第4章 7.青のローブと誇りと名誉
会議から戻ったばかりのアリアの後に付いて、私はお義父様のいる執務室に向かっている。
今の彼女の姿は、厚皮製の胴当て、肘当て、膝当てと頑丈そうなブーツを着用、腰のベルトにはベルト本体が見えないぐらいに、隙間なく短剣やら地図やら薬袋やら…様々な物が取り付けられている。
そして、最も私の目を惹いたのは、彼女が羽織っていたジオス魔導部隊のローブだった。
光沢感のある鮮やかな青地に、縁には純白のフリンジ、前方右側に一際目立つ十字と三日月の月理教のエンブレムの金刺繍、左側側面には “神のご加護を我が忠勇に” という筆記体の銀刺繍が入っている。
ちなみに、ローブに刺繍されている月理教のエンブレムの十字は、魔導部隊の特別仕様で、2本の剣が交差した剣十字だ。
ジオスの顔とも言える世界最強の魔導部隊への憧れ、そしてそのデザインセンスの良さもあって、このローブは城下のみならず世界中で人気があり、裏ルートから流出したローブが、馬車一台買えるぐらいの高値で取引されたこともあったという。
城下では粗悪品のレプリカを売っている店も多く、そういえばリグの部屋にもそれがあった。
船内の廊下を威風堂々たる佇まいで、戦士の身なりで憧れのローブをはためかせて歩く彼女の後ろ姿はとても凛々しく、身震いがするほどカッコ良かった。
歩くこと数分…、執務室に到着する。
そういえば、ここに来るのはまだこれで二度目…、前回は縛り上げられて不審者として連れて来られたことが、もはや懐かしい…。
「失礼致します!」
アリアは私を連れて、あの時のように、とてもハキハキとした芯の通った声を上げて入室した。
お義父様は私の姿を一瞥すると、背を向けたまま淡々を私に言った。
「本当に覚悟は出来ておるのだな?」
「はいっ!」
「ならばこれを着用して行け」
返事をした私に、そう言ってお義父様が手渡して来たものとは……
なんと、ジオス魔導部隊の青のローブだった!
「い、いいんですか…!? これを私が身に着けても…」
「良いも何も、ジオスの魔導士として戦地に降り立つのだ…、皆と統一されたシンボルを身に纏うことは当然だ。私の権限で暫定辞令として、お前をピレーロ部隊長率いる第4部隊に配属させる。戦場での上官の命は絶対だ。部隊長の指示は必ず厳守しろ、わかったな」
「はいっ」
ハキハキと答える私を見て、お義父様は腑に落ちたように力なく笑みを浮かべて、話を続けた。
「私としては非常に不本意な形ではあるが…、この齢で戦場を経験出来るなど普通はあり得ん。お前だけに与えられた貴重な機会だ。経験した事の全てを、今後の糧として活かせるように学んで来なさい。……それと最後に一つだけ言っておく…、必ず無事に生きて戻って来い。お前にはジオスに帰ってから、私の言い付けを破った罰を受けて貰わねばならんからな…」
「はい…!」
私は少し涙ぐみながらも、ここで泣いてしまっては士気に水を差してしまうと思い、必死に涙を堪えて笑顔で返事をした。
部屋を出て、アリアにローブを着させてもらう。
当然ながら子供用のローブなどないので、大人なら肩を覆う程度のローブは、私には肘までスッポリ入ってしまう。
それでも、魔導士を志す者なら誰しもが憧れるこのローブ…、とても誇らしく、そして身が引き締まる想いで胸がいっぱいだ。
「まあ、ちょっと締まらない感じだが、似合ってるよ。よしじゃあ、行くぞ!」
「はいっ、ピレーロ部隊長!」
「わかってんじゃねえか」
アリアは私の頭をゴシゴシを擦るように撫でながら、男前のカッコいい笑顔を浮かべた。
ついに船は、ガノンの首都エクノカの港に着港した。
クラリスはローブとは別に支給された、食料や医薬品、日用品、シーツなどが入った大きな背嚢袋を背負って、約1年半ぶりとなるガノンの地に降り立った。
エクノカ港はクラリスが奴隷として過ごした市街地からは、やや離れた位置にある。
それでも、衛生観念が欠落した人々の生活が生み出すこの街特有の臭いは、彼女にとって嫌でも忘れ難いものであり、そこに港の潮の香りと、遠方から漂う煙が燻る臭いが合わさって、彼女は神妙な面持ちを浮かべていた。
さて、先の会議の結果、30人の魔導部隊は1グループ5人の6隊に分かれて、各隊が担当する地区で掃討作戦を遂行することとなった。
人数自体はたかだか30人ではあるが、世界最強と名高いジオスの魔導士は、それ単体が強大な人間兵器である。
5人もいれば、それは場合によっては、歩兵100人相当の戦力にも匹敵する。
ところで、クラリスは部隊長であるアリアの率いる隊に入れられた。
全体の数自体はクラリスを追加で31人なのだが、アリアの隊は彼女を入れても5人だ。
これは、クラリスのお守のために、返って人数が少ない方が負担が掛からないだろうという配慮によるものだった。
結局のところ、当然ではあるが、クラリスは一戦力としては見なされていない。
小さな体一つで乗り込んで来た…、健気な少女の覚悟と度胸に打たれて、彼女の想いを叶えてやりたいと思った、アリアとその仲間が仕組んだことだった。
そして、その仲間とはアリアの隊の残り三人で、年齢は20台半ばから後半ぐらい、クラリスと同じく彼女のことを「姐さん」と慕う、アリアにとっては弟のような好青年たちだった。
仲間となる三人と面会して、アリアはクラリスに「自己紹介しな」と促す。
「はじめまして…!、クラリス・ディーノ・センチュリオンと申します…よろしくお願いします…!」
「あははは…、『はじめまして』なんて言われなくても、俺たちみんな知ってるよ。クラリスちゃんだね、船の中じゃ毎日頑張ってたもんね」
「そうそう。俺たちの中じゃ有名人だったんだぜ。男ばっかのむさ苦しい荒野に咲く一輪の花みたいな感じでさあ。最初、縛られて連行されてる姿を見たときは何事かと思ったけどね…」
「まあ、事情はよくわからないけど…、とりあえず俺たちに任せとけって!」
クラリスの自己紹介に対し、三人は思い思いに彼女に言葉を掛けるが、その言葉に彼女は些かの違和感を感じた。
もちろん三人とも悪い人間ではないのだろうが、少なくともこの三人からは、自分は真の仲間と見なされていないのでないかと彼女は思った。
とはいえ、クラリス本人も自分の立場は十分にわかっているつもりだ。
ローブを授与されたからといって有頂天になるほど、彼女は軽忽ではない。
「こらっ、お前ら。時間がないんだ、無駄な会話はするな。ああ、クラリス、右からスコット、トレック、ライズドだ。まあバカばっかしだが、よろしく頼む」
「ちょ、ちょっと…姐さん…、俺らにもこの子に自己紹介させてくださいよー」
「ああっ、時間無駄にしてまで自己紹介する価値があんのか、お前らに?」
「ひ、ひどい…」
クラリスは、彼らの茶番劇を微笑みながらも複雑な心境で眺めていた。




