第21章 6.アスターの戦い
そんな中で、先ほどまで熱り立っていたアスターは、すっかりと熱が覚めた様子だ。
小難しい顔で思索に耽ると、彼は意を決して顎髭の男に告げた。
「あなた方は我々の命の恩人だというのに、先ほどは感情的になって声を荒げてしまい誠に申し訳なかった…。そして、あなた方にもやむ終えぬ事情があることも十分に理解した…。だが、そのあなたたちの船が家同然であったように、我々にとってもこのアスタリア号は家であり魂なのだ。それをみすみす引き渡すわけにはいかない。とはいえ、我々の恩人であるあなた方の願いにも、確と応えたいとは考えている……」
「何が言いたいんだ…?」
苛立ち気味に言葉を挟む顎髭の男。
だがアスターは、それを受け流すようにして話を続けた。
「あなたが船長か? 我々もあなた方も、双方が納得出来て互いに未来を切り拓ける…、そんな道を探るべく話がしたい…」
なんとアスターは男たちに対話を申し出た。
髭面の男は一瞬可笑しそうに鼻息を吐く。
アスターの提案を鼻で笑う仕草なのか、それとも思いの外関心を持った兆候なのか…、それは側から見ただけではわからない。
男はいつもの仏頂面を取り戻すと、淡々と答えた。
「まあ俺が船長みたいなものだが…、俺らの長はまた別にいる。今じゃあ、牙が抜けたただの耄碌ジジイになっちまったが、かつては “ジオスの海の王” と恐れられた男だ…。あの船に乗っている。話がしたいのならその爺さんとやってくれ。俺らにはそこまでの権限はないもんでな…」
「了解した。では、その方の元へ案内していただけるだろうか?」
「アスター様、私もお供しましょう」
男たちの船で待つという “海の王” に接見すべく、すぐさま向かおうとするアスターと、同行を申し出るアンピーオ。
ところが…
「案内はしてやるが、来るのはあんた一人だけだ…。俺らの長は “覚悟” や “熱意” というものにやたらとうるさい人間だからな…、あんたも船長として話を通したいと思うのなら誠意を見せてくれ」
顎髭の男は “海の王” との対話に当たって、一人の同行も認めなかった。
「言いたいことはわからないでもないが、いくら何でもそれは認められない…。君たちが海賊である以上、我々の代表を一人で行かすわけにはいかんだろう…」
頑なに男の要求を拒絶するアンピーオだったが……
「わかった…、その通りにしよう」
アスターは苦い顔一つ見せることなく、神妙に要求を受け入れた。
「ア、アスター様っ、いくら何でもそれは危険ですっ…。何が待ち構えているかわからないというのに……」
「そうですよっ、アスター様っ……。先生に付いて行ってもらった方が……」
「もしも、アスター様が人質に取られてしまったら…、俺らどうすりゃあいいんですかっ…?」
「うおおおおっ!、人質にするなら、全裸男の如く鋼の肉体を磨き上げたこの俺をっ!」
アスターの意思に、アンピーオと船員たちは咄嗟に異を唱えるが……
「私は船長でありチームアスタリアの長だ…。にも関わらず、先の大嵐の際には何も出来ずに、皆を見殺しにしようとまでしていた…。だから…今度こそは私は、自分自身の手で我々の未来を守りたいのだっ…。すまない…、ここは…私の顔を立てて欲しいっ……。大丈夫だ…、君たちを困らせるようなことには絶対にさせないっ…」
ここぞとばかりに、アスターは我を押し通した。
「はぁ…、そこまで面子を持ち出されると、私といえども何も言えませんね…。わかりました…、その男気に懸けて、あなた様を信じましょう……、なあ、皆?」
アスターを信じて、船員たち皆に呼び掛けたアンピーオ。
何故か脱ぎ始めている一人を含めて、彼らは苦渋の表情で頷くしかなかった。
「ふん、やっと話がまとまったようだな…。さっさと付いて来い」
「ケッ、くだらねえ茶番見せやがって…。で、『全裸男』って何なんだよ?」
気怠げに言葉を吐く、顎髭の男とスキンヘッドの男。
船員たちの心許ない見送りを受けながら、アスターは男たちに付いて彼らの船へと渡った。
さて、その船…、元はジオス軍の沿岸警備用の軍船とあって、船内は質素で生活感はあまり感じられない。
ただ、あれだけの荒波を掻い潜って来ただけに、アスタリア号同様、足の踏み場がないほどに物が散乱していた。
風体が怪しい男たちの嫌疑の視線を浴びながら、アスターは “チームアスタリア” の代表として威風堂々と構える。
こうして、顎髭の男たちに連れられてアスターがやって来たのは、船内奥のとある部屋。
ガチャ…
「親父、客人を連れて来たぜ」
顎髭の男はノックすることなく扉を開け、中にいる人物にアスターを引き合わせようとする。
「失礼致します…」
初対面で悪い印象を持たせないためにも、毅然と姿勢を正して入室するアスター。
何故かその部屋の中だけは整然と片付いていた。
そして、そこに待っていたのは一人の老人だった。




