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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第4章 9.敵地の実情

 車が故障して動けなくなった私たちは、目的の東第1区まで歩くことになった。

 車に乗っている時に、やたらとアリアの奇声が聞こえたような気がするが、何も聞こえなかったことにしよう…。

 今、私たちが歩いている第2区は戦闘に巻き込まれていないのか、街行く人々もそれなりに多く、普通に商店も営業していて、一見すると平静を保っている。

 しかし、路地奥に目をやると、浮浪者や恐らく孤児と思われる子供たちが、虚ろな表情で佇む光景が多々見られた。

 中には首輪や枷を付けたままの子供たちもいた。

 主人や奴隷商の元から逃げて来たのか…、それとも彼らが殺されて行き場がなくなったのか…。

 否応にも、この街の臭いも相まって、あの頃を思い出してしまう…。

 私は極力周囲に目を遣らず、前だけを向いて歩くことにした。

 それでも、街行く人々の私たちへの刺すような視線は、絶えず感じる。

 そもそも、私たちが羽織っている青のローブが、私たちの存在を周囲に誇示しているみたいなものだ。

 明らかな敵視、不安気な視線、疎ましく思う視線…、その視線の裏にある思いは人それぞれだろうが、少なくとも私たちが現地の人々から歓迎されていないことはよくわかった。

 陰鬱な表情で俯いて歩く私に、アリアは声を掛ける。


「これが実情だ…。アタシたちは一応解放軍という扱いにはなってるが、他国の軍人にズカズカと入り込まれて、良い顔する奴なんていないさ。こんな事で心やられてちゃ、ここから先は持たないぞ。気をしっかり持て」


