第24章 1.嵐を呼ぶ転入生
この章はクラリスたちの平和な日常エピソードとなります。そのため物語の進展自体はあまりありません。コメディ要素多め、巻末やカバー裏のおまけ漫画的な感じでお楽しみいただければ嬉しいです。
ここは元魔導教育学院フォーク校校舎。
今現在は、元学院教師を中心とする有志一同によって、広く門戸が開かれた学校運営が行われている。
アリアの勧めで、クラリスとリグは再び学校に通うことになった。
そんなわけで、とある日の教室の日常風景…
「うふぇ〜…、今日もモフモフ最高ぅ……至福じゃあ……」
「…………………」
クラリスのふんわりした繊細な髪に顔をぼすんと埋めて、ソラは恍惚と言葉を吐く。
「ちょっと、アンタいい加減にしなよ…、クーちゃん嫌がってるじゃんっ…」
「何でよっ、クーちゃんが好きなだけモフモフさせてあげるって言ったんだよ?、ねぇ〜、クーちゃん?」
「…………………」
クラリスからは最早何の反応もない。
彼女は虚無的な目をして、自身にとって何の意味もないこの時間が過ぎ去るまで、ただひたすらとやり過ごすのみだ。
そんなクラリスを、憐憫の目で見つめるスノウ。
一方ソラは、まだまだ飽き足りることなく、あたかも盛りが付いた動物の如くである。
すると…
「おーいっ、お前ら授業だぞー!、席に着けー!」
教師としてのアリアが教室に入って来た。
「あーあ…、先生来ちゃった…。じゃあ、まったね〜、クーちゃん」
「はぁ…」
とりあえず解放されたクラリスは、安堵と気苦労で深いため息を吐いた。
それから…
「えっと…、突然だが…、みんなに転入生を紹介するよ…」
授業前にアリアは転入生の紹介を生徒皆に告げる
だが、心なしかその口振りと表情は重々しい。
「どうぞ…、入って来てください…」
何故か転入生に対して敬語…というよりも余所余所しい感じのアリア。
こうして皆の前に姿を現した “転入生” だったが……
「えっ…ええええっ…!?」
クラリスは思わず、その場で驚倒の声を上げてしまう。
「お、おい……何だあの人……」
「うわぁ……きっつ……」
「何あれ…、コスプレ…?」
「いや…俺はあれはあれでアリかも……」
他の生徒たちからも、困惑による響めきが止まらない。
皆の前で、年不相応にキャピキャピの笑顔を振り撒く、年齢20代後半と思われる制服姿の女…。
「はじめましてー!、私の名前はアイシスで〜す!、みんなー、よっろしくね〜!」
そう、転入生とはなんとアイシスだったのだ!
夏服のブラウスを突き上げる豊満な胸部が扇情的な色気を出し、それはそれで様にはなっている。
だが当然であるが、健全な10代の少女にはとても見えず、むしろ不健全な接待をする店の従業員のようにも見える。
当の本人は周囲の騒然など構う様子もなく、ニヤニヤと下卑た笑みをクラリスに送り続けていた。
授業後…
「ちょっとっ、先生っ、なんであの人がいるんですかっ?、転入生ってどういうことですかっ?」
珍しく、激しい剣幕でアリアに詰め寄るクラリス。
「『どうして』って言われたって……、だってしょうがないだろ、お前…。あの人、学校に通ったことがないって言うんだからさ…。出自身分分け隔てなく生徒を受け入れるって理念でやってる以上、断れないんだよ…」
「だからって、なんで私たちと同じクラスなんですかっ…?、せめて上のクラスとかっ……」
苦し紛れのアリアの説明に、クラリスは到底納得がいかない様子だ。
ちなみに元々は初等中等高等各3年の9年制だった魔導教育学院だが、現在は生徒数と教員数の兼ね合いから4年制で運営されており、クラリスのクラスは3年に当たる。
「一応試験をさせてみたんだが、上のクラスほどの学力がなかったんだよ…。かと言って入学を断るのもなぁ…、一応あの人には大きな恩義もあるわけだし……。まあ、大丈夫だって…たぶん……」
「『たぶん』って何ですかっ…、『たぶん』ってっ…!」
「そ、そんなに怒るなよ……、きっとあの人だって、真っ当な理由で学校に行きたいって思ってるんだよ…。それにこないだ、これ以上調子に乗らないようにアタシが締め上げてやったからな…、アタシが目を光らせている限り大丈夫だ。次、下のクラスの授業に行かなきゃならないから、じゃあな」
「あっ、先生っ……」
アリアは後ろめたさから逃れるように、そそくさとクラリスの前から去って行った。
