第22章 16.おかえりクーちゃん
こうして、徒然と馬車を走らせること数日後…
「やっと帰って来たぞ!、みんな、フォークだ!」
ついに一行はフォークへと帰還した。
戦地より疲弊して帰って来た数百人を労うべく、一行の前には多くの人々が集まっていた。
無論、中には気が気でない心境で、愛する人の帰りを待つ家族や恋人の姿もある。
無事生きて帰って再会を喜ぶ者…、はたまた無情にも遺髪と化した姿と対面し、甚く悲しみに暮れる者…。
そんな悲喜交々な人間模様を見せられて、遣る瀬なさに打ち拉がれるクラリスとリグ。
ただその一方で、やっとの思いで辿り着いたフォークの街並みを前に、一入の感慨が押し寄せたのも確かだった。
「すげえ…、俺たち本当にジオスに戻って来たんだ……」
「うん…、このフォークの街を見ると、一層『ジオスに帰って来たんだ』って実感するね!」
「はえ〜…、おっきい街……。里の何倍ぐらいあるのかしら……」
王都と比べれば、5分の1程度の規模のフォークの街。
それでも “田舎者” のアイシスにとっては、初めて触れる都会である。
以前、文明国フェルトの首都ウェルザに降り立ったクラリスとリグみたいに、貪るようにして目に映る景色を焼き付ける。
ところでそんな中…、リグがとある異変に気付いた。
「な、なあ…、クラリス……あれって…まさか……」
「ん?…………えっ、ええええっ…!?、ど、どういうことっ……?」
柄にもなく、はしたなく取り乱したクラリスの目に映ったもの…、それは……
“ヴェッタで大人気、噂の全裸男特集号、好評発売中!”
“高品質、高機能、等身大全裸男人形、セール中”
“ヴェッタの英雄『全裸男の痛快なる活動録』、好評上演中”
あの悍ましい形をした全裸男が、何故かフォークの街で親しまれているという、我が目を疑う光景だった。
(何であの全裸の人が……、一体何が起こったっていうの……。まさか…、ここは本当はフォークでもジオスでもないんじゃ……。それとも悪い夢を見てるとか……)
極めて受け入れ難い眼前の有様に、いっそ現実逃避に走ろうとするクラリス。
すると…
(あれ……?)
ふとクラリスの目に止まったのは、街歩きをしている二人の少女だった。
一人は艶やかな長い髪を靡かせた、遠目から見てもはっきりとわかる美少女…、もう一人は小柄でミディアムボブの、愛らしい雰囲気の少女。
前者は念願の末に手に入れたのであろう全裸男人形を愛おしそうに抱き締め、後者はそんな相方をゲテモノを見るような冷ややかな目で見つめる。
友達と思われるこの二人…、長髪の少女の美貌が目立つものの、特にこれと言って特徴のない街娘のようではある。
ところが、その時…!
「ソラちゃんっ…!、スノウちゃんっ…!」
少女たちを見て衝動的に叫んだクラリス。
「えっ………クっ、クーちゃんっ……!?」
咄嗟にその懐かしい友の声に反応した二人。
クラリスはバッと馬車から飛び降りて、彼女らの元に駆け寄る。
そしてスノウも、さらにはソラはせっかくの全裸男人形を放り出してまでして、クラリスを迎える。
すでに涙で顔がクシャクシャな三人は、人目憚ることなく、道のど真ん中で熱い抱擁を交わした。
「うっ…ううううっ……、……スノウちゃんっ…ソラちゃんっ……」
「クーちゃんっ…本当にクーちゃんなの……? よかったぁっ……、無事だったんだねっ……うううううっ……」
「このバカちんがぁっ……今までどこでサボってたんだぁっ………、モフらせろっ……今まで溜まってた分、まとめてモフらせろぉっ……!………うわああああんっ……」
「うんっ…、いくらでも…いくらでもモフらせてあげる……、ごめんね…心配かけて……ううううっ……」
過酷な運命に弄ばれながらも、決して揺らぐことのない固い友情で結ばれて三人を、一行皆は優しく見守った。
さて、ようやく涙も止んで落ち着いた三人。
「ところでソラちゃん……、これって……」
当然ながらクラリスは、ソラのキャラは嫌というほど知っている。
十分あり得るとは思いつつも、恐る恐る彼女が大事そうに持っている全裸男人形について尋ねた。
「ああ、これ?、いいでしょっ?、今街で大人気の全裸男人形! なんでもこないだのヴェッタから使節団の人たちが広めたみたいで、あっという間にフォークでも大ブームになったの! ああ、でもクーちゃんいなかったしわかんないかぁ、ごめんねー」
クラリスが何も知らないと思い込み、微妙にマウントを取るような物言いをするソラ。
言うまでもなくクラリスは、現地で本物の全裸男を見ているし、それの正体まで知っている。
得意げな様子のソラを憐憫の目で見つめるクラリス。
「そ、そうなんだ……すごいねー……。それで…この人形は…まさか買ったの……?」
「そう!、実は私、今お父ちゃんのところでバイトしてるんだけど、やっと貯まったお金で買ったんだぁ! うちのお父ちゃんケチであんましくれないから時間かかっちゃったけど、セールやっててよかったぁ!」
「そうなんだ……よかったね…おめでとう……」
『もう少し考えてお金使ったほうがいいよ』と言ってやりたいクラリスだったが、何か面倒なことになりそうなので本音を噤んだ。
一方、屈託なく笑みを浮かべながら、再び目に涙を溜めるスノウ。
(はぁ…、クーちゃんもこの先苦労するなぁ…。でもこの感じ…すっごく懐かしい……。やっと…、昔のあたしたち三人に戻れたね……)
もう二度と戻らない、平凡ながら幸せな日常…、そう思っていたのは決してクラリスだけではなかった。




