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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第20章 31.最終試験

 さて…、クラリスとリグにとって、そんな一生の中での最高の瞬間を、裏から覗き見…いや見守っていた者がいた。


「ううううっ…、よかったわねぇ…二人とも……。お姉ちゃんも頑張った甲斐があったわぁ……」


 なんやかんやで、二人の恋の結実の影の立役者となったアイシス。

 少し離れた木の影から、ハンカチ片手で一入(ひとしお)の感慨に浸っていた。

 すると、そんな彼女の腰元がギュッと温かく締め上げられる。


「ノア……」


 “ギャラリー” は、アイシス一人ではなかったのだ。

 姉にしがみ付き体を震わせながら、その幼い心に押し迫る激情を必死に抑えるノアだったが……


「うっ…うえっ……ううううっ……」


 あまりにも残酷な恋の末路を見せ付けられて、当然それに耐えられることなく、彼女は咽び泣いた。

 実のところ…、ノアがここに来る必要など全くなかった。

 むしろアイシスは、妹の心がこれ以上傷付かないようにと、来ない方がいいと忠告していた。

 にも関わらず、ノアは『いくもんっ!』と、いつものように駄々を捏ねたのだ。

 それは幼い彼女が人生で初めて覚悟を決めた、ケジメの付け方だったのかもしれない。

 思い起こせば、およそ1ヶ月前のこと……

 好奇心とやんちゃ心で、たまたま一人街へと彷徨(さまよ)い出たノアは、運悪く暴れ竜に遭遇してしまった。

 ところが、竜に襲われる間一髪のところで彼女を助けたのが、ちょうどその時近くに居合わせたリグだった。

 当時のリグが置かれていた不遇な状況を、物心付いたばかりのノアが知っているわけもない。

 突然自身に覆い被さるようして現れた、初めて見る茶色の髪をしたボロボロの身形の少年…。

 そんな彼が、生死の境とも言うべく青白い顔で見せてくれたのは、なんと屈託のない笑顔だった。

 それ以降、その時のリグの笑顔が自身の拠り所となるほどに、ノアの心と頭から離れない。

 次第にそれは、家族に対するのとはまた別の、“好き” だという感情であることに気付く。

 幼児(おさなご)特有の空想で、ノアは自分がリグと一緒になれるものだと信じて止まなかった。

 ましてや、言えば…言って駄目でも駄々を捏ねれば、何でも望みは叶って来た彼女である。

 だが、リグはノアのものにはならなかった。

 幼くして思い知らされた、恋の痛みと人生の不条理…。

 ノアは自身の中で輝くリグの残像を一掃させるように、ただひたすらと遣り場のない涙を流し続ける。


「よく頑張ったわね…ノア……」


 傷心を経てまた一歩成長した我が子同然の妹を、アイシスは安堵とともに少しだけ誇りに思った。




 それからというもの、クラリスもリグの自主特訓に付き合うようになる。

 愛の力と言うべきか…、リグは彼女を守れる男になるために、一層の努力に励んだ。

 こうして、あの夜から5日後のこと…、ついにリグの “最終試験” の日がやって来た。

 それはすなわち、最初にルロドが言っていた通り、一人で竜を倒すというもの。

 ちなみにクラリスはその3日前に、見事試験をクリアしている。

 ところで、竜との勝負に当たって、リグはルロドより一つ条件を課されていた。


『おぬしの術の威力は大したもんじゃ。出端で竜の急所にそれを食らわせれば容易に勝てるかもしれぬ…。じゃが、それではこれまでの修行の意味がないのじゃ。よっておぬしには、攻撃術の使用を禁ずることにする。それ以外の(すべ)で竜を打ち負かすのじゃ、わかったのう?』


 …………………………


 そういうわけで今、ここは竜の森の中心部に位置する空き地。

 リグにルロドと従者の男二人、さらにクラリスとアイシスがその場にいた。

 

「さて、リグよ…、心の準備はよいかのう?」


「はいっ!」


 ルロドに問われて、緊張した顔を引き締めて意気込んで返事を返すリグ。


「うむ…、では始めようかのう」


 表情変えず淡々とした様子で、ルロドは従者の一人に仕草で合図を出す。


「はっ、かしこまりました」


 指示を受けた男は、斜め上に利き手を(かざ)し、何やら念じ始める。

 一見何も起きないように見えたが…、その数分後……


 グアアアアアアッ…!


 上空から突如現れたのは、巨大な翼をバッサッ…バッサッ…と羽ばたかせて咆哮を轟かす、竜の姿だった。

 体長およそ10メートル…、先日の暴れ竜にも引けを取らない大きさである。

 従者の男が発したもの…、それは竜を刺激して(おび)き寄せるための、竜のみが知覚出来る超音波だった。

 無作為ではなく、(あらかじ)め選んだターゲットに対してだけ発信することが可能だ。

 さて、この勝負だが、無論竜を(あや)めたりなどはしない。

 勝敗が決定的になったところで、ルロドが判定を下して勝負を止めさせる。

 傷付いた竜はアイシスが治癒術を施した上で、野へと帰してやることになっている。


(うっ…、こないだのクラリスの時も横から見てたけど…、改めて真正面から見るとすげえ迫力だ……。普段の俺の術を使わずに、こんなやつに勝てるのかよ………いやっ…、弱音を吐くな…、クラリスだってこの試練を乗り越えたんだっ…。もう今までの俺とは違う……、じいちゃんだって、俺ならできると思って、ああいうことを言ってくれたんだっ…。どうやったら勝てるか…頭で考えろっ…!)


 圧倒時な威容を放つ巨大竜の前でも、己の信念と覚悟に忠実に…、リグは恐れることなく毅然と立ち向かう。


(頑張って…リグくん……)


 一方、指を組んで一心に祈りながら、胸が締め付けられる思いで見守るクラリス。

 そして…


 グアアアアッ!!!


(来たかっ…!)


 凶猛な牙を散らつかせた長い首を真っ直ぐに伸ばして、竜はリグを目掛けて急降下した!


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