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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第4章 10.決意の治癒術

「危ないっ…!、クラリスちゃんっ!!!」


 衝撃の出来事に身動きが取れなくなった私を、トレックが庇うように横から突き飛ばす。

 少年のナイフは彼の左太(もも)に突き刺さった。


「うぐっ…!」


 トレックがその場に倒れ込む。

 刺された箇所が、ズボン越しに赤黒く染まっていく…。

 一体何を思っているのか…、呆然自失としている少年を、ライズドとスコットが急遽取り押さえて縛り上げる。

 すると、少年は私たち全員に対して、衝撃の言葉を吐いた。


「死ねっ!このジオスの悪魔どもめ!、地獄に落ちろっ!!!」


 瞬時に、私の理性が彼の言葉を受け入れることを拒んだ。

 少年の目は完全に憎しみに駆られているようで、そして、もう一方の少女も私たちを睨み付けている。

 ただただ、その場で打ち震える私に対し、アリアが声を掛ける。


「この国の連中は物心ついた頃から、ジオスは完全悪と吹き込まれてる連中が多い…。ウチらの常識が通じると思うな」


 この時になってようやく、『現地の人間とは極力関わりを持つな』という、先ほどアリアが言った言葉の意味を私は理解した。

 同じ境遇を経験しているのに…、同じ人間なのに…、同じ想いや価値観を分かち合えるとは限らないのだ。

 だとしたら…、私は何でお義父様の言い付けまで破って、この地にやって来たのだろう…?


『彼の地でお前に出来ることは何もない。むしろ足手まといにしかならん』


 最初に執務室でお義父様に言われた言葉が、酷く胸に突き刺さる。

 本当にその通りだ…、私がやったことと言えば、現地の子供の憎しみを煽り立てて、その結果、仲間を危害に遭わせて……。

 そして、私の覚悟が思い上がりに過ぎなかったという、厳しい現実を知らしめられて…、かつてないほど私の心は打ちのめされている。

 私が一番恐れたこと…、それは、もしジェミスが私たちのことを憎んでいたとしたら……

 今や、私はジオス魔導部隊の一員として動いている。

 もし、ジェミスが私にあの少年のように憎悪の念を向けたら…、私はどうなってしまうのだろう……。

 あんなに会いたくて会いたくてたまらなかった彼女に、会うことを恐れ始めている自分がいた。

 アリアもトレックたちもお義父様も、私のジェミスを救いたいという身勝手な想いを受け入れ、そして私を信じて支えてくれている。


(それなのに私は……)


 私は自身の不甲斐なさと独り()がりで、酷い自己嫌悪に陥った。

 数時間経って、反体制派の衛兵が到着し、男と少年少女を連行して行った。

 少年は相も変わらず私たちを睨み付け、少女はとても物哀しげな表情を浮かべていた。

 本当にやるせない……私は何故この場所にいるのだろうか…。



 野営に適切な場所が見つかり、とりあえず今夜はそこを拠点とすることとなった。

 焚かれた火を見つめながら、私は意気消沈して縮こまり、ただ佇んでいる。

 ここにいるのはアリアと負傷したトレックのみ、ライズドとスコットは夜間の見回りがてらの索敵に向かった。

 どうやら二人とも暗視能力を持っているらしい。


「痛ててて…、すんません姐さん…、俺ヘマやっちゃいました…」


「まったく…お前は…、いつも詰めが甘いんだよ。まあ、油断した代償だ、せいぜい苦しむんだな」


「ひどいなあ…それ重傷人に言う言葉っすか…? もっと優しくして下さいよ…」


「ああっ、ふざけたこと抜かすな、重傷ってほどの怪我かよ。それにお前バカなんだから、体の作りも単純だろ。よく食ってよく寝りゃあ、明日には治るよ、ははははっ…」


 アリアはトレックの介抱をしつつ、二人は冗談を言い合いながら笑っていた。

 その光景が、今の私には居た堪れないほどに辛かった。

 トレックが刺されたのは、間違いなく私の不注意によるものだ。

 そして何より、あの奴隷の少年少女を助けたいとアリアに申し出たのは私だ。

 全ては私のせいなのだ…それなのにあの二人は……

 どうして私を叱ってくれないのか…罵倒してくれたっていい。

 二人の私への配慮が、(かえ)って私への罰となった。



 しかし一方で、このままいじけていても何も解決しない…、皆にさらに迷惑を掛けるだけだと、冷静に自問自答出来る自分もいた。


(私は結局、皆の足手まといのままなのか…、私は皆のために何も出来ないのか…、………私に出来ることは…何だ…?)


 トレックは余裕そうに喋ってはいたが、あの場からライズドとスコットに担がれるように運ばれて、今もずっと横たわったままだ。

 背嚢袋に入っている、傷口に直接塗布する痛み止めを多用して、何とか激痛を和らげている。

 ところで、私も含めて皆に支給されたこの背嚢袋だが、実は需品係の方で内容物の配分を各隊の特性や作戦内容によって、その都度臨機応変に変えているらしい。

 ライズドが言っていたが、私たちの隊は医薬品や回復薬の量が多いそうだ。

 つまりそれは、私たちの中に治癒術や回復術を使える人間がいないということではないか?

 本来ならば、各自の適性を考慮してバランスのとれた隊編成をするはずなのに、こんな偏った編成になってしまったのは、やはり私の存在が影響しているからか…。

 そうなれば、私が皆のために出来ることは…


 ……………………………


 私は立ち上がって、徐にトレックの元へ向かう。

 そして…


「あ、あの…、お怪我を見せてもらえませんか…?」


 私の唐突な申し出に、彼は「あ、ああ…」と、戸惑いながらも応じてくれた。

 真っ赤に裂けた彼の痛々しい傷に対し、私は手をかざして、周囲の大気中のマナをこの手に集めて傷を塞ぐイメージで、術式を内なる魔素に向けて放つ。

 そして同時に、神に祈るように…彼の怪我が治ることを強く願った。

 すると…、それは初めての経験だった。

 私のかざした手が白く発光したのだ。

 そして、白い光はまるで生き物のように、トレックの傷口を覆った。


「こ、これは…一体…!?」


 彼が思わずそう反応した次の瞬間、傷口を覆っていた白い光は霧散した。

 すると、トレックは自らの身に起きた異変に困惑した様子で、言葉を発する。


「い、痛みが引いて行く…、しかも立てるぞ…! クラリスちゃん…まさか君、治癒術を使ったのか…?」


「は、はい…。ただ、初めてだったので、中途半端な治癒になってしまって…ごめんなさい……」


 私が用いたのは、傷口の時間の経過速度を早めて治癒を行う手法だ。

 時間の経過を逆行させれば、彼の太腿を傷を負う以前の状態に戻し、実質的な完治が可能なのだが、今の私にはそこまでの芸当は出来ない。

 何せ、こんな簡単な治癒術を使っただけで、私は精神を激しく消耗させて、汗だくで息を切らしている。


「いやいや…治癒術が使えるだけでもすごいことさ…。本当に助かったよ!、ありがとな」


「そんな…、元はと言えば、私の不注意でトレックさんに怪我をさせてしまったのに……」


「ははははっ!、そんなの気にすんなよ。仲間を助けるのは当然のことだろ?」


 トレックは爽やかな男前の笑顔を見せながら、その大きな掌で私の頭をポンポンと軽く叩いた。


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