第20章 43.ミーちゃんの背中
さて、それからしばらくして……
「うんわぁっ!、しゅごいっ、しゅごいっ!、あたちそらとんでるっ…!」
昨日の約束通り、ターニーはノアを “愛竜” ミーちゃんに乗せて空中遊泳をしていた。
「しゅごーいっ!、おじいちゃんのおうちがあんなにちっちゃいっ!」
「こらこら…、ノアちゃん、あんまり乗り出すと危ないよ?」
竜の背の上で燥ぐノアを軽く注意しつつも、ターニーは妹を見るように微笑ましく彼女を見つめる。
すると…
(あっ…、あの子たち……)
ちょうど真下には、ノアと同年代の子供たちが数人集まっていた。
彼らは羨望の眼差しで、自分らの真上を悠々と飛行する竜を眺めている。
「ねえノアちゃん…、あの子たちも乗せてあげよう?」
そんな様子に気付いたターニー…、特に他意もなくノアに提案するが……
「……いや…」
ノアは途端に顔をムスッとさせて、それを拒んだ。
「えっ、どうして…?」
「だって……、みんなあたちのこときらいだもん……」
ルロドの愛孫として、大人たちは皆ノアのことをこれでもかと甘やかす。
しかしその一方で、里の同年代の子供たちとは距離感が生まれてしまい、彼女は友達がいないままだったのだ。
「でも、みんなから『嫌いっ』って面と向かって言われたわけじゃないんでしょ? ただの勘違いかもしれないよ?」
「……………………」
ターニーに突っ込まれると、ノアは返す言葉もないように黙りこくってしまった。
その様を見て、ふとターニーは物思いに沈む。
(この子…、なんだか小さい頃の私に似ている……。私もこの容姿のせいで、勝手な思い込みだけで周りの人たちを嫌って、自分の殻に閉じ籠ってた……)
そこはかとなく、ノアの姿がかつての自身と重なったターニー。
そんな自分を救ってくれたクラリスのように…、目の前の心を閉ざした少女のためになればと、彼女は言った。
「そんなこと言わないの。ワガママばっか言ってると、もうミーちゃんに乗っけてあげないよ?」
「むぅ……」
愛らしい頬っぺをプクッとさせて、ノアは不本意を露わにする。
だがターニーにそう言われては、彼女も言うことを聞かざるを得なかった。
こうして、里の子供たちも乗せて、再び大空へと飛び立つミーちゃん。
「うっわぁっ〜!、すっごぉいっ! 本当に空飛んでるっ!」
「すっげぇっ…!、街があんなにもちっさく見えるっ…!」
「たっのしぃっ!」
念願の空中遊泳に、子供たちは皆一斉に無邪気に歓声を上げる。
そんな中でノアは、せっかく独り占めしていた大パノラマを横取りされた気分になって、ずっと一人ポツンと沈み込んでいる。
感情を言葉にして表すのが苦手な彼女…、今や泣き出しそうになっているが……
「ありがとうっ、ターニーおねえちゃんっ!」
「ううん…、お礼を言うならノアちゃんに言ってあげて?」
「えっ、どういうこと…?」
「うん、ノアちゃんがみんなと一緒に空を飛びたいって言ってたの」
なんとターニーは、子供たちに嘘を吐いてまでしてノアを持ち上げた。
「ええっ、そうなのぉ…、ありがとう…ノアちゃん…」
ノアのキャラ的に、俄には信じ難い様子の子供たち…。
それでも、ターニーが嘘を言うはずがないと、戸惑いながらも礼を言う。
一方のノアも、困惑してキョロキョロと挙動不審に顔を揺らすが……
(……おねえちゃん……)
そんなノアと目が合ったターニーは、ニッコリと優しい笑顔を投げ掛ける。
幼心ながらに、それが彼女からの “サイン” だということに気付いたノア。
「……うん…、みんなといっしょに…おそらとびたかったの……」
ターニーの意図通りに、ノアは彼女の嘘に乗っかった。
すると…
「本当っ?、うれしいっ! 実はわたし、ずっと前からノアちゃんとお友達になりたかったの!」
「えっ…?」
「だって、ノアちゃん、お人形さんみたいでとってもかわいいしっ。わたし妹がいないから、こんな子が妹だったらなぁって、ずっと思ってたの」
「でもさ…、族長の孫だし、いつも周りには怖そうな大人たちもいるし…、ぼくたちなんかが近づけない子だと思ってたんだ…」
「ノアちゃんがよければ…、お友達になって、またみんなと一緒に遊びたいなぁ…」
思いもよらない、皆の本心を聞かされるノア。
心の器などでは到底受け止め切れない大きな感慨が、どわぁっと身体中を温かく満たしていく。
これもまた、彼女が生まれて初めて覚えた情感であった。
「うっ…うえっ……、あたちも……みんなとなかよくしたいょ………ううううっ……」
感極まって咽び泣くノアを、子供たちは懇ろに囲む。
(よかったね…ノアちゃん……)
ターニーは幼き頃の自身の面影と重ねながら、ノアたちを安らかに見守る。
そして、そんな背の上で起きている人情劇など知ってか知らずか……
ピィーッ!
ミーちゃんは相も変わらず、その図体に似合わない可愛らしい声を響かせながら、悠長に空を舞うのだった。




