第22章 2.ファーストコンタクトの結末
ただパッと見ただけでは、兵士たちが敵なのか味方なのかは判別出来ない。
「なんだっ…、何者かと思えば子供じゃないかっ……。おいっ、お前たちは何者だっ!」
男の一人が威圧的な口振りで問い質す。
「ちょ、ちょっと待ってよっ……、俺たち怪しいもんじゃないよっ…。ただフォークの街に行きたいだけなんだっ…」
相手の素性がわからないにもかかわらず、軽率に返事を返すリグ。
ところが…
「『フォーク』だと…?、何を言ってるんだ…このガキどもは……」
リグの言葉を聞いて、男たちは一層表情を厳しくさせた。
「えっ、何でだよっ…、ここはフォークの街の近くなんだろっ…? 温泉の臭いもずっとしてるじゃんかっ…!」
「何を訳がわからんことを言っているんだ…?、ここはガーミンの近郊、エルパラトスだぞ…?」
「えええっ…!?、そ、そんなっ……」
そう…、三人が転移したのは、実はフォーク近郊などではなかった。
ここはジオス中東部の鉱山都市ガーミンから、さらに東に50キロ離れた地区エルパラトス。
ガーミンからの山脈続きで、ここには硫黄鉱山が存在する。
クラリスとリグが温泉だと信じて疑わなかった異臭は、鉱山から発せられる硫黄の臭いだったのだ。
そして、三人にとってさらに最悪だったのは…、ちょうど今、ここエルパラトスはレイチェル軍とゲネレイド軍との交戦場となっていたことだ。
三人が転移したのは、なんと運悪く敵軍の支配エリアだった。
やはり覚えたばかりで、まだまだ覚束ないクラリスとリグの術では、世界を股に掛けた大転移は無謀だったようだ。
それでもまだ、曲がりなりにもジオスに辿り着けたのは、アイシスの強大な魔素が二人の魔素を補ったからに他ならない。
もしも本当に二人だけだったのなら…、今頃どんな絶海孤島か断崖絶壁に飛ばされていたかもわからないだろう。
「明らかに怪しいぞ、こいつら…。まさか、賊軍が送り込んだ斥候じゃないだろうな…」
「こんなガキどもがか…?」
「いや…、案外その線はありえるかもしれんぞ…。あの冷酷無比なレイチェルのことだ……子供すらも戦場に送り込むような非道な真似もやりかねんだろう…」
厳しい眼光をそのままに、不穏に会話を交わす男たち…。
(ど、どうしよう……)
緊張に慄くクラリスとリグ…、そんな一方でアイシスは……
(何かしら…?、この人たちが着ている、頑丈そうな光沢あるものは……。まるで竜の鱗みたいね…。あんなものを人が身に付けるなんて…、やっぱり世界は広いわねぇ〜)
“兵士” を始めて見るアイシス…、彼女は能天気にも、興味津々にその姿に見入る。
ちなみに、里のあるあの島では鉱石は産出されず、そもそも “金属” という概念すらない。
主に人々は、強度が高く耐久性に優れた竜の鱗や骨を加工して、金属製品に相当するものを作り出している。
「とりあえず捕らえるぞっ…!、抵抗するようなら殺しても構わんだろうっ」
ジャキッ…
ついに男たちは、三人に向かって剣を抜いた。
「クソッ…、何てこったっ…。クラリスっ、もうこうなったらしょうがないっ!、やるしかないぞっ…?」
「うんっ…」
腹を括ったクラリスとリグは、眼前の兵士に果敢に立ち向かおうとする。
ところが…
「二人ともっ、ちょっと退いてっ!」
「えっ…!?」
クラリスとリグに守られるように後ろにいたアイシスが、突然声を張り上げた。
訳がわからないが、条件反射でバッと場所を開ける二人。
シュッ…!
アイシスは手刀で一度だけ大きく空を切る。
すると…
ビュインッ…ビュインッ…ビュインッ…ビュインッ………
「ぐあああああっ…!」
「うがああああっ…!」
「ぎゃあああああっ…!」
次の瞬間、それは無数の風圧波となって男たちを急襲…、彼らを完膚なきまでに叩きのめす。
疾風迅雷の如くの一瞬の出来事に、唖然として言葉も出ないクラリスとリグ。
「二人とも、何ぼうっとしてるのっ?、逃げるんでしょっ?」
「は、はいっ…」
「お、おうっ…」
………………………
こうして、とにかく現場から遠ざかろうと、三人は当てもなく森の中を走る。
「ふふふーん、二人ともぉ、このとぉっても頼りになるお姉ちゃんに言う事はなぁい?」
小憎たらしいドヤ顔とウザったい口振りで、クラリスとリグに絡むアイシス。
「あ、ありがとうございました……、アイシ…おねえ…ちゃん……」
「ありがとう……姉ちゃん……」
癪ではあるが、アイシスのおかげで危機を脱したのは事実なので、二人は憮然顔で礼を言う。
「うふふふふ…、この見返りは…わかってるわね、二人ともぉ…?」
「はぁ……」
またまた邪に微笑むアイシスの前に、クラリスとリグは憂鬱なため息を切れ気味の息の中に混じらせる。
とはいえ、そんな他愛もないやり取りが、二人の張り詰めた心を気付かぬうちに解していたのも確かだった。
呆れ顔で互いに表情を和らげるクラリスとリグだったが…、その時!
「うわっ…!?」
「きゃあっ…!」
突然、足元がストンと落ち、魂が抜ける感覚に襲われる三人。
そして…
バサァッ!
「うわあああっ…!?、な、何だっ…!?」
四方八方から津波の如く迫り来る大網…、クラリスたちは躱す術もなくそれに飲み込まれた。
そのまま、網は茶巾絞り状に閉じられると同時にワイヤーで引き上げられる。
三人は漁港で水揚げされた魚のように、不恰好に宙に吊るされてしまった!




