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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第20章 45.アイシスの決断

 それからも、転移術を我が物とするために、クラリスとリグはひたすら修行に励む。

 自身が抱えていたトラウマを克服し、幼き頃の記憶に真摯に向き合えるようになったクラリス。

 二人が進む道を妨げるものはもう何もない。

 術の精度も日に日に高まって行き、二人の努力の集大成はほぼ完成に近付いていた。

 そしていよいよ、夜空には淡青に輝く蒼月が現れた。

 蒼月は通常3日間に渡って夜空に浮かび、そのうちで中日(なかび)の月が最も燦々(さんさん)としている。

 この島でも、特に大気中のマナが強くなる日と言われており、すなわちそれだけ術の成功率が高くなるということだ。

 そういうわけで、転移の決行日は中日に当たるその翌日に決まった。




 里で過ごす最後の憩いの夜…、ルロド邸ではクラリスとリグの送別会が行われていた。

 これまでなかなか会う機会がなかった、アイシスとノアの両親も来ている。

 父親の方は口髭を程よく蓄え、彫りがやや深い苦味走った顔立ち…、母親の方はアイシスに似たおっとり顔で、年相応の女性の魅力を醸し出している。

 さて、晩餐のテーブルの上には、これでもかと山盛りのご馳走が並んでいた。


「ほれ、二人とももっと食わぬか。明日はいよいよ本番じゃ。しっかりと体力を蓄えておかんと万全の状態で望めぬぞい?」


「は、はい……」


 未だにターニーの面影が忘れられないのか…、ここのところルロドは、やたらとクラリスとリグの食事量を増やしている。

 おかげで二人の体重は、ここ数日間だけで数キロ増えた。


「もうダメ〜…、すごく美味しいけどお腹いっぱい……」


「うっぷっ……、腹一杯だ……、もっと食いたいのは山々だけど……」


 内側からパンパンに張った太鼓腹を手で押さえながら、満悦顔で()を上げるクラリスとリグ。

 すると…


「はいっ、おねえちゃん」


 ノアが愛くるしい笑顔を振り撒いて、カットした果物の皿を持って来た。

 満腹でも果物なら食べられると考えた、彼女なりのいじらしい気遣いなのだろう。


「ありがとう…、ノアちゃん」


 微笑ましくノアの頭を撫でるクラリスだったが……


「……………………」


 リグと目が合った瞬間、ノアは表情をなくして押し黙ってしまった。


「あ、あのさぁ……ノア……」


 彼女の前で、リグは大層バツが悪そうに言葉を詰まらす。

 実はあれから…、ノアの態度の急変が気になって気になって、夜も眠れなかったリグ。

 基本、神経は図太い彼ではある。

 だがそれでも、『おにいちゃん』と自身を慕ってくれていた幼き少女の嫌忌は、さすがに堪えるものがあったようだ。

 とはいえ、何か事情を知ってそうな素振りを見せるクラリスとアイシスに尋ねるも、彼女らからは言葉を濁すような返答しか得られなかった。

 以前のリグであれば、そこで途方に暮れて、理由もわからぬまま有耶無耶(うやむや)に終わらせていたのかもしれない。

 しかし今や彼は、心に決めた女性を一途に愛す、一人の “男” なのだ。

 いつしか、他人の恋情にそこはかとなく気付けるぐらいには、感性は成熟していた。


(こいつ…ずっと俺のことが……。そうだよな…今思えば、何となくおかしいなとは思ってたんだ…。どうしてもっと早く気付いてやることができなかったんだろう……。もっとこいつの心をわかってあげてさえしてれば…、ノアをここまで傷付けることはなかったのに……)


 春咲く小花のように繊細な恋心を踏み(にじ)ってしまった罪悪感を、ひしひしと心に背負うリグ。

 ところが…


「ノア……」


 なおも顔色を変えることなく無言のままではあるが、ノアはリグにも果物の皿を差し出した。


「ありがとな、ノア…」


 ノアが自身を(ゆる)そうとしているサインだと察したリグは、感傷的な笑みを彼女に投げ掛ける。

 それは自分を妹ぐらいにしか思っていない、これまでの朗らかな笑みとは随分と様相が違った。

 無論、元々はそんなリグの持ち前の笑顔に惹かれたのだが…、恋に敗れてからは、むしろその笑顔が彼女の心を苛ませ続けていたのだ。

 リグの笑みの変化は、彼が自分を()()()()()として見てくれたこと…。

 それに僅かながらでも救われたノアは、ただコクリと小さく頷く。

 そして側から、二人の(わだかま)りが春の雪解けのように融解していく様を見て、クラリスは薄っすらと表情を綻ばせた。




 そんなこんなで、皆の様々な想いが交差する楽しい濃密な時間は、瞬く間に過ぎて行く。

 ところがそんな時…


「お爺ちゃん、お父さん、お母さんっ…、お話がっ…、いえ、お願いがありますっ…」


 突然、場の賑やかな空気をリセットするように、アイシスが全体に届くほどの強めの声で言葉を発した。

 実は彼女、何故かここまで口数少なく元気がない…というよりも、何か思い詰めた様子でずっと小難しい顔をしていた。

 最後の夜とあって、アイシスが乱行に及ばないかと、内心不安で堪らなかったクラリスとリグも、思わず拍子抜けしたほどだ。


「一体どうしたのじゃ…?、アイシス……」


 ルロドの前ではお茶目なところはあるものの、基本真面目で慎ましいアイシス。

 そんな孫娘の突発的な奇行に、ルロドは困惑を隠し切れずに問い返す。

 彼女の返答は、まだ物心が十分に付かないノアを除くその場の皆を、ビックリ仰天させるものだった。


「私も…、この二人と一緒にジオスへ行かせてくださいっ…!」


「え………ええええっ……!!?」


 想像可能圏内をロケットの如く突き抜けるアイシスの “お願い” …。

 一瞬では到底理解が追い付かず、皆の反応は数秒遅れた。


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