「はい…」


「あと言い忘れたが、現地の人間とは極力関わりを持つな。連中は何を考えてるかわからん。こっちの勝手な思い込みで情けをかけると痛い目見るぞ」


 この時は、彼女のその言葉の意味が、私には全く理解出来なかった。


「ええと…、こっちの路地通った方が近そうですね…」


 地図を見ているスコットが、アリアに提言する。

 私たちは大通りから路地へと入った。

 それから、10分ほど歩いた頃だった…、周囲の光景に酷く既視感を感じる…。

 まさかここは……、間違いない…、私たちが奴隷として売られていた店があった場所だ…。

 当時、私たちは窓もない荷台で運ばれていたため、この場所に至るまでの経路は全くわからない。

 お義父様に助け出されて、この場所から連れ出される時は、極度の緊張と不安で記憶が残っていない。

 突如眼前に現れたトラウマの光景に、私は顔面を蒼白にさせて、わけもわからずその場で震え出した。

 私の異変にいち早く気が付いたアリアは、「チッ」と舌打ちしながらも、私を彼女の背中に背負った。


「クラリス、しっかりと掴まってろ!そんで、目は閉じとけ」


 力強い声で私にそう言った後、さらに案内役のスコットに指示をする。


「おい、スコット、最短ルートだ。さっさとこんな辛気臭いとこ脱出するぞ!」


「は、はい…!」


 目をつぶって震える私を背負って、アリアは私のために駆け出した。

 そして、どれぐらい経ったか…、彼女の足が止まった。


「どうだ、クラリス。ここなら大丈夫か?」


 目を開けると、再び大通りの光景が広がっていた。


「ごめんなさい、部隊長…、ご迷惑をお掛けしてしまって……」


「いいんだよ、気にするな。それに今は『姐さん』でいい。あいつらもそう呼んでることだしな…」


「はい…姐さん……」


 彼女は優しい笑みを浮かべたが、その笑みがかえって今の私には辛かった。

 むしろ、叱責してくれた方が、どんだけ気が楽だったか…。



 こうして、私のせいで回り道になってしまったが、目指す第1区に向けて再び歩みを進める。

 30分ほど歩いて、ようやく “ここから東第1区” と書かれた案内板が見えた。

 ここからが私たちが担当する地区……、つまりそれは戦場ということだ…。

 一気に緊張感が張り詰める。

 踏み入れると、確かに先ほどまでいた第2区とは何やら様相が違う。

 まだ建物の損壊自体は見受けられないが、人通りは少なく商店も閉まっており、活気がないというよりも人々の生活感がまず感じられない。

 僅かに見られる街の人々は、粗末な汚らしい身なりで、あてもなく徘徊しているように見える。


「姐さん、ここからどうしますか?」


 ライズドがそう尋ねると、アリアは少し熟考する仕草を見せる。


「うーん、そうだなあ…。今のところは大規模戦闘になる可能性はなさそうだ。突発的な襲撃はあるかもしれんが…。とりあえず、野営できる場所を探すぞ」


 アリアの指示で、私たちは路地へと入り込んだ。

 空き家となっており、夜間に火や灯を使っても索敵されにくい場所を探すためだ。

 水道が生きていたり、井戸があったりするとなお良い。

 無論、毒が入れられている可能性もあるので、持参した検査薬で調べないといけないが…。



 そうして、路地裏を探索して小一時間経ったぐらい時だった。

 私の目の前に、決して見たくなかった光景が飛び込んで来たのだ。

 それは…、男に鎖で繋がれて連れて行かれる、首輪を付けた少年と少女の姿だった…。

 やや褐色の肌に薄い橙色の髪をした二人は、あの頃の私のように痩せ細ってボロ切れのような衣を(まと)っており、男に鞭で叩かれている。

 咄嗟に、あの日見た、ジェミスの姿と重なった。

 私は彼らを救うためにここにやって来たんじゃないのか…、それはジェミスを救うための建前ではあるが、一方でそれも私の気持ちであることには変わりはないはずだ。

 私は一人で行こうとした。

 そのための許可をアリアに求めようとした。


「あの、姐さん…」


 私に言葉を掛けられたアリアは、私の視線の先に目を遣ると、全てを察したようだった。

 彼女は最初こそは渋い表情を浮かべたが、すぐに力なく一息吐くと、彼女自らがその男の元に向かった。


「このローブを見れば分かるだろ?、ジオス魔導部隊の者だ。この子たちを解放してもらおうか」


「な…なんだ…?ジオスの連中が何でいるんだ…!? くっそ…!」


 動揺した男は、咄嗟に腰のナイフを奴隷の子供たちに突き付ける。

 するとその時、私たちの背後から赤い光線が放たれ、ナイフを持つ男の右手を直撃した。


「うがああああ!!!」


 手をやられた男は、無様にもその場でのたうち回る。


「ふう〜…」


 光線を放ったのはライズドだった。


「なかなかピンポイントで当てるのは難しいけど、間違って頭に当てなくて良かったよ、はははは…」


 彼は余裕たっぷりに、憎めない笑顔でそう言った。



 男を縛り上げて、アリアが魔光通信で近くにいる反体制派の衛兵に男と少年少女を引き取りに来るよう、船に要請を出す。

 ちなみに各隊で持たされている携帯用の通信器具は、ランプに点灯する光の色で船と通信を行う単純なものだ。

 赤ランプが “生命に関わる緊急事態発生。大至急増援を求む” 、緑ランプが “捕虜、犯罪者捕捉。引き上げ願う” 、青ランプが “交戦勃発” 、黄ランプが “任務遂行完了” をそれぞれ意味する。

 救い出した奴隷の少年少女の体をよく見ると、あの日のジェミスみたいに鞭で打たれたり殴られたりした痣が生々しく残っていた。


(なんて酷い……、でも、何とか殺される前に救い出せてよかった…)


 とりあえず、これで彼らも穏やかに眠れる日がやって来るのだろう。

 そう心を痛めながらも安堵していたのだが……、事態は青天の霹靂と言っても過言ではない、私の思わぬ方へと動く出す。

 何と、手枷を付けられたままの少年が、男が落としたナイフを拾って、いきなり襲いかかって来たのだ!

 そして、彼の向けるナイフの先にいたのは……、私だった…!


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