第20章 最終話.残された者たち
それから…
「ところでおじいちゃん…、昨日言ってたこと…、私を次の族長にするって話……本当なの…? とてもじゃないけど、私にそんな器なんて……」
昨晩の送別会での件について、恐る恐るルロドに尋ねるアイシス。
彼女の不安な面持ちとは対照的に、ルロドは至って大らかに答えた。
「仕方あるまい?、おぬしらの父親は仕事ばかりに感けておって、ちっともこの村のことを考えぬのだからのう…。とはいえわしも、消去法でそんな重要な案件を決めるほど浅略ではない。おぬしなら出来ると思って決めたのじゃ」
「『私なら出来る』って……?」
「何といっても、おぬしは長きに渡ってわしの横で族長の仕事を見て、頭と体でそれを覚えて来た。故に、かような道楽息子なんぞよりも、よほどおぬしの方が族長に適っておる」
里の人々の平穏な生活の保障、島を守る結界の維持、竜の頭数管理…、はたまた各種規則の制定施行に至るまで……、族長は何かと多忙である。
いつものほほんとしているルロドではあるが、ああ見えて彼は彼でしっかりと仕事を熟しているのだ。
「じゃが、本当の理由はそれだけではないのじゃ…。おぬしはわしらと違って、民族の血統なんぞで人を判断しようとはせなんだ…。しっかりと人の心を見て、誰にでも分け隔てなく優しい…、そして傲りや固定観念など持たずに、未知なるものを進んで学ぼうとする強い意思がある。変わって行かねばならない我々とこの里において…、世代を跨いだとしても、おぬしのような者が上に立つ方が里の未来のためになると考えたのじゃ…」
「おじいちゃん……」
祖父の衷心の想いを聞いて、アイシスの顔もしんみりと綻ぶ。
「それにじゃ…、わしは見ての通りかような老ぼれじゃが、気力はまだまだ老い知らずでのう…。この先10年20年は元気に生き続けるじゃろう。故におぬしに教えることはまだまだたくさんある。しっかりとジオスで後学の糧を得て、無事に戻って来るのじゃ。わかったのう?」
「ありがとう…おじいちゃん……」
そんなルロドとアイシスのやり取りを、感慨深く側から見ていたクラリスとリグ。
すると…
「クラリスにリグよ…、短い間じゃったが、おぬしらと過ごした日々…誠に退屈せず楽しかったぞい? 特にリグよ…、最初の頃はおぬしには酷い扱いをしてしもうて…本当にすまなかったのう……」
「ううんっ、気にしないでよ、じいちゃん。俺あんなことぐらいへっちゃらだからさ!」
ルロドの心からの謝罪を、リグは持ち前の屈託のない笑顔で受け流す。
「そうか…、おぬしは本当に元気で素直で逞しい子じゃのう…。二人とも…、前は『おぬしらはわしの孫じゃ』だとか『必ずこの里に戻って来るよう』とか申したが…、本当はわかっていたのじゃ…。おぬしらには別に帰るべき場所があるということを……。下らぬ強情を張って、おぬしらを戸惑わせていたのはわしの方だったのじゃ…。本当にすまんかった……」
ルロドは、今度は二人に対して力なく謝罪をした。
返事に困り、遣る瀬なく表情を沈めるクラリスとリグだったが……
「その上で、おぬしらに約束して欲しい…。先も言ったようにわしはこの先もまだまだ元気じゃ…、故に急がなくとも良い…落ち着いてからでも構わぬ…。またいつか、その愛しい顔をわしに見せに来て欲しいのじゃ…。僅かの間ではあったが…、わしらは家族だったのじゃからな……」
ルロドは皺と見間違うほどに目を細めて、慈悲深く二人を見つめる。
「はいっ…、絶対にっ…絶対に戻って来ますっ…!」
「まかせてくれよっ、じいちゃん!」
「そうかそうか…、ならば絶対に約束じゃぞ?、ほほほほ…」
ルロドの想いに応えるように、クラリスとリグは快活に返事を返した。
