第20章 37.竜に乗った少女
かといって、街や人々に襲い掛かる様子もなく、竜は相も変わらず空で佇んでいる。
(何なのじゃ…一体……、何が起きているというのか……)
全く読めない竜の行動に、彼らしくなく焦燥感を募らせるルロド。
ところがその時…、事態は全くの想定外の展開を迎える。
「ちょっ、ちょっと待ってくださーいっ! 私たちっ、怪しいもんじゃないですよーっ!」
なんと竜の背の上から、人間の言葉が大声量で発せられたのだ!
それはおそらく少女のものと思われる、天真爛漫なあどけない声。
その場にいた人々の中で、その言葉を理解したのは、ルロドと…そしてクラリスとリグだけだった。
「えっ…、女の子の声……、しかもこの言葉って私たちの……。それに、この声……どこかで聞いたことあるような……」
「そうだな……、なんか聞き覚えある声だよなぁ……」
その言葉は、デール族の言語ではなく世界共通語。
しかもその声は、クラリスとリグの記憶を擽るように刺激した。
気が付けば、竜は先ほどよりもやや高度を下げている。
よく目を凝らして観察すると、背の上にはひょこひょこと小さな人影も垣間見えた。
「おいっ…、何なんだ……、まさか竜の上に人が乗ってんのかっ……?」
「しかもさっきの声…女の子の声だったぞ……。何言ってんのかさっぱりわからなかったが……」
いつしか人々の騒めきは、不安から当惑へと変わりつつあった。
「ルロド様…、今の竜から聞こえた言葉は…まさか……」
「うむ…、クラリスとリグも使っていた下界の言葉じゃ…。そして、あの高さからあれだけの声量を響かせたとなると…、音の反響を起こす術でも使ったのじゃろう…」
「何ですとっ…?、では…、あの竜の上に乗っている者は……」
「おそらくは…、クラリスたちと同じく下界から来た魔術使いじゃ…。しかし解せぬ…、あの二人のように遭難して、この島に流れ着いたのならまだ分からんでもないが…、空からやってきたじゃと……?、しかも竜に乗って……」
未曾有の事態に、ルロドも動揺を隠し切れない。
だが、里の皆の注目が彼の一挙手一投足に集まる中で、いつまでも対応に手をこまねいているわけにもいかなかった。
(止む終えぬか……)
難しい決断を迫られたルロド…、彼は同じく反響術を用いて、竜の上の “謎の少女” に言葉を発した。
「突然攻撃を仕掛けたりなどしてすまんかったっ! 我々に敵意はない故に、降りて来てはくれぬかっ!?」
一か八か…、ルロドは対話を呼び掛ける。
「はーいっ!、わかりましたぁっ!」
彼の張り詰めた心境とは対照的に、竜の上からは快活な返事が返って来た。
こうして四方八方から、興味と不安が入り混じった注視の嵐を浴びながら、竜はゆっくりと降下し始める。
ズシイイインッ…!
人々が回避して自然発生的に出来上がったスペースに、地の咆哮のような重低音と風圧を伴って、ついに竜はその全貌を現した。
「う、うわあああっ……、竜が…こんなに近くに……」
「ほんとに大丈夫なのかよ…これ……。こんなところで、いきなり暴れられたりでもしたら……」
“謎の少女” の存在で、些か恐怖心が和らいでいた人々。
しかし、いざ圧巻の竜の威容を眼前で見せ付けられると、彼らは再び恐れ慄く。
「おとなしくしててね?、ミーちゃん………よっとっ…」
“謎の少女” は優しい声で竜をあやすと、シュタッと手慣れたように背中から飛び降りた。
「………ッ!?、な、何なんだっ……あの子は……?」
その瞬間…、人々の関心は竜どころではなくなった。
確かにその正体は、丸っこい童顔の年齢十代前半と思われる少女。
だが、人々が本当に驚愕したのは、『少女が竜に乗っている』という状況よりも彼女自身の容姿だった。
「何なんだ…、あの髪色に目の色……、あんな人間が存在するのか……」
「何だか、不吉な感じがするぞ……」
「大丈夫なのか、ルロド様……。やっぱり撃退すべきじゃなかったのか……」
少女の姿形を見て、人々は皆一斉に不穏に響めく。
ところが…
「タっ、ターニーちゃんっ…!?」
「タ、ターニーだよなっ…!?」
人々の喧騒を一瞬で沈めるように、クラリスとリグは声をひっくり返して押っ魂消る。
そう…、その少女の容姿は黒髪に黒目、さらには黒のローブと黒の三角帽子という黒尽くめの装い……、なんとあのターニーだったのだ。
「クラリスお姉さんっ!?、リグお兄さんっ!?、ど、どうしたんですかっ…?、何でお二人がここにいるんですか……?」
まさかの二人との再会に、ターニーは唖然としながら感嘆の声を漏らす。
「う、うん……、私たちはジオスを目指してたんだけど、ちょっと色々あって……」
どこから話したら良いのやら…、さすがにこの一瞬では考えがまとまらず、言葉を濁すクラリスだったが……
「てか、ターニー…、今、俺のことを『お兄さん』って……」
「えっ?、だって私からしたら『お兄さん』じゃないですか…。私、何か変なこと言いました…?」
「いや…そうじゃねえけど……うっ……ターニー……お前、ほんっとに良い子だなぁ……ううう………、あのクソ生意気なチビ助とはえらい違いだ……」
ターニーに『お兄さん』と言ってもらえて、感無量で涙ぐむリグ。
ちなみにこの時、海を挟んで遥か彼方…フェルトのフェニーチェが、『へっくちょんっ…』とはしたなくクシャミを飛ばしたのは、あくまで偶然である。




