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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第22章 23.最愛の姉と最低の兄

「さあ、ここだ…」


 保管庫の扉を開けたアリア。

 窓はなく照明を点けても薄暗い室内には、戦場で回収されて未だ所有者が不明のままの数多(あまた)の遺失物が、所狭しと棚に保管されている。 

 意外にも、そこにはすでに先客がいた。

 一般人と思われる一人の女性…、必死に何かを探し求めているようだが……


「こ、これは……間違いないわ……、私があの人に贈ったお守り………どうして……どうしてなのよぉっ〜……うあああああっ……!!!」


 亡き夫の遺品と思われる、愛らしい鳥のチャームが付いた、泥と血で汚れた鞄…。

 それ激しく抱き締めながら、彼女はその場で泣き崩れた。

 ちなみに、このチャームのモチーフとなっているのは燕だ。

 彼方へ飛び立っても翌年にはその場所に戻って来る習性があるため、家族や愛する人を戦地に送る際の、お守りの定番となっている。


「ここに置いてあるのは、未だ持ち主不明で引き取り手のない品々だが……、実質は戦死していった者たちの遺品がほとんどだ…。それぞれに名前が書いてない物も多いし、とりあえずはここで保管することにしている…。ただ心当たりがありそうな遺族の方たちには、時折こうして内部公開してるんだ…。あの鞄はよかったな…、これで愛する人の元へと戻れる……。死んで行った者も少しは救われるだろう……」


「………………………」


 エルパラトスのような戦地だけではない…、こんな皆が平和に暮らすフォークの街でも、数え切れないほどの戦争の惨劇が点在している…。

 そんな居た堪れない現実の前に、返す言葉を失うクラリスとリグ。

 しばらくして、女性は三人の姿に気付いたようだ。

 びしょびしょに濡らした顔を隠すようにして、一礼だけしてそそくさと去って行く。

 三人も同じく一礼だけを返して、彼女を見送った。




 それから、陽が差し込まないだけに寒々とした保管庫の中を、クラリスとリグは黙々と探って行く。

 そして…


「あ、あったっ…!」


 二人が見つけたのは、区別するように隅に置かれていた二つの背嚢袋。

 そう…、アスタリア号に置いたままにしていたクラリスとリグの鞄だ。

 フェルトを()って、ガノン、モールタリア、そしてヴェッタへと…、まさに二人と苦楽をともにして来た鞄でもある。

 元々はフェルト滞在時に、世話になった南家当主であるエクノスに用意してもらった、この帆布製の鞄。

 二人は知らないが、実は有名登山用品店の最高品質の商品であった。

 そのためか、さすがに擦り切れや汚れは目立つものの、まだまだ実用には十分。

 むしろ、そんな草臥(くたび)れた様がそこはかとなく情趣を醸し出しており、この鞄が二人の旅の “生き証人” であること物語っているかのようだった。

 さて、自身の鞄と再会を果たしたクラリスとリグだが、その中でも二人が真っ先に探し求めていたものがあった。


「あったっ……よかったぁっ……」


 鞄の中から、クラリスが両手でそっと(すく)い上げたもの…、それは太めに編まれた金色の三つ編みの髪。


「クラリス…、もしかしてそれは……」


「はい…、姉の…フェルカの遺髪です……」


「なんだよぉ…姉ちゃん……、俺らよりも先にジオスに帰ってたのかよ……。姉ちゃんも人が悪いぜ……うっ…うううう……」


 もう二度と会えないと思っていた最愛の姉の忘れ形見を前に、クラリスとリグは涙を溢しながら喜びを噛み締める。


「そうか…、ならばお父上の魂が眠る祭壇に、フェルカさんの遺髪も弔おう…。ヌビア教会の神官長様にアタシの方から話を付けておくよ」


「はい…、ありがとうございます…」


 …………………………



 こうして2時間後…、ここはフォーク市内でも最大の月理教教会。


「お父様…」


「父上…」


 父アルテグラの魂が眠る荘厳な祭壇の前にはクラリスとリグ、そして祭儀を執り行う神官長セナドラがいた。

 保管所から丁重に運び出されて、祭壇に安置されたアルテグラの遺髪。

 その横に二人はフェルカの遺髪と、さらには兄トテムの遺髪をそっと置く。


(お父様……、記憶の中で、やっと本当のお父さんとお母さんに会えました…。それと、お父様には叱られるかもしれないけど…、あなたの無念は絶対に私たちが晴らしますっ…。ですから…、天界からお姉ちゃんと一緒に私たちの姿を見守っていてくださいっ…。あとお兄様……、あなたとは色々あったけど、今となってはもう全て終わったこと……。せめて天界(あっち)では…みんなと仲良くしてね……)


(父上……、父上の…そして俺たちの家の無念は絶対に晴らすからっ……。俺たちだってあれからすげえ成長したんだ…。だから、安心して見守っててくれよ…。あとクソ兄貴…、あんたのことは一発でもぶん殴らなきゃ気が済まねえって思ってたけど…、もう天界に行っちゃったらこの手も届かないもんな……。天界(あっち)でちゃんとみんなに謝っとけよな……)


 クラリスにすら『気が済むまで引っ叩いてやりたい』と言わせるほどに、根強い遺恨があった兄トテム…。

 だがそんな彼も、ゲネレイドの謀略に利用されて無様に殺され、なお死後も名誉を奪われるという、相応の報いを受けている。

 そして何より同じ家族なのだ。

 胸がすくことは決してないが、それでもクラリスとリグは父と姉の魂の安寧を一心に祈りつつ、面憎(つらにく)い兄に衷心の言葉を贈ったのだった。


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