第22章 15.フォークまでの珍道中
さて翌日…、空に光が差し始めたと同時に、一行は野営地を発ってフォークへの帰路に着いた。
馬は荷物の運搬で使用するため、皆は丸半日歩いて自軍領の近郊の村まで移動。
そこで馬車を調達して、一路フォークを目指す。
そんなわけで、陽が沈んだ頃にようやく中継地の村へと到着した一行。
「はぁ…、疲れたぁ……。クソ暑い中ずっと歩きっぱなしだったもんなぁ……」
「ほんと、疲れたね〜…。モールタリア横断してた時もずっと歩いてたけど、あの時は秋空で涼しかったしね……」
「はははは…、お疲れ、二人とも。馬車は手配出来たし、明日からは歩かずに済むぞ? 村の人たちがご厚意で風呂を沸かしてくれたんだ。さっさと汗と疲れを落として来い」
ヘトヘトな様子のクラリスとリグを労うアリア。
ところがそんな時…
「クラリスちゃーんっ、お姉ちゃん疲れたよぉ〜」
「ちょっ……」
同じく汗でベトベトな体で、アイシスがクラリスに抱き付いた。
「うへ…うへへへ……、クラリスちゃんって汗もいい匂いしてんのねぇ……、クラリスちゃんから出た美味しいエキス、いっぱい堪能しちゃおうっと!」
「ちょっとっ…、お姉ちゃんっ……気持ち悪いよぉっ、離してよっ…。てかクンクン匂い嗅がないでよぉ〜!」
「よいではないか〜、よいではないか〜、1日2時間はクラリスちゃんを好きにしていいって約束でしょお?」
「そりゃあ、お触りはいいって言ったけどぉ……、好きにしていいなんて一言も言ってないでしょっ…。てか、せめてお風呂の後にしてよぉ〜……」
クラリスとアイシスの背徳的?な絡みを、情欲をギンギンにさせて見入るリグだったが……
「こらっ」
そんなリグの頭をペシっと軽く叩いたアリア。
「子供がこんなもんジロジロ見るんじゃない。さっさと風呂入って来い」
「…………………」
赤らめた顔を少しムッとさせたリグは、気まずそうにすたこらと去って行った。
「あのう…、アイシスさんも長旅お疲れでしょう…?、お風呂入ってくださいね…?」
「はーい!、じゃあクラリスちゃん…、この続きはお風呂でたっぷり……ぐへへへ……」
(先生……助けてぇ……)
蜘蛛に捕食される蝶の如くのクラリスは、目で訴えてアリアに助けを求める。
とはいえ、アイシスには大きな恩義があるアリア…。
やむなく彼女は、クラリスからの切実なサインを気付かぬ振りをして見過ごした。
(えええ……そんなぁ……)
無情にも、クラリスは巣に引き摺り込まれるようにして、アイシスに連れられて行く。
(すまないな、クラリス…。それにしても、あのアイシスさんっていう人…、人格的には少々難がありそうだな…。アタシが最初抱いた不審者感は間違いじゃなかったか…。仲間としては頼もしいが、何だかとんでもなくヤバい人が来ちゃったなぁ……)
これから先、否応にも付いて回るであろう苦労を察して、アリアは重いため息を吐いた。
翌日、改めて旅支度を整えて、ついに一路フォークへと出立した一行。
そして馬車の中では…
「んっ〜!、クラリスちゃん可愛いっ〜!、舐め回しちゃいたいぐらい、ぺろぺろぺろ〜」
「………………」
お気に入りの人形を是が非でも離さない駄々っ子みたいに、クラリスを独り占めするアイシス。
一方のクラリス…。
昨日あの後、さらなる災難を経た彼女は、最早心を殺し人形のように表情を失っていた。
「あ、あのぉ…アイシスさん…、クラリスも疲れているようですから…、そっとしておいてあげてもらえませんか…?」
「ほんとぉっ?、クラリスちゃんお疲れなの? じゃあ、お姉ちゃんが癒してあげないとね!」
せめてもの心咎めでアイシスに声を掛けたアリアだったが、当の本人は都合良く曲解して全く意に介さない。
「はぁ……」
弄ばれるがままのクラリスを不憫に見つめながら、アリアは昨日に続き、それはもう重い重いため息を吐いた。
ところで彼女らが乗っているこの馬車…、急遽手配して繕ったものであるため、客車の側面は幌で覆われていない。
そのため、アイシスとクラリスのあられもない一部始終は周囲から丸見えなのだが……
「おい、見ろ、聖女のあの姉妹が仲睦まじく戯れてるぞ」
「なんて麗しく心が和む光景だ…。しっかりとこの目に焼き付けておこう…」
「ああ…、尊いなぁ……、心が浄化されていくようだ……」
さすがにアイシスの下卑た発言までは、他の馬車には聞こえない。
これが漫画なら周りに薔薇が盛っているであろう二人の姿に、兵士たちはすっかりと陶酔していた。
そんなわけで、変質者気質という根は変わらないアイシスだが、彼女は皆からさらなる崇敬を集めるに至るのだった。
さて、クラリスの受難にもかかわらず、一方のリグは……
「へえっ〜、すっげえっ〜!、たった百人で、何千もの敵をやっつけたなんて!」
「そうだぜぇ、あの時は本当に生きるか死ぬかの大勝負だったからなぁ。まあなんてたって、この俺様があの戦いのMVPみたいなもんさ!」
「こらこらトレック…、リグに変なこと吹き込むなよ…。また姐さんにどつかれるぞ? でもさ、そんなわけでみんな死に物狂いで戦ったんだ。特にレイチェル様が戦場に現れた時の、あの時の盛り上がりは本当にすごかったよなあ。しかも自ら、敵をバッタバタと倒してたからなぁ…」
「へえ〜、レイチェル様って王女様なのにそんなに強いんだぁ。ねえねえ、もっとフォークでの戦いのこと聞かせてよっ」
馬車の御者をしているトレックとライズド。
リグも御者席にやって来て、三人であのフォーク奪還戦の回顧話で盛り上がっている。
実は一人っ子のトレックとライズド。
そのためか、少々歳は離れているものの、リグを弟同然に可愛がっていた。
そして彼の方も、二人に慕い懐いていた。
実の兄トテムとは折り合いが悪く、兄弟には恵まれなかったリグ。
親密な姉妹であるフェルカとクラリスを羨むことも多々あった。
もちろん、彼女らとも姉弟として仲睦まじく過ごしてはいる。
だがそうは言っても、兄弟…あるいは姉妹とで、同性でしか分かり合えないこともあるだろう。
(トレック兄ちゃん、カッコよくて面白いなぁ…。ライズド兄ちゃんも優しいし…。そうだ…、俺、こんな兄ちゃんたちが欲しかったんだ…)
血が繋がった家族を全て失ったリグではあるが、新たに繋がっていく “家族” の輪に、彼はこの上ない充実を感じるのだった。




