第23章 5.エクノス、男の見せ所
ところで…
「で、その君の乗って来た竜のことだが…、『近くの森林に隠してる』って、一体どこに……」
話の次の焦点は、ターニーの愛竜ミーちゃんのことになった。
「ここから南西の方にある、すっごく広い森林です。ビックリしましたっ、こんな街中にあんな大きな自然が残ってるなんて」
「『南西の方』……、もしかしたら南部自然公園のことか…?」
国定南部自然公園……、ウェルザの都心に鎮座する広大な緑地公園で、敷地のおよそ7割が手付かずの原生林で占められている。
通称 “ウェルザの秘境” とも呼ばれ、ごく稀に遭難者が出ることすらもある。
「わかったっ…、とにかくそこへ行こうっ…」
「父上、僕も行きます…!」
…………………………
こうして、ターニーも連れて現地へと向かうエクノスとバラッド。
(竜だなんて…そんな馬鹿な話が……。とはいえこの子が嘘吐いてるとは到底思えないし…、一体どういうことか……?)
(竜なんてとてもじゃないけど信じられない…。でも、だとしたら、ターニーはどうやってここまで来たんだろ…?)
無理もない話だが、二人はまだターニーの話を信じ切ることが出来ない様子だ。
歩くこと数十分…、自然公園へとやって来た三人。
ところが…
「な、なんだっ…?、あの人だかりは……」
「なんか警察まで来てますねぇ……」
なんと現地には無数の野次馬が集まり、警官の姿もちらほらあった。
「あのう、すみません…、これは一体何の騒ぎですか…?」
その中の適当な一人に尋ねたバラッドだったが……
「ああ、森の中から『ギャアアアアッ』って、化け物みたいな遠吠えが聞こえるんだ…。あっ、今ほらっ……」
「ギャオオオンッ…!」
(あっ…、し、しまったぁっ……、ミーちゃんのごはんのことすっかり忘れてたぁっ……。私が『大人しくしててね』って言ったから、お腹空かせてずっと待ってるんだ……)
大都市ウェルザの夜空に轟く、ミーちゃんの叫喚を前にして、ターニーは熟れ始めのトマトのように顔を青褪めさせる。
そんな彼女の様子を横目から見ていたエクノス。
(ターニーちゃんのこの様子…、今の叫声といい、この子がここに何かを隠しているのは間違いないようだ…)
見た目によらず察しの良い彼は、ターニーの肩をポンと軽く叩き、優しく言葉をかける。
「大丈夫だ…、ここは僕に任せなさい」
「伯父様……」
ターニーを安心させたエクノスは、ここで機転を効かせた。
「お騒がせして申し訳ありませんっ、皆様っ…。実はこれはウェルザ国立大のマルゴス・トニック教授の研究室が行っている、次世代魔道通信システムの音響実験でして……。ちょっと機材にトラブルが生じてしまったようで……。本当に申し訳ありませんっ……」
「なーんだ…そうなのか……、てっきり竜みたいのでもいるかと思ったよ……」
「実験するにしたって、こんな夜遅くに……、まったく迷惑な話ねぇ……」
エクノスの渾身のアドリブのおかげで、人々は各々に愚痴や落胆の声を漏らしながら、その場から去り始めたのだが……
「ちょっと、あなたっ…、今の話本当なんですかっ…?、ここは国立公園ですよ? こんなとこで実験なんて許可は取ってるんですかっ…? とりあえず署の方に来てください!」
多忙にもかかわらず駆り出された警察側は、とてもではないが『これにて一件落着!』というわけにはいかない。
面子を保つためにも、事情聴取でエクノスを警察署まで引っ張ろうとする。
しかし小一時間前までの、妻の尻に敷かれる情けない亭主とはまるで別人の今のエクノス。
冴えない顔をピリッと引き締めて、毅然と警官に応対した。
「すまないが…、ここは私の顔を立ててはくれないか?」
「『顔を立ててくれ』って…どういう意味………こ、これはっ……ということは…あなた様は……」
エクノスは警官に自身の名刺を差し出した。
「如何にも…、センチュリオン南家現当主、エクノス・ヴィア・センチュリオンだ」
魔術という力を行使する名残から、ここフェルトでは代々警察官僚を輩出して来たセンチュリオン南家。
言うまでもなく、警察関係者にはその威光は絶大な効果を発揮する。
「も、申し訳ございませんっ…、とんだご無礼をっ…!」
「いや、気にしなくていい…、こちらこそ迷惑を掛けて申し訳なかったな…。あとこの件は他言無用に願いたいのだが?」
「はっ、畏まりましたっ…!、では、異常無しということで、これにて失礼致しますっ…!」
「うむ、ご苦労だったな。君らの勤勉ぶりは、署長にしっかりと伝えておくからな」
警官たちは何事もなかったかのように、そそくさと引き揚げて行った。
「ありがとうございます、伯父様! さっすが頼りになりますね〜、なんかカッコいいです!」
「なあに、なんのこれしき。そんなに煽たって何も出ないぞぉ〜、あは、あははは……」
無垢な笑みを見せるターニーに持ち上げられて、エクノスは顔をだらしなく緩める。
普段はみっともない彼の太鼓腹も、この時だけは心なしか頼もしく見えるのだった。
 




