強い攻撃が出来るアリア…、横から彼女を支援する、小回りの利く攻撃が得意なライズド…、そして曲線軌道を描いて遠距離攻撃が出来るトレック…。

 ちなみにクラリスは、アリアの後ろにしっかりとくっ付いている。

 魔弾と魔導銃の銃弾が飛び交う、一寸でも判断を誤れば死に直結する命のやり取りの場で…、クラリスは恐怖に(おのの)きながらも、父アルテグラの言葉を守るために、しっかりと目を開いて眼前に広がる凄惨な光景を脳裏に焼き付けていた。



 そして突入から約1時間半後、ようやく突入口付近の制圧が完了した。

 周囲にはすでに戦死した敵兵の遺体が数体放置されている。

 その光景を見て、クラリスは思わず口を押さえて(うずくま)り嘔吐した。

 こうして一進一退を繰り返しながら、攻略は続く。

 クラリスも最初こそは恐怖で何も出来なかったが、徐々に状況にも慣れ、物資の補給などで忙しなく動いて戦う皆をサポートした。

 アリアの見通しでは正午前には全制圧が完了していたはずだったが、予想よりも潜んでいる敵兵の数が多く、敵側も徹底抗戦の構えだったため、すでに午後3時頃を回ろうとしている。

 それでも着々と敷地内を制圧し、制圧完了エリアは8割以上に達していた。

 しかし、ここに来て一つ懸念材料が出て来た。

 それは、ずっと結界術で皆を守り続けて来たスコットのことだ。

 高度な精神性を求められる魔術を、もうかれこれ半日発動し続けている。

 彼の精神力は酷く消耗しており、限界に近付いていた。

 ところでスコットのように、魔術を発動し尽くすほどに魔素を酷使した魔導士は、何でその力を回復させるのか?

 魔術の発動に最も必要な力は、言うまでもなく精神力だ。

 つまりこの世界での回復手段とは……、“ノポリー精強剤” という名の向精神薬である。

 魔素を持たない一般人なら、服用すれば中毒症状を起こし、最悪廃人に至るとされている危険薬物だが、魔術発動で精神力を酷く消耗する魔導士はその耐性が出来ており、この薬物は魔導士の間では当たり前のように使用されている。

 とはいえ、それでも過剰服用は禁物で、一般的には多くとも50mlのビンなら一日3本までが限度とされており、また服用対象年齢は最低でも16歳以上で、クラリスやリグみたいな子供は服用が禁じられている。

 そしてこの日、スコットはすでに4本目を飲んでいたのだ。

 背嚢袋の中には一人当たり5本入っているが、だからと言ってそれを全部服用しても良いというわけではない。


「おい、スコット、もう大丈夫だ。お前はよくやったよ。これ以上はお前の体を壊してしまう…後はアタシたちに任しとけ」


「い…いえ…大丈夫…です……。最後まで…や、やらせて…ください……」


 スコットは言葉を振り絞るようにアリアに訴えるが、その瞳は焦点が定まらず虚ろになっていた。

 そして、彼は自分の背嚢袋から最後の一本を取り出そうとしている。


「こらやめろ、本当にこれ以上はヤバイって…!」


 ライズドが彼を制止してビンを取り上げようとするも…


「お願いだ…ライズドさん……。最後までやらせてくれ…俺を信じてくれ…」


 虚ろな状態にも関わらず、熱意と執念がまざまざと感じられる彼の瞳に見つめられて…

 ライズドは何も言えず、制止する者がいなくなったスコットは最後の1本を服用した。

 約10分後、ノポリーの効果が表れて、彼の意識がはっきりとして来た。


「ふう…、よし、これでいけるっ! さあ姐さん、やっちゃいましょう!」


ノポリー特有の覚醒効果も相まって、気勢を上げるように言葉を叫ぶスコット。


「まったく…お前ってやつは…。しゃあない…、行くぞ、野郎どもっ!」


「おおっー!!!」


 男たちの野太い雄叫びが、焦土化した辺り一帯に響く。

 その側でクラリスは、もはや僅かに微笑んでアリアたちの勇姿を見つめていた。



 夕方5時頃、長く続いた戦闘がようやく終わった。

 仲間に死傷者は出なかったが、半日以上も高度な結界術で皆を守り続けたスコットは、最後のノポリーの効果が切れると昏睡状態になってしまった。


「あの…スコットさん大丈夫なんでしょうか…?」


「うーん…、さすがに死にはしないだろうが…ここまで過剰服用しちゃあ、今後が心配だな…。中毒症状が出なければいいが…」


 アリアの回答に、クラリスはやるせない神妙な表情を浮かべた。

 さて、対する敵側だが、死者は30人余り、捕虜は8人、逃亡者は20人余り…。

 焦土化した周辺には敵兵の遺体が至る所に転がっているが、クラリスはもう感覚が麻痺してしまったのか、それらを見ても生理的に嫌悪感を抱くことはなくなっていた。

 ただただ、虚しさと悲しさと不条理感が残る……そんな心境だった。

 遺体の数を数え、捕虜を縛り上げて、アリアは魔光通信で作戦遂行完了を報告する。

 そして、反体制派に捕虜を引き渡すまで、その場で待機することになった。

 常に死が隣り合わせにある状況に恐れ慄き、一日中見続けた凄惨で残酷な光景は、クラリスに一生脳裏に残るものとして植え付けられた。

 それでも彼女は、仲間が皆生き残れたことに強い安堵を感じていた。

 そんな中…、彼女たちの目の前を1台の馬車が通り過ぎた。

 怪しい不審な馬車ではあった。

 間もなく暗くなるこの時間帯に、こんな街全体が廃墟と化した地区を通り、さらに荷台は完全に閉ざされていて、内部が見えないようにされている。

 ただの巡回中であったならば、馬車を停車させて臨検をしていたかもしれない。

 しかし、あれだけの壮絶な戦闘の直後で、しかも捕虜を見張らなくてはならない状況下で、アリアたちにその余裕はなかった。

 ところが…


「おいっ!、クラリス、どこ行くんだ!?」


 何を思ったのか、クラリスがその馬車を追って、突然駆け出したのだ。


「チッ、あいつ何なんだよ…!」


 アリアは一瞬、衝動的にクラリスを追いかけようとするが、部隊長である自身の立場と職務を弁えた彼女は、その場でクラリスを追うのを断念せざるを得なかった。


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