表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
488/623

第22章 10.“お姉ちゃん” と呼ばれたくて…

「おーいっ!、手を貸してくれぇっ…!、また死人が出ちまったっ…!」


 一人の兵士が(とばり)をバッと(めく)って、小屋に飛び込んで来た。


「ああ…、これはアリアさん……失礼しました……」


「いや、気にしなくたっていい…。それよりも…、これで何人目だ…?」


「はい…12人目です……」


「そうか…ご苦労だったな……。トレック…悪いが行ってくれ…」


「はい…」


 さっきまでの陽気な表情に、途端に陰りが差したトレック…。

 アリアの指示を受けて、彼は兵士とともに外へと出て行った。





「一体…どういうことなんですか……?、『これで12人目』って……」


「ああ…、実はこの野営地には、今現在およそ100人もの重傷者がいるんだ……。鉱山都市ガーミンを奪還するために、このエルパラトスに我々の軍事拠点を築こうとしたんだが、敵軍の徹底抗戦に遭って戦況が泥沼化してしまってな……」


「そうだったんですね……。確かに…この野営地に入った時から、暗い雰囲気が漂っていたのはわかってました…。トレックさんは何のために呼ばれたんですか…?」


「遺体を術で凍結させて腐敗を防ぐためだ…。今は夏場だし、墓を作るにもなかなか人手が足りず、すぐには弔ってやれないからな……。とはいえ、ここでこうして人間らしく死ねるのは、まだまだ幸せな方なのかもしれない……。もっとそれよりも遥かに多くの者たちが戦場で朽ちて、そのまま鳥獣にその亡骸を食い荒らされちまうんだからな……」


 唐突にクラリスたち三人に突き付けられた、戦場のあまりにも残酷な現実…。

 重苦しさに心が押し潰されるほどに打ちのめされた三人は、言葉も出ずにただ顔を陰鬱に強張らす。

 特にそんな世界とこれまで全く無縁であったアイシスは、地獄に落とされたように顔を真っ青にさせていた。


「………これから……どうするんですか……」


 何とか声を振り絞って、アリアに尋ねたクラリス。


「実はな…、本当のことを言うと、少し前にフォークから魔光通信が送られて来て、レイチェル様から撤退命令が出されたんだ…。だが、これだけの重傷者を抱えて、動くに動けない状態でな……。ここにいる治癒術習得者は僅か十人余り……、とてもではないが治療は追い付かない……。しかも先のマルコンさんからの情報で、近々この野営地への総攻撃が計画されているらしい……。完全に八方塞がりってわけだ……」


 苦しむ…そして無情にも死んでいく兵士たちを救えず、自身の不甲斐なさに苛まれるアリア。


「先生……」


 尊敬する師のそんな姿を見たくなかったクラリスとリグは、居た堪れなく表情を沈める。

 ところが、そんな時…


(あっ……!)


 全く同時に何かを思い立った二人…、衝動的にバッと視線を向けたのは……


「えっ……、な、何っ……?」


 二人のすぐ後ろにいたアイシスだった。


「アイシスさんっ、お願いっ…!、みんなを助けてくださいっ…!」


「頼むよっ、姉ちゃんっ…!、姉ちゃんならできるっ…!」


「えっ……えええっ……!?」


 ぐいぐいとアイシスに懇願するクラリスとリグ。

 一方のアイシスは、突然のことに酷く狼狽える。


「な、なあ…お前ら……、『この人なら出来る』ってどういうことだ……?」


「この女性は…一体何者なんだ……?、確かに強い魔素は感じられるが……」


 二人の豹変ぶりに、当然ながらアリアたち三人は困惑を隠せない。


「細かい話は後ですっ…。とにかく大丈夫ですからっ…!」


「そうだよっ、見た目はこんなんだけど、腕は確かだからさぁっ」


 横でどんどん勝手に話が進んでいく中で、完全に置いてきぼりな当事者のアイシス。


「ちょ、ちょっとぉっ…、リグくん、『見た目はこんなん』ってひどくないっ…? それに…あなたたちの気持ちはわかるし、私だってそりゃあ救える命は救いたいけど……、いくら何でも100人もの人を助けるなんて……私には無理よ……。ただでさえ里と違って、マナの濃度も薄くて本来の力も出せないっていうのに……」


 アイシスは大層心苦しそうに、クラリスとリグの願いを拒絶した。


(多少は覚悟はしていたけど……、下の世界がこんなにも過酷だったなんて……。この子たちはずっとこんな世界を生き抜いて来たっていうの……。おじいちゃんたちには偉そうなこと言っちゃったけど…、やっぱり私には無理よ……、来るんじゃなかった……)


 確かに『マナの濃度』も理由の一つではあるが…、本当の問題は、すっかりと絶望に(おのの)いてしまったアイシス自身の心にあった。

 そんな中でクラリス…


(アイシスさんすごく怯えてる……、そりゃあ無理もないよね…、私だってすごく怖いし辛いもん……。でも…今この場でみんなを助けられるのはアイシスさんしかいないっ……。そうだっ…この人だけに大変な思いはさせられないっ……、私も頑張らなきゃっ…!)


 何やら腹を括ったクラリス…、彼女は一か八か賭けに出た。


「お願いっ、お姉ちゃん!」


「へっ…?」


 クラリスから飛び出た『お姉ちゃん』という言葉に、アイシスは目をパッチリとさせて締まりのない声を漏らす。

 その変化を決して見過ごさなかったクラリスは、()()()()()()()()一気に畳み掛けた。


「もしみんなを助けてくれるんなら、これからはずっと『お姉ちゃん』って呼んであげるからっ…! それに好きなだけ……あ、いや…1日30分だけ、好きなだけお触りさせてあげるからぁっ…!」


「……1日30分だけぇ…?」


「えっ……じゃ、じゃあ…1時間で……」


「もう一声!」


「えええ……じゃあ……2時間……」


「クラリスちゃん……、今の言ったこと…本当ぉ…?」


「う、うん……」


 ニタァと表情を(とろ)けさせるアイシス。

 そして…


「よーしっ、まっかされよ〜!」


 これまでの塞ぎ込んだ顔が全くの別人かの如く、アイシスはドーンッと胸を張って声高らかに願いを聞き入れた。


「はぁ……」


 これから先のことを思うと憂鬱なクラリスは、それはもう重い重いため息を吐く。


「クラリス…よくやったな…。しんどかったら、たまには俺が変わってやるからな…」


 極力関わりたくはないが、それでもクラリスへの後ろめたさで、最低限の慰めを掛けるリグ。

 そんな中で、何が何やら…、流れに全く付いて行けずに呆然としたままのアリアたち。

 何はともあれ、クラリスの捨て身の妙策によって、打つ手無しだった窮状に希望の光が差し込もうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