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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第22章 26.言えなかった言葉

 するとその時…


「さすがは神官長様…素晴らしいお言葉ですね……」


 精悍(せいかん)な男の声が、突然入り口の方から入り込んで来た。

 咄嗟に皆が目を向けると、そこに立っていたのは逞しい風貌をした壮年の男。


(え、誰……?)


 クラリスとリグはその男と面識がないようだが……


「ぶ…部隊長……」


 マリンが酷く動揺した様子で声を漏らす。

 そう…、そこにいたのは彼女にとっては元上官であるヘリオだった 。


「おや?、これはヘリオ君…、如何なされたかな?」


「いえ、センチュリオン家の御子女がジオスに戻って来たと聞いて、是非一度お目にかかりたくてね……。アリアからこちらにいると聞いてやって来たんですよ」


 ヘリオがここに来た目的は、クラリスとリグだったようだ。


「そうか…この子たちが……。初めまして、俺の名前はヘリオ・テック・カルコム、魔導第1部隊の部隊長だ。よろしくな!」


「(ええっ……この人がっ……)は、初めまして…、クラリス・ディーノ・センチュリオンですっ…」


「(ひえっ…、やっぱすげえ怖そうだ……)リグ・ディーノ・センチュリオンです…!」


 魔導部隊の中でも最強の第1部隊…、しかもその部隊長とあって、二人の自己紹介にも(おの)ずと緊張が走る。


「ははははっ…、そんなに固くなるなよ。こう見えて俺は部下には厳しいが、子供には優しいんだぞ? 実はお前たちのことはアリアやビバダムからよく聞いててな…、前から是非会ってみたいって思ってたんだ。なるほどな…良い目をしている……。あいつらが気に掛けるわけだ…」


 清々しく表情を緩めたヘリオは、二人の頭をそれぞれの手でポンと(はた)くように撫でる。

 その人柄までもがはっきりと表れた男前な微笑みに、クラリスとリグの顔もいつしか嬉しそうに綻んでいた。




 しかし、一方のマリン…。

 部隊を辞する意思表示すら(ろく)に出来なかった彼女は、ヘリオに合わせる顔がない様子でずっと俯いていた。


「マリン…」


「…………ッ」


 不意にヘリオに声をかけられて、マリンは怯えた子猫のように体をビクッとさせる。

 そんな心を閉ざした彼女に対し、ヘリオは親身になって語りかけた。


「はぁ…、まったく、お前は……、そんなこと考えてたのか…? 色々ごちゃごちゃと考え過ぎなんだよ…、そんなんじゃ何やったって上手く行かないぞ?」


 その穏やかな口振りに些か気が和らいだマリンは、ようやくゆっくりと顔を上げる。


「まあ、お前の口から本心が聞けてよかったよ…。あれからどうしてもお前の本当の意志が聞きたくて、お父上に面会を申し出たんだが、その度に断られてな…。てっきり俺、お前に嫌われてしまったんじゃないかって心配してたんだぞ?、はははは……」


「(そうだったんだ……)ご心配おかけして申し訳ありません……部隊長……」


 屈託のないヘリオの笑顔がむしろ辛く感じられて、しおらしく謝るマリン。


「部下に心配をかけられるのは、上官としての甲斐性だ、気にするな。まあ今だから言える話だが…、最初部隊に入って来たお前を見た時から、この子に戦場で敵兵を殺すことなど出来るのだろうかとは感じてたよ…。勘違いするな?、決してお前を貶しているわけじゃない…。それだけお前からは、優しさが溢れ出ていたっていうことだ。だから、お前が傷付いた人々を救う治癒術師を目指してると聞いて、俺は安心したし何より嬉しい…。お前を苦しめる、あの忌まわしい記憶からも、早く覚める日が来るといいな…」


「部隊長…」


 ヘリオの深切に満ち溢れた言葉に、マリンの表情が僅かにほろりと綻ぶ。

 ところでヘリオ…、ここで彼女に予想だにしないことを言った。


「ただな、レイチェル様の名誉のために言っておくが、あの時のあの処断は、レイチェル様があの者たちにかけられた温情でもあったんだぞ?」


「え……どういう意味ですか……」


「人間が一番に恐怖を感じる瞬間…、それは避けられない死に直面した時だ…。あの時斬首されたあの者たちも…、たとえ一瞬の苦しみだけで死ねるとわかっていたとしても、心の中では計り知れない恐怖に震えていたに違いない…。レイチェル様は、あえてあの者たちに希望を与えつつ、せめて安らかに死ねるよう御配慮されたのだ…。ヴィット以外のあの者たちは、我が身可愛さにレイチェル様に取り入ることしか考えておらず、いずれにせよ奴らが助かる道などなかったしな……」


「…………………」


 ヘリオの話が腑に落ちない様子で、険しい思案顔を浮かべるマリン。


「まあ、俺の言ってることが理解出来ないなら、無理に納得することなんてないさ…。お前はお前なんだからな。ただこれだけは言っておく。『治癒術師になりたい』というお前の想い……、それだけには迷いを持つな」


「どういうことですか……?」


「どうな経緯があろうと、お前がどう思おうと、お前は治癒術師になりたいと切望して、部隊を辞めたんだ…。ならば自分が選んだ選択をただひたすら信じるしかないだろう? 仮に自分の中で納得出来ない部分があったとしても、それでも…自分を騙し込んででも『自分が選んだ道は正しかったんだ』と思い込め。そうすれば、いつかそれが自分の本当の気持ちになるはずだ。実際、俺がそうだったからな……」


 ヘリオは頼り甲斐のある兄のように、小さなマリンの頭に大きな手を優しく置く。


「まあともかく、また道に迷うようなことがあれば、気軽に俺を訪ねて来い。女心なんてちっともわからんガサツな俺でよければ、いつでも相談に乗ってやる。だから気を強く持って、元気にやれよな? クラリスとリグもまたな。では神官長様、失礼します」


 ヘリオは鯔背(いなせ)な笑顔を残して、颯爽とその場から去って行った。





「かっけえなぁ……あの人……。こりゃあ、男の俺でも惚れるわ……」


「うん…、最初は怖い人かと思ったけど、すごく優しい人だったね…」


「そりゃあそうよ……。さっきはあんなこと言ってしまったけど…、部隊に入ってからずっとあの人の背中を追いかけてた……私の憧れの人だったんだから……」


 不本意にも魔導部隊を辞めた自身に、呵責の念を抱いていたマリン…。

 それは裏を返せば、慕っていたヘリオの期待を裏切ってしまったという負い目でもあった。


(ありがとうございます…部隊長……。私、頑張りますっ…。って、私ったら…、また直接言うことができませんでしたね……)


 そんな彼との(わだかま)りがようやく消え、自分の気持ちに決心を着けることが出来たマリンは、潤んだ遠い目で元上官の背中を見送るのだった。


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