第4章 11.お義父様の真意
その様子を微笑ましい様子で見ていたアリアが、私に尋ねた。
「なあ、クラリス、お前治癒術なんてどこで覚えたんだ?」
「私の友達に治癒術が使えるすごい子がいて…、彼女から教えてもらいました」
その友達とは、言うまでもなく黒髪の天才少女ターニーのことだ。
彼女たちが我が家に来ていたあの日、短い時間ではあったが、私は彼女に教えを請うていた。
当時、私が習得を目指していたのは補助魔術だったが、治癒術もマナへのアプローチ方法は同じであり、後学のためにも、とにかく彼女からあらゆる魔術に関する知識を学び取りたかったのだ。
ターニーに治癒術について、その発動過程を尋ねた時のこと…
さぞかし難解かつ高尚な精神性が求められるのかと思いきや…、彼女の言葉は意外なものだった。
『一番重要なのは思いやりです。術を使う人に対して、神に祈りを捧げるように、回復を心から願う…。それが出来なければ、いくら術式の発動が上手くいっても、治癒術は成功しません。とても心優しいお姉さんなら、きっと出来ますよ!』
最初は、ターニーの言葉の真意が理解出来なかった。
私たち凡人では到底理解が及ばない、天才特有の感覚論なのかとも思った。
それでも…、『私ならきっと出来る』という彼女の言葉は、決して煽てで言ったものではないと私は確信していた。
「そうか…きっとその友達も、お前なら出来ると思って教えたんだよ。アタシも若い頃、習ったには習ったが、結局モノに出来ずに、こんな攻撃特化型の荒くれ魔導士になっちまったからなあ…。アタシの若い頃なんかよりも、全然見込みがあるよ、お前」
「そ、そんなことは…。私…姐さんのことすごくカッコいいと思うし、尊敬しています…!」
アリアの自嘲気味な言葉に対し、私は反応に困り…、思わず話が噛み合わない言葉を矢継ぎ早に出す。
それを聞いた彼女は、「プッ」と吹き出すように笑いながら、冗談交じりで言った。
「ははははっ、お前本当に不器用なやつだな。それに『カッコいい』ってなんだよ。アタシこれでも女だぜ、そこは『美人』か『キレイ』だろうが。そんなこと言ってると、帰りの船の中で本当に夜のお世話をしてもらうぞ? 女もイケるってのは冗談じゃないからな。恥じらいながらシャツのボタン外している時のお前の姿…、たまらなかったなあ…」
思い出したくもない船内での情事をほじくり返されて…、私は恥ずかしさで居た堪れなくなって、彼女から思わず首を背けた。
「ま、マジっすか……、それもうちょっと詳しく…」
トレックは動揺しつつも、赤面せずにはいられないアリアの言葉に強い関心を示す素振りを見せる。
私たちがそんな戯事を繰り広げているうちに、ライズドとスコットが見回りから帰って来た。
すると、先ほどまでの緩んだ空気が一気に引き締まる。
「ご苦労。どうだ、連中の手掛かりは何か掴めたか?」
「ええ、ここから北西に約1キロ離れた地点に低層住宅地の廃墟があるんですが…、そこに人民政府の残党兵が数十人規模で潜伏してますね」
「そうか、よくやった。よし、時間もない…明日の明け方に仕掛けるぞ!」
「はいっ!!!」
アリアの檄に三人が威勢の良い返事で答える。
明日の明け方…、もう数時間後のことだ…。
さっきまではあんなに他愛もないことを言い合っていたのに、急に張り詰めた場の空気に飲まれて、私は不安と恐怖で緊張が極致に達する。
しかし、自分の意思で、周りの人々の迷惑も顧みずにここまでやって来たのだ…、今さら泣き言は許されない…。
そう自分自身に強く言い聞かせながらも、怖気づいて震えが止まらない私に、アリアが淡々と語りかけた。
「いいか、絶対にアタシの側から離れるな。何がなんでも、お前はアタシが守る」
「えっ…?」
「お前は戦わなくたっていい。長官…お前のお父上はお前に『学んで来い』とおっしゃった…。つまりそれは、戦場の悲惨さや痛ましさをその目に焼き付けて…、自分なりに考えて学び取って来いという意味だと…アタシは思う…」
「で、でも…それじゃあ私は……」
「勘違いするな、お前が足手まといだなんて思ってない。現にトレックの怪我を治してやったじゃないか。お前の目的はジェミスを救い出すことだろ? だから、その時にはお前に任せるよ。今はアタシらに任しとけって!」
「そうだぜ、俺らに任せろって! 敢えて、こんな可愛らしい手を汚すことはないんだ。もっと自分を大事にしなよ」
トレックが私たちの会話に割って入る。
「そうそう……って、トレック、お前怪我は…!?」
外に出ていて、一部始終を知らないライズドとスコットが、普通に立っているトレックを見て驚きの声を上げる。
「すごいだろ、この子が治癒術を使って治してくれたんだ。まだ痛みは多少残ってはいるけど、十分に戦えるぜ!」
「マジかよ…、君治癒術なんて使えるのか…? さすがはセンチュリオンの子供…」
「そんな…使えるって言ったって大したことは出来ませんし…。私なんて皆さんの足を引っ張るばかりで……」
皆に褒められて、却って心苦しくなり、力なくそう答えると…
「こらっ!」
「きゃっ…!」
アリアが突然、私の頭をパシッと叩いた。
「さっきから気になってたが、お前ちょっと卑屈が過ぎるぞ。戦場だと、そんな奴はすぐやられてしまうからな、それだけは覚えとけ!」
「は、はいっ…!申し訳ありません…!」
「わかったら、さっさと寝るぞ。ほら、来い」
「えっ…」
「言っただろ、アタシの側から離れるなって…」
「はい…」
私はアリアにシーツで包まれるように、彼女と体を寄り合わせて眠りについた。
今日はもう味わえないと思っていた温もりに触れることが出来て…、窓ガラスの大半が割られ、内部は酷く荒らされた埃臭い廃屋の中であっても、私はちっとも気にならなかった。




