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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第20章 28.大人の階段

 ある日の夜のこと…、ここはルロド邸内のクラリスの居室。

 語学の勉強で、黙々と机に向かう彼女だったが……


 ポサッ…


 突如どこからか、ぐちゃぐちゃに丸められた紙が投げ込まれた。


(はぁ…、またか……)


 それが何なのかわかり切っている様子のクラリスは、遣る瀬なくため息を吐く。

 紙を拾ってそれを広げた彼女…、そこに書かれてあった内容とは……


『ばーか』


 解読に数秒は要する、へろへろの汚い字…、どう見ても幼い子供のものである。

 そうなると、誰が犯人かは自明であろう。

 物悲しげにノアからの “お手紙” を見つめると、クラリスはそれをいつものようにゴミ箱に捨てた。




 ルロドの孫娘ノア。

 一見、口数少なく人見知りな彼女だが…、実は思いの外、聞き分けのないワガママ娘であった。

 とはいえ、それは決して本人に非があるのではない。

 ルロドを始め、周りの大人たちが、ノアのことを蝶よ花よと甘やかし過ぎるのだ。

 そんな状況を、彼女の将来も見越して憂慮しているのが、年が離れた姉アイシスだった。

 今はまだ、単なる御転婆(おてんば)娘で済まされるが、このまま誰にも叱られることなく成長すれば、ロクな大人にならない。

 アイシスの場合は、彼女の両親が優しいながらも叱るべき所はちゃんと叱り、それなりにけじめを付けて育て上げて来た。

 だが、歳を取ってからの子供がより一層愛おしく思えるのは、万人共通の心理なのか…。

 両親も祖父らの例に漏れず、ノアを溺愛する。

 さて、そんなノアは、恋敵であるクラリスに度々嫌がらせを繰り広げていた。

 とはいえ、やることといえば、クラリスから話し掛けられてもプイッと無視をしたり、悪口を書いた紙屑を彼女の部屋に投げ込むぐらい。

 時には『しんじゃえ』とか『ぶさいく』とか…酷い文言もあった。

 それでも心が無垢なノアは、それ以上の発想には至らないようだ。

 ヴェッタにて、レティーナがフェルカにやらかした行為を考えれば、まだまだ可愛い方である。

 一方、ノアと打ち解けて仲良くしたいクラリス。

 彼女から冷たい仕打ちを受けるたびに、胸が遣り切れなさでいっぱいになる。

 ところで、そんな二人の状況を、アイシスはずっと注視して来た。


(これまでのクラリスちゃんの様子を見るに、きっとあの子は自分からリグくんに好きって言おうとしてるんだと思う…。女の子としては男の子からの告白を待ちたいところだけど…、リグくんにそんな度胸はなさそうだもんね…。でも、クラリスちゃんにそれを躊躇させているのは…、きっとノアの存在……。とっても優しいあの子のことだもの…、ノアの幼い心に傷を負わせたくないんだわ…。だったら…、みんなのお姉ちゃんとして、私が何とかしなきゃっ…!)


 クラリスとリグの “恋のキューピット” を自称自負するアイシス。

 独り善がりに見えて、意外にも事の本質が見えていた。

 



