第22章 25.マリンの悪夢
さて、挨拶代わりのそんな戯れを経て…
「実は…アリアさんからフェルカちゃんが帰って来たって聞いて……、それでここに来たの…」
「そうだったんですね……。お姉ちゃんなら…ちゃんとここにいますよ……」
マリンの言葉の意味を切に察したクラリスは、彼女を祭壇に案内する。
「フェルカちゃん……」
哀惜で声と手を震わせて、そっと両手でフェルカの三つ編みを掬うマリン。
「おかえり……フェルカちゃ…ん………う、ううっ…うああああんっ…!!!」
彼女は最愛の友の遺髪をその胸に抱いて、それに遣り切れない悲しみを込めるようにして、ただただ泣き続ける。
その様を見て、居た堪れなく沈むしかないクラリスとリグとセナドラ。
(こんな形であの子と再会なんてしたくなかった……。でも…あの子の魂がジオスに…家族の元に戻って来れて……本当によかった……)
あまりにも…あまりにも無情で残酷な再会ではある。
それでもマリンは、一番にフェルカを感じられる形見がこうして故郷に戻って来たことを、涙に溺れながらも甚く神に感謝していた。
それから…
「ありがとうね、二人とも……。あの子の遺髪を持って帰って来てくれて……。それにしても…、まさかフェルカちゃんが異国の地で結婚してただなんて……」
「はい…、アレックスさんって言って、お姉ちゃんをとっても大事に想ってくれる、優しい人と一緒になりました…。僅か1ヶ月ぐらいでしたけど…、それでもお姉ちゃんにとっては人生で一番輝いてた時だったと思います…。ヴェッタではジオスとは違う神様を信仰していて、“遺髪” という慣習もなくて…。でも神父様のご厚意で、何とかジオスに髪を持って帰ることができました…」
「姉ちゃんの花嫁衣装姿すげえ綺麗だったよな…。マリン姉ちゃんにも見せたかったよ……。あっ、そう考えたら、アレックス兄ちゃんに姉ちゃんの写真少しもらっとくんだったぜ…」
落ち着いたマリンに、旅話を含むフェルカとのエピソードと、彼女の幸せに満ちた最期を伝えるクラリスとリグ。
「そう…、本当に…本当にあの子は幸せにあちらで暮らしていたのね……。あの子にもう会えないのはとても辛いけど…、でもフェルカちゃんにとっては、これでよかったのかもしれないわね……。それにしても、いつの間にかクラリスちゃん、あの子のことを『お姉ちゃん』って呼んでたのね?」
「はい…、なんかそっちの方がいいかなぁって思って……」
「うん、私もそう思う。 実は私も、フェルカちゃんとウチで一緒に暮らしていた時、『『お姉ちゃん』って呼んでいい?』って言われてたの…。その時は何だかすごく気恥ずかしくて断っちゃったけど……、クラリスちゃんの話を聞いてちょっと後悔してるかな……。でもあの子、身長も高いし大人びてるし、どう見ても私の方が妹っぽいんだもんね……あははは……」
寂しい表情を浮かべつつも、少し戯けてみせるマリン。
そんな彼女の健気に振る舞う様に、クラリスとリグの顔も湿っぽく綻んだ。
ところで…
「マリンさんは今何をされてるんですか? 確か、魔導審査会の次席合格でしたよね…?」
深い悲しみから少しは和んだ空気の中で、特に何気なくマリンに尋ねたクラリス。
だが意外にも、それを聞かれてマリンの表情が一瞬曇った。
「う、うん…、私とブリッドは審査会の首席、次席合格ということで、そのまま魔導第1部隊に配属となったの…」
「へぇ〜、すごいですねぇ〜! 確か第1部隊と言ったら、王族の皆さんの警護をする一番スゴいところですよね?」
「すげえなっ、姉ちゃんっ……」
羨望の眼差しで目をキラキラと輝かせるクラリスとリグ。
そんな二人に対し心底後ろめたそうな様子で、マリンは話を続けた。
「その…実は私は……、もう魔導部隊を辞めているの……」
「えっ…、そうなんですか?」
