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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第23章 閑話1.ケロスケに捧ぐ(前編)

最後、おまけエピソード2話だけ加えて第23章を終わります。後編は2日以内には投稿しますのでよろしくお願いします。

 アスタリア号に乗って、一路フォークを目指すバラッドたち。

 実は、彼らの同行にあたってエクノスは、『子供たちを自分に忖度(そんたく)せずに扱って欲しい』と、顎髭の男に要望していた。

 とはいえ、彼の心配も杞憂だったようで、子供たちは自ら率先して船員らの手伝いを申し出て、日中は(せわ)しなく働いている。

 そんなわけで、屈強な船員たちからもすっかり仲間として可愛がられている彼ら。




 さて、ある日の夜のこと、フェニーチェの居室にて…


「あ〜今日も疲れたぁ〜…。でも色々と見ることやることが新鮮で、退屈しないわね。だってフェルトにいたら、こんな体験なんか出来ないもん…」


 程よい疲労感を(まと)って、何気なくそう呟くフェニーチェ。

 すると彼女は徐に自身の鞄に手を伸ばした。

 ごちゃごちゃの鞄の中を窮屈そうに漁ると、何かの先端をがしっと掴む。

 そしてあたかも畑で芋を引っこ抜くかのように、スポッと取り出したものとは……


「ふふふふ…、お前は本当にいつも不細工(ぶちゃいく)ね、ケロスケ?」


 それは以前にレーンがフェニーチェに買ってあげた、蛙のぬいぐるみだった。

 デフォルメが過ぎる卵型の胴体とひょろ長い手足、ギョロッと飛び出た大きな目ん玉に、だらしなく垂れ下がった舌…。

 滑稽で愛嬌ある顔はしているが、決して万人受けはしないであろう、まさに “キモ可愛い” という形容がしっくり来る。

 フェニーチェはそのぬいぐるみに “ケロスケ” という名前を付けて可愛がっていた。

 しかし、この場合の『可愛がる』は、決して『大事にする』と同義ではない。

 見る者を小馬鹿にするようなぬいぐるみの間抜け面が、彼女の無垢な加虐心を唆り立てるのだろうか…、はたまたレーンの姿と重ね合わせて、彼への屈折した想いを表しているのか…。

 時折それを引っ張ったり踏ん付けたり投げ飛ばしたり…、中々にやんちゃな扱いをしていた。

 それでも、最後には優しく抱き締めて同じベッドで寝かせているのだから、一応は愛おしく思っているのは確かなのだろう。

 そんなわけで、この日もフェニーチェはぬいぐるみとの戯れを楽しんだ後、一緒にぐっすりと眠りについた。




 夜もさらに更けていき、波音とボイラー音のみが延々と船内に響く。

 そしてそれは…、珍しく月なき闇夜に包まれて、時感覚も曖昧になり始めた頃だった。


「………ロ……ゲロ…ゲロゲーロ……」


「うへへへ…お姉様ぁ……わたし頑張ってますよぉ……ナデナデしてくださーい………んん…?……なんなのぉ……なんの音ぉ……」


 フェニーチェの吉夢をテレビの砂嵐の如く阻害する、外部から流入して来た謎の奇声。

 蛙の鳴き声のようにも聞こえる。


「もぅ……、何なのよぉ……せっかくいいとこだったのにぃ……」


 大層ご機嫌斜めな様子で、朧げに目を覚ますフェニーチェ。

 ところが…


「………きゃっ…!?、な、何なのっ…!?」


 西から日が出るほどにありえない眼前の光景に、フェニーチェの眠気は一気に吹っ飛んだ。

 そこには、あのぬいぐるみ…ケロスケが二足で立っていたのだ!

 しかも、何やら漆黒のオーラのようなものを全体に(まと)っている。


「ふふふふ…、驚いたゲロか?、お嬢ちゃん…」


 なんと、あざとい語尾まで付けて喋り始めたケロスケ。

 驚愕で言葉にならないフェニーチェを尻目に、“彼” は流暢に話を続けた。


「実はオイラは300年前に、ある闇魔導士の呪詛の憑代(よりしろ)として作られたゲロ。実験を繰り返すうちに人格が形成されてしまったゲロが、300年間目覚めないように封印魔術がかけられて、ただの人形として世界中を転々としてたゲロ。そして今…!、ようやく300年の長きに渡る年月を経て、ついに目覚めの時が来たゲロ〜!」