ところが、そんなアリアの楽観は虚しく外れて……
「な、なあに…、お姉ちゃん……話って……」
その日の学校終わり、クラリスはアイシスに校舎内の人気のない場所に連れ込まれてしまった。
「だってこうでもしなきゃ、クラリスちゃん私と会ってくれないんだもん……」
アイシスはねっとりとした微笑を浮かべながら、クラリスに徐々に迫っていく。
「ちょ、ちょっと……お姉ちゃん…冗談はやめてよ………いや…、ちょっと……」
じりじりと壁際に追い込まれ、いよいよ逃げ場がなくなったクラリス。
バンッ…
「……ッツ!?」
アイシスはクラリスの前で壁ドンを決めると、重ね合わせるように恍惚とした顔をそうっと近付ける。
「ふふふふ…、この “制服” ってやつ、すごく可愛いわね…。最初は何でみんな同じ服着るんだろうって不思議に思ってたけど…、お揃いの服というのも、何だか燃えるものね……。お姉ちゃんなんだかえっちな気分になっちゃいそう……」
「い、いや……やめてください……」
「大丈夫よ、クラリスちゃん…怖がらなくたって……、お姉ちゃんに任せておけば……うへへへ……」
クラリスは怯えきって、最早涙目になっている。
一方、官能的な雰囲気に流されて、理性の箍が外れてしまった様子のアイシス。
シュル…
無情にも、彼女のブラウスのリボンを摘んで解こうとしていた。
ところが、その時…
「ちょっとっ!、クーちゃんに何してんのよっ!?」
「ソ、ソラちゃん……」
間一髪のところで、ソラが怒声を張り上げてその場に飛び込んで来た。
(ありがとうソラちゃん、助かったぁ……。あとは先生を呼んで来てくれれば……)
これで解放されると、神に甚く感謝するほどに安堵したクラリスだったが……
「私のクーちゃんに何してんのよっ、オバサンっ」
「オ、『オバサン』っ…ですってぇっ…!? 誰に物言ってんのよっ、この小娘がぁっ!」
「だってほんとのことじゃないっ。いい歳してこんな格好して恥ずかしくないのぉ?、ギャハハハッ」
なんとあろうことか、ソラはアイシスを煽り倒した。
「ぐぬぬぬ……ふ、ふんっ、小娘が何をほざこうと、クラリスちゃんは私の大事な妹なの。この子のあんなこともこんなことも、全部知ってるんだから!」
「な、何なの…それ……。クーちゃんっ、私という存在がありながら、外で女作って帰って来たって言うのっ…?」
見た目だけが麗しいこの変人同士に、建設的な会話を期待する方が間違いだったのだろう。
「あ、あの……二人とも…何言ってるの……」
自身を巡って混沌を極めるやり取りを側から見ながら、途方に暮れるクラリス。
「ぷっぷっぷっー、クラリスちゃんにとったら、あなたなんてその程度の女だったってことよ」
「なんだってぇっ!、もう許せんっ、こうなったらクーちゃんを賭けて勝負よっ!、どんだけクーちゃんを喜ばせられるかでねっ!」
「ええっ、望むところよっ!、クラリスちゃんのお姉ちゃんとして、絶対に負けないんだから!」
次の瞬間、二人の情欲でギラついた目はクラリスの姿をロックオンする。
「えっ…、な、何……、二人とも…どうしちゃったの……」
「クーちゃん、今こそウチらの友情を確かめ合う時よっ。こんなぽっと出のオバサンになんか負けないんだからっ!」
「大丈夫よ、クラリスちゃん…、お姉ちゃんを信じて、全てを私に委ねなさい?」
「えええっ……、な、何なの、一体っ……、い、いやっ…こっち来ないで……いやあああぁっ…!」
………………………
それから数十分後…
「はぁ…はぁ……、ただの痛いだけのオバサンって思ってたけど…、なかなかやるじゃない…アンタ……」
「だからオバサン言うな、小娘が……はぁ…はぁ……。でもあなたも見た目によらずテクニシャンなのね……。癪だけど…認めてやらざるを得ないみたいね……」
「ふんっ……それはこっちのセリフよ……」
無駄にいい汗をかいたソラとアイシス。
完全燃焼した二人は精悍に微笑み合って、互いをライバルと認めつつ熱い握手を交わす。
そして無残にも、彼女らにしゃぶり尽くされて屍のように横たわるクラリス。
するとそこに…
「ク、クラリスっ…!?、なーにやってんだぁっ!?、お前らぁっ!」
とんだタイミング外れで、鬼の形相のアリアが駆け付けて来る。
そんなこんなでその後、ソラは反省文を100枚書かされ、アイシスは無事強制退学と相なった。




