第4章 閑話.とある衛兵青年の恋
物語の本筋とはあまり関係のない、ショートストーリーです。
世話役である、部隊長アリア・ビエット・ピレーロに気に入られたところで、クラリスの船内での生活が始まった。
彼女の朝は早い。
日が昇るとともに起き、エプロンと三角巾姿で船内の掃除や朝食準備の手伝い…、そして洗濯の手伝いが終わったら、次には昼食の準備が待っている。
とはいえ、これは決して強制されてやっているのではなく、クラリスが自発的に行っていることだ。
自身の身勝手な都合で船員の皆には迷惑を掛けた…、これからの長旅において皆に受け入れてもらうために、彼女は必死だったのだ。
そして、彼女の頑張りは報われ、クラリスが船内の人気者になるまでに大して時間はかからなかった。
健気に一生懸命になって働く可憐な少女の姿は、男所帯の船内において、貴重な癒しとなった。
彼女がアルテグラの娘であることは瞬時に船内中に知れ渡り、当初は驚きをもって受け止められた。
しかし今では、皆が彼女のことをセンチュリオン家の次女としてではなく、クラリスという一人の少女として受け入れるようになった。
そんなある日のこと…
いつものようにクラリスが船内の廊下を箒で掃いていると…、二人の衛兵と目が合った。
よく見ると……、彼らはあの日、クラリスを拘束したあの二人だった。
二人ともまだ若く、20代半ばと言ったところか…。
彼女は彼らのことをもちろん覚えてはいるが、あの日のことは全く気にしていない。
「お疲れ様です!」
クラリスの方から、屈託のない笑顔で挨拶をすると、一人が後ろめたそうに言葉を発した。
「あの…こないだは本当にすまなかったね…。大の大人の男が、女の子を二人掛かりで押さえ付けたり縛り上げたりしてしまって…。まさか君がセンチュリオン長官の娘さんだったとは……」
「いえ…、私の方こそご迷惑お掛けして、本当に申し訳ありませんでした…。あの日のことは気になさらないで下さい…」
「いやあ…本当によく出来た娘さんだ…。なあ?」
彼がもう片方に声を掛けるが、相方は何やら気恥ずかしそうに、ずっと黙ったままだ。
ちなみに黙っている方は、クラリスのことをガノンのスパイではないかと疑っていた方である。
「おい、何だよお前…? なんか言えよ」
「あ…いや…クラリスちゃん…だっけ…? もし良かったら、ジオスに帰ったら俺とお茶とか……」
黙っていた彼がようやく口を開いて、ボソボソした小声でクラリスを口説き始めたその時だった。
「おい、お前ら、何アタシのクラリスにちょっかい出してんだ?」
彼らの背後から、女性の声ながら威圧感のある重い声がした。
彼らが恐る恐る振り向くと…、そこにいたのはアリアだった。
「ピ、ピレーロ部隊長…!? いや…僕らは彼女とちょっと、挨拶がてらお話をしていただけで…。というか『アタシの』って……」
「アタシは長官からこいつの一切の処遇を一任されてんだ。つまりこの旅中、こいつはアタシのもんだ。こいつに邪な気でも持ってみろ…、速攻で海の底に沈めてやるからな!」
彼女のあながち冗談とも思えない発言に、彼らは震え上がる。
「おい、クラリス、行くぞ!」
「は、はい…」
クラリスは彼らに苦笑いで会釈をして、そそくさと彼らの前から立ち去った。
「なんだお前…、あんな幼い子が好みだったのか? まさか、お前ロリコン…」
「うるせー、他人の好みに口出しすんなっ! ちくしょう…!」
衛兵の青年の恋は、儚くも終わった。