(ええ……、何なの…そのめちゃくちゃな設定は……。てか、その闇魔導士の人のセンスどうなってんのっ…? ……で、でも、確かに世界には竜もいることだし、そもそも魔術だって何で人間があんなことできるのかだって不思議なことだらけだし……、そんなこともあるのかも……)


 この時は、妙に頭が冴えて納得したフェニーチェ。


「ところでお嬢ちゃん…、よくも今までオイラのことを散々痛ぶったり、『不細工』だとか酷いこと言ってくれたゲロねぇ…」


「だってぇ…、ただのぬいぐるみだと思ってたんだもん……。そりゃあ乱暴に扱ったことは謝るけど、不細工なのはほんとのことなんだからしょうがないじゃない…」


 負のオーラをさらに倍増させてフェニーチェに凄むケロスケだが、その間抜け面は相変わらずである。

 彼女は何事もなかったかのようにしれっと答える。


「うっさいゲロっ〜!、こんなチャーミングでイケメンなオイラに向かって不細工とか、オイラすっごく心が傷ついたゲロ〜!、責任取ってもらうゲロ〜!」


「チャーミングなのかイケメンなのかどっちよ…。てか『責任取れ』ったって……どうすればいいのよ…」


「本当ならば代償としてその魂を貰い受けるところゲロが、オイラも300年の眠りから目覚めたばかりで本調子じゃないゲロ…。そうゲロね…、ここはお嬢ちゃんに免じて、とりあえずはオイラとのデートで許してやるゲロ〜!」


 プンプンと怒りを露わにしたと思いきや、次の瞬間には上機嫌に声のトーンを上げるケロスケ。


「ええっ〜?、『デート』って、どういうことよっ…?……あっ、ちょっとっ、どこ行くのよっ…!?」


 ひょろ長い手足をしなやかに屈折させると、ケロスケは蛙らしく部屋の外へと飛び出して行った。




 こうして、船内へと出たケロスケを追うフェニーチェ。


(中身綿しか詰まってないはずなのに…、なんでこんなピョンピョン跳ねれるんだろ…?)


 そんなツッコミに等しい疑問を抱きながらも、彼女は不思議にも眼前の状況を冷静に受け入れていた。


「ちょっとっ…、ケロスケっ、アンタ一体どこに行くつもりなのよっ…?」


「とりあえずは力を取り戻すために腹ごしらえだゲロ。というか、その『ケロスケ』って呼び名、何とかならないゲロか?、カッコ悪いゲロ…」


「だったら何て呼んだらいいのよ…。てか、アンタ他に名前なんてあるの?」


「……あっ…、そうだったゲロ…。オイラずっと眠りについてたから、名前の記憶なんてないゲロ……」


「じゃあ、もうケロスケでいいんじゃない?」


「……なんか腑に落ちないゲロが…、とりあえずはそれで呼ばれてやるゲロ…」



 …………………………


 そんなこんなで、二人?がやって来たのは船内の食堂だった。


「これはうまそうだゲロ〜!」


 無造作に置いてあったパンやチーズやハムを、食欲の赴くままにその丸っこい体に詰め込むケロスケ。

 ぬいぐるみの腕でどうやって掴んでいるのか…、そもそも体内に入った食物はどう消化されて排泄されるのか…。

 その辺の詮索は最早野暮なようだ。

 すると…


「300年ぶりの食事最高だゲロ〜。力が漲っていくゲロ〜。おっ?、あれは…」


 ケロスケが目を付けたもの…、それは船員たちの酒が保管された棚だった。

 間違って飲まれないように、酒瓶には各自の名が書かれている。

 手当たり次第に一本の瓶を手に取ると、体内に一気に酒を流し込むケロスケ。


「えっ…?、アンタお酒も飲むのっ…?」


「当たり前だゲロ、オイラこれでも300年は生きてるゲロよ。いやぁ、この酒はたまらなく美味いゲロね〜」


(あ…、あの酒瓶… “ジェッツ” って書いてある…。そっか…、あのお酒、あのつるっ禿げのおじさんのやつ……まあいっか……)


 それについては、あまり特には気に留めないフェニーチェであった。




 それからも、ケロスケは船内を縦横無尽に駆け回る。

 一方、当初は無理やり引き回されていたフェニーチェも、いつしか “彼” と過ごすこの時間を心のどこかで楽しんでいた。

 本来ならば、次の日に備えてぐっすり寝て体を休めなければならないのだが、何故か疲れも眠気も感じない。

 そして奇妙なことに、これだけ騒がしく走り回っているのもかかわらず、誰一人起きることなく船内は静寂を保っていた。

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