第23章 12.最強フェニーチェ?
そして翌々日…、ここはウェルザより約300キロ離れた大陸西岸に位置する、とある港。
エクノスが顧問を務める大商社の私設港であり、そこに圧倒的な威容を誇って停泊しているのはアスタリア号である。
「うっわぁっ……、おっきな船ー……」
「本当だ…、ウェルザ港でもここまで大きなのは見たことないよ…」
「すっげぇっ……」
アスタリア号を間近で眺めて、驚嘆の声しか出ない三人の子供たち。
フェニーチェにバラッド、さらにはアルテグラの弟アルライトの子アルタスである。
バラッドたちがジオスに行くことを知って、自身も強く志願したのだ。
ちなみに、彼は連日フットボールに明け暮れて、見事に真っ黒に日焼けしている。
「そうだろう、何てったってガノンが国家の威信をかけて建造した、世界最大級の艦船だからな。こんなものを大々的に出されては、フェルトの造船業もうかうかしてられないな」
何気なく言葉を挟むエクノスだが、その横には相変わらず表情を曇らせたペリアがいた。
すると…
「あの…、母上……お願いがあります…」
「なあに…?、『お願い』って……」
「ジオス行きを望んだのは、あくまで僕ら自身の意思です…、他は何も関係ありません…。だから…、どうかターニーのことを悪く思わないでください……」
「お願いします…、お母様……」
自分らのせいでターニーに嫌な思いをさせてしまったのではないかという心咎めで、バラッドとフェニーチェは母に嘆願した。
心の整理をつけるようにしばらく押し黙ったペリア…、神妙な面持ちで口を開いた。
「わかってるわよ…自分が間違っていることぐらい……。でもそうまでして…何かあなたたちを変えてしまった理由を探さなければ、とてもじゃないけど遣り切れなかった……。結果、ターニーちゃんに辛い思いをさせて…、あなたたちにも心配をかけてしまった……。本当に情けない…弱い母親でごめんね……」
「母上……」
「お母様……」
「ペリア……」
ペリアが吐露した心の内に、家族三人は言葉のかけようもなく沈むが……
「もう…、そんな顔しないでよ……、もう大丈夫だから…。私もあなたたちのことを信じるっ…、我が子を信じてやれなくて、何が母親なものですかっ…。バラッド…、悪いけど、もしあっちでターニーちゃんに会えたのなら、一言私のことを伝えてもらえないかしら…?」
未だに胸はきりきりと締め付けられるが…、それでもペリアは母としての矜持を奮い立たせて、旅立つ我が子の前で気丈に振る舞う。
「今度帰って来た時は…、成長したあなたたちの姿が見れるのを楽しみにしてるわ…。気を付けて行ってらっしゃい、二人ともっ…。アルタスくんも二人のことよろしくね?」
「はいっ、行って来ますっ…!」
………………………
こうしてペリアと、切なくも心丈夫な別れを済ませたバラッドとフェニーチェ。
子供たちはエクノスに連れられて、ついに搭乗口までやって来た。
大勢の船員や人足が忙しなく駆け巡っている中、そこで一行の到着を待っていたアスタリア号側の人間…。
それはあの顎髭の男とスキンヘッドの男だった。
「すまない、待たせてしまったようだな…」
「俺らも今降りて来たところだ、気にするな」
相も変わらず、ぶっきらぼうに返事を返す顎髭の男。
ところで…
「なあ、エクノスさんよぉ…、こいつらが今回船に乗せるっていうあんたのガキどもか…? この賢そうなのとヤンチャそうな坊主はともかくとして、何なんだ…?、このちんちくりんな嬢ちゃんは……」
スキンヘッドの男が言った『ちんちくりんな嬢ちゃん』…、言うまでもなくフェニーチェのことである。
「ちょっとっ、『ちんちくりん』ってなんなのよっ…!、初対面のレディに対して失礼でしょうがっ!」
「わはははっ、『レディ』だとよっ。ちんちくりんが一丁前に言ってくれるじゃねえかっ。こりゃあ、揶揄い甲斐があるぜっ、ははははっ」
哄笑を上げながら、レーンよろしくフェニーチェ弄りを楽しむスキンヘッドの男だったが……
「キイイイッ、な、何よっ…、アンタなんてつるっ禿げのくせにぃっ…!」
ついに反撃を開始したフェニーチェ。
「はぁっ?、これはわざと剃ってんだぜっ。こうしたほうが厳つくて男らしいだろうがっ、まあ乳臭えガキにはわかんねえだろうがな」
「ふんっ、そんなこと言って、ハゲ出したのをごまかそうとしてるだけなくせに」
「な、何だとっ……、このガキゃあ……言わせておけば……」
フェニーチェの口撃が相当効いたのだろう。
さっきまでの余裕はどこへやら…、スキンヘッドの男は茹蛸のように顔と頭を真っ赤にさせて熱り立つ。
「ふんだっ、悔しかったらなんとか言ってみなさいよーだ、やーいっ、はーげ!、はーげ!」
「こらっ、フェニーチェっ、いい加減にしないかっ…!」
エクノスに咎められても、フェニーチェはその無慈悲な言葉の刃で容赦なく男を追い詰める。
とはいえスキンヘッドの男の方も、見た目は荒くれ者ではあるが、中身は意外と常識人だ。
いくらクソガキといえども、10歳そこらの少女に手を上げるような不埒な真似など到底出来ない。
その苛立ちも相まって、ツルツルの頭にピキピキと浮き上がった血管は、今にも文字通りブチ切れ寸前だったが……
「ガキ相手に何やってんだ…みっともねえ」
「うっ……」
見るに見かねた顎髭の男が、冷め切った一言を放つ。
まさか口喧嘩で、フェニーチェに負かされたスキンヘッドの男…。
一転、意気消沈して、その厳つくも愛嬌ある顔をしょぼんと萎れさせる。
一方のフェニーチェは、勝ち誇った様子で小憎たらしくドヤ顔を振り撒く。
そして、決して口外は出来ないが…、流れ弾を食らったが如く、娘の悪言は最近頭頂部が気になり始めた父の心にもぶっ刺さったのだった。