そして…、ついにクラリスとリグ、アイシスの三人は陣の中へと入る。
ところで…
「リグくん…ありがとね…? あなたのあの時の言葉のおかげで、私はこうやって一歩踏み出せたんだから…」
唐突にアイシスがリグに声を掛けた。
彼女が言う、“あの時” のリグの言葉とは……
『自分の夢を俺らに託すとか、そんな悲しいこと言うなよ…。姉ちゃんも好きなように、こんな島出てってやればいいじゃんか。もう…、昔とは違うんだろ?』
ルロドにジオス行きを直談判した際に、仲裁に入ってくれたアイシスに対して言った言葉だった。
その言葉がアイシスの心の奥深くまで響き、彼女の決断を強く後押ししたのだが……
「へっ…?………あ、ああっ…、アレね……。気にすんなよ…あはははは……」
当の本人は、全く何にも覚えていないようである。
「じゃあ…、そろそろ行こうか…?」
「おう、そうだな…。ところでさ…、どこのイメージを共有する? 王都の俺たちの家には戻れないだろ?」
「そうだね…。とりあえずフォークへ行かない? あそこだったらレイチェル様も魔導部隊のみんなもいるはずだし……」
こうして、転移目標をフォークの街に決めたクラリスとリグ。
ちなみにフォークへは、リグは数度、クラリスは一度だけ訪れたことがある。
「あっ、でもさ、アイシス姉ちゃんはどうするんだ? フォークのイメージなんてわかんないだろ?」
「大丈夫よ。二人が共有した心象を私の方に流して? そうすれば三人で共有ができるはずよ?」
……………………………
三人は、魔術陣の中で正三角形を作るように手を繋いだ。
そして目を閉じて、寸分違わずに精神を集中させる。
(山々に囲まれたのどかな街並みと大らかな街の人たち…、少しだけ肌が張り詰める冷たい空気…、街のあちこちで微かに漂う温泉の匂いと湯気…、街のあちこちで売っている、種類豊富な名物の温泉饅頭……)
クラリスとリグが作り上げたフォークの街の心象は、そのままアイシスへと伝えられる。
(うっ…、す、すごいっ……、沸騰するぐらいに魔素が沸き立つような……。これってやっぱり…アイシスさんと精神が繋がってるから……?)
(こ、これが姉ちゃんの魔素かっ……。いつもはあんな変態だけど…、やっぱり何やかんやですげえんだなぁ……)
繋がった精神を媒体にして、躍動的にクラリスとリグに流れ込む、アイシスの強大な魔素…。
二人はそれに圧倒されながらも、確と受け止めて自身のものと融合させる。
いつしか身体の束縛から解き放たれて、精神と一体と化した三人。
(行って来ますっ…!)
三人の声が一つになったその刹那…、魔術陣の中のクラリスとリグ、アイシスは、照然とその場から消え去った。
「………ついに行ってしもうたか……」
もう上には何もない魔術陣を見つめながら、ルロドは意気阻喪と言葉を吐く。
すると…
「うっ、うううっ……うえええええんっ……!」
ルロドの腰元にギュッと抱き付くノア。
さっきまでの泣き顔すら見せない気丈な姿は、幼い彼女なりの健気な気遣いだったのだろう…。
兄姉が皆いなくなってしまった今になって、堪えていた悲しみが涙となって溢れ出る。
「ノアや……おぬしも辛いのう……可哀想に……」
そんな最愛の孫娘に対して無力なデール族の長は、精一杯の慈しみで慰めを掛けてあげるしかなかった。
第20章はこれにておしまいです。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。さて勝手ながら、この話の続きは次々章となります。次回は前章からの分岐エピソードで、残されたアスターとアンピーオたち…アスタリア号のその後のお話です。
 