 こうして…


「ノア…、ちょっとこっちにいらっしゃい?」


「なあに、おねえちゃん?」


 意を決して、わからず屋の妹を呼び出したアイシスと、ただ頭の中に『?』を浮かべてそれに応えるノア。


「ねえ、ノア…、あなたは…リグお兄ちゃんのことが…好きなの…?」


「うんっ、あたち、おにいちゃんのことだいすき!、おっきくなったらおにいちゃんのおよめちゃんになるの!」


 ノアは最早(はばか)ることなく、彼女の幸せな未来予想図を無邪気に語る。

 そんなキラキラと目を輝かせる妹に胸を痛めながらも、アイシスは心を鬼にして言った。


「そう……、でも悪いけど…あのお兄ちゃんのことは諦めなさい…。あなたはリグくんのお嫁さんにはなれないわ…」


「なんでっ、どうしてっ?」


「あのお兄ちゃんはね…、クラリスお姉ちゃんと一緒になるの…。あの二人はずっと前から愛し合ってるのよ?」


「いやっ!、あたちがおにいちゃんといっしょになるんだもんっ! あたちのほうがおにいちゃんのことすきだもんっ!、おじいちゃんにどうにかしてもらうもんっ!」


 幼いながらにして、思い通りにならない現実を突き付けられて、ついにノアは我儘娘の本性を露わにした。

 いつもであればこう駄々を捏ねられると、アイシスは困った顔を浮かべつつも、優しい言葉でノアを宥めようとする。

 ルロドほど甘々ではないものの、彼女も彼女で人並みには妹に甘かったのだ。

 だが…、この時だけは違った。


「いい加減にしなさいっ!」


 迫真の表情を作りハリの強い声で、アイシスはノアを痛烈に叱った。


「………うっ…うえっ……」


 一瞬、体をビクッとさせると同時に、顔をひくつかせて泣き出そうとするノア。

 しかしアイシスは、彼女に泣かせる暇を与えないが如く、畳み掛けるようにして話を続ける。


「ノア…、あなたは…おじいちゃんや私…みんなのことは大好きでしょ…? そんな大好きなみんなが、ある日突然誰かに取られて、あなたの元から離れて行っちゃったらどうする?」


 アイシスの問い掛けに、ノアは答えることなく黙り込む。

 ただ、さっきまでの激情は幾分落ち着いたようだ。


「そんなことになったら、ノアも嫌でしょう?、すごく悲しいでしょ? でもね…、あなたはそれと同じことを言って、クラリスちゃんを困らせてるのよ? 私はね…、あなたに他人の悲しみとか苦しみがわかる、優しい大人になって欲しいの…。お姉ちゃんの気持ち…、わかってくれるよね…?」


 ムスッとしていたノアの顔が、いつしかいつものあどけない顔に戻っていく。

 姉の衷心の想いは、確と妹に伝わったようである。


「……ごめんなちゃい…おねえちゃん……」


「わかってくれてありがとう…ノア……。でも、謝るのは…私じゃないでしょう…?」



 …………………………………



 コン…コン……


(ん、誰だろ……)


 部屋がノックされて、特に気構えることなくドアを開けたクラリスだったが……


「ノ、ノアちゃん……」


 姉に諭されたノアが、その足でクラリスの部屋にやって来たのだ。

 アイシスは少し離れた位置に隠れて、妹を見守っている。


「クラリスおねえちゃん……いじわるしてごめんなちゃい……」


「ノアちゃん……」


 ノアはその愛らしい顔をしょんぼりとさせて、ペコリといじらしく謝った。

 生まれて初めて受けた、家族からの “愛の鞭” …。

 幼心ながらに、これまでのクラリスへの態度を甚く反省したようである。

 予想だにしないノアの謝罪に、一瞬キョトンとするクラリス。

 しかし、すぐに表情を優しく和らげて、彼女の健気な誠意を受け入れた。


「そう…、わざわざそのために来てくれたのね…、ありがとう…」


「あたちのこと…ゆるしてくれるの……」


「許すも何も…、私何にも怒ってないよ? むしろノアちゃんとお友達になりたいって、ずっと思ってたの。だからこうして来てくれて…本当に嬉しいよ?」


 クラリスはしゃがんでノアに目線を合わせると、彼女のふっくらした頬っぺたにそっと手を当てる。


(クラリスおねえちゃん……とってもやさしい…あたたかい……)


 たったそれだけで、クラリスの人柄を理解した様子のノア。


「ねえ、おねえちゃん……、あたちと…あそんでくれる…?」


「うんっ、もちろん!」


「やったぁー、ありがとうおねえちゃん」


 ………………………

 …………………

 ……………


 それから二人は、家の近くの花畑で、花のアクセサリー作りを楽しんだ。

 クラリスの花冠…、それは彼女たちの仲直りの証。

 そして、ノアがまだ早過ぎる恋の傷心を経て、一つ大人の階段を登った証でもあったのだ。


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