第22章 21.アリアとアスター
さてそれから、気を取り直して改めてアスターの元に向かう三人。
「ところでアスター様って、今ここで何をしてるんですか?」
「ああ、あの方はレイチェル様の政務を手伝われてるよ。あの方は次男のようだから、将来家督を継がれることはないだろうが、それでもミグノン連邦政府の要職には就くことになるだろう。そのために、今はレイチェル様の下で修行中ってとこだな」
ビバダムがレイチェルの下で剣術を学んだように、アスターは今、彼女の下で為政者としての職務と心構えを学んでいた。
たまにはアスタリア号に乗り込んで、かつての…そして新たな仲間たちと船旅がしたいと切望している本人。
だが、その申し出は悉くレイチェルに一蹴されて、彼の細やかな願いはまだまだ実現しそうにない。
そんなわけで、一度は異性として慕情を抱いた相手ではあるが、今では弟分の如くレイチェルに扱かれるアスターであった。
こうして、アスターの執務室に到着した三人。
「悪いが、ちょっとここで待っててくれ」
アスターをドッキリさせるべく、年不相応に悪戯顔を見せるアリア。
コン…コン……
「失礼します、アスター様」
またもやクラリスとリグを部屋の前で待たせると、彼女は一人入室して行った。
「やあ、アリア君か!、無事遠征から帰って来たのだなっ?」
「はい…、ただいま戻りました。何の戦果も挙げることは出来ませんでしたが……」
「そうか…、だがそれでも、無事で何よりだ…。それにしても戦地に赴いたせいか、一段とキリッとして男前になったねぇ」
「いやだなぁ、アスター様…。アタシこれでも女ですよ?」
「はははは…、すまないすまない…。私も己の容姿には自信がある方だが、その私すらも嫉妬するほどの美顔なものでついな…。しかし、君が同性であるとわかっていたとしても、これまで数多の女性から言い寄られたのではないかな?」
「ふふふ…、その辺はご想像にお任せします。これ以上意地悪されるようだと、アタシといえども泣いちゃいますよ?」
「はははは、さすがに泣かれては敵わないな。男にとって、女性の涙ほど強力な弱点はないからね…」
洒脱に会話を交わすアリアとアスター。
元々、気風の良い性格同士の二人は、いつしか友達同然に打ち解けた仲となっていた。
「それにしてもアスター様、ものすごい量の書類ですね…。レイチェル様からの “宿題” ですか?」
アスターの執務机の上には、これでもかと書類の束が山積みになっていた。
「ああ、溜まっていた各種決裁書やレイチェル様に上申する意見書だ…。レイチェル様がご多忙の故に、私が代行して内容確認と署名をしている。とはいえ、大した重要案件までは任されてはいないがね…」
「そうなんですか…、大変ですねえ……」
「まあ、無論大変ではあるが…、一方で遣り甲斐もひしひしと感じてはいるよ。レイチェル様も私のことを思って、あえて手厳しく接して下さってるのだろう…」
アスターがレイチェルの執務の一部を代行してくれているおかげで、彼女は1日数時間、己の剣の修練に費やす時間が出来た。
「ところで…、用件は何かな?」
「ええ、お忙しいところすみませんが、実はアスター様に “小さなお客様” を連れて参りました」
「『小さなお客様』…?、それは一体……?」
「ふふふふ…、見たら驚きますよぉ〜?」
ニヤニヤ顔のアリアは、ゆっくりと部屋の扉を開けた。
「………ッ!?、クラリスっ…?、リグっ…?」
「アスター様っ……」
自身が至らないばかりに、クラリスとリグをみすみす死なせてしまったと、何晩も眠れずに悔いて悔いて…それでも決して悔やみ切れなかったアスター。
ところが今、その子供たちが元気な姿で眼前に立っている。
「ふ…二人とも……無事だったのかっ……」
情動に駆り立てられるがままに、アスターは二人を我が子同然に熱く抱き締めた。
「ごめんなさい…アスター様……。ご心配おかけして……」
「いいんだ…いいんだ……、君たちが生きてさえいてくれたのなら……それでいいんだ……うっうううう……」
むさ苦しい男泣きで端正な顔をくしゃくしゃにして、クラリスとリグを迎え入れるアスター。
「さてと…、この子たちと積もる話もおありでしょうし、部外者のアタシは一旦退出しますね? お前ら、アスター様はお仕事中なんだから、あんまりご迷惑をかけるんじゃないぞ?」
アリアは粋にそう告げると、一人部屋を出て行った。