「う、うん…、やっぱり私には戦うことは向いていないってわかったし、今は治癒に特化した治癒術師になりたいって思って勉強してるの…。治癒術が上手なフェルカちゃんの姿を見て来たから……あの子の分も頑張りたいって思って……。と言っても、周りに先生となってくれるような人がいないから、ほとんど独学でやってるんだけどね……」
「そうだったんですね…。でもそれもすっごく立派だと思います! お姉ちゃんの意志を継いでくれて嬉しいです!」
「頑張れよっ、マリン姉ちゃん! 俺らも応援してるからさ!」
クラリスとリグから、熱く温かい激励の言葉をかけられたマリンだったが……
「…………うっ……ううう……」
「えっ…?、マリンさんっ……?」
「姉ちゃんっ…?、どうしたんだよ…?、泣いてんのか……」
突然マリンは、何の前触れもなくその場で涙ぐんでしまう。
彼女は二人に、自身が魔導部隊を退役した真の理由を語り出した。
「さっき『自分が戦うことに向いていない』って言ったけど…、本当はただ逃げ出しただけなのよ……。部隊に入る前から覚悟はしてたけど…、実際の魔導部隊の任務があんなにも辛いんだなんて思わなかった……。でも…それでも同期のブリッドと互いに励まし合いながら、死に物狂いで食らい付いて行った……。でも…あの日を境に……」
「『あの日』って……?」
「このフォークの街をゲネレイド軍から奪還した日のこと……。あの時敵側の上官級の人たちが捕虜となって…、レイチェル様が直にその人たちを尋問することになったの……。その場で…、あの方に捕虜の人たちが首を刎ねられる場面を…見てしまって………。首がゴトって地面に転がった音は……今でもはっきりと覚えてる……」
当時の悍ましい光景を鮮明に思い出してしまったのか、マリンは顔を蒼白にさせて声を震わす。
「あの時…私もブリッドも悲鳴を上げてしまったけど……部隊長から『取り乱すな』って叱られた……。でもそれから……嘔吐も涙も震えも止まらなくなって……、あの時の光景が毎晩夢に出るようになって……夜もロクに眠れないようになって………、気付けば私は任務に耐えれる体じゃなくなってた……。そんな状態を見るに見かねたお父様が直接部隊長に話を付けてくれて……、私は魔導部隊を辞めたのよ……。自分の口から『辞めます』って言うことすら出来なくてね……。だから治癒術師を目指してるなんていうのも…、空っぽな自分を慰めるだけの口実に過ぎないの……。そんなことのために、フェルカちゃんを利用しようとしてる自分に腹が立ってしょうがない……。それに…ブリッドはあれからも一人頑張って、部隊でも将来を期待されてるのに……それにひきかえ私は………。本当に自分がっ…自分が情けないっ……うっ…うううっ……うわああああんっ……!」
激情に取り込まれたマリンは、またもやその場で泣き崩れる。
ただ雨に例えるのなら、先ほどのフェルカを悼む涙は物悲しい情調がある季節雨だ。
それに比べ、自身への怒りを直情的に吐き出す今度の涙は、突発的なゲリラ豪雨のようなもの…。
心の傘を持ち合わせていないかの如く、クラリスとリグは何て声をかけてあげれば良いのか…、途方に暮れるしかない。
「これこれ…マリン嬢…、そうご自分を卑下されてはなりませんぞ…? 人にはそれぞれ、得意不得意、適性があるもの…。魔導部隊を不本意にも辞されたとしても、それがあなたが新たに目指す治癒術師への道を貶めることにはならないでしょう…? あなたは人を傷付けるのではなく、人の傷を治す道を選んだに過ぎぬ…。もっとご自身に自信と誇りを持ちなされ…」
さすがは聖職者であり人徳者でもあるセナドラ。
「うっ……うえっ………はい……」
彼に優しく諭されて、マリンはめそめそしながらも幾分気が落ち着いたようだった。




