第20章 26.成功の代償
こうして心機一転、再び転移術に挑戦するクラリスとリグ。
今度は事前にイメージを打ち合わせたこともあり、心象の共有は至ってスムーズに進む。
そして…
(何…この感覚……、なんか…体がふわふわしてる……)
(何だろう…、なんか心が遠くに行っちまうような……)
次に二人を襲ったのは、夢心地というほど上等なものではないが、それに近い感覚だった。
宙にふんわりと浮くように足元に重力を感じなくなる…、身体が真っ白で際限なく広がる空間の上を儚く漂い、時間の流れから取り残された感を覚える…、己自身が身体の束縛を超えて、精神そのものと化す……。
それは時間にしてみたら、たった1分も経っていなかった。
いつしかクラリスとリグの認識が、時間の概念すらない “無の世界” から解放されたことを知らせる。
その瞬間、二人の耳と鼻と足元に飛び込んで来たのは、ザァ…ザァ…という細波の音と潮の香り、そしてギュッとした小気味良い踏み心地…。
(えっ…、まさかっ……)
恐る恐る目を開いた二人…、カメラのフラッシュを浴びるような眩い光を伴って、眼前に飛びこんで来た光景は……
「う、海だっ……!」
「すごいっ…、ほんとに成功したの……?」
爽快なエメラルドグリーンの海に、キラキラ光る真っ白な砂浜…、そう、二人は見事転移を成功させたのだ。
「ほほほほ…、次は上手くいったようじゃな…、初めてにしては上出来じゃ」
それから数十秒後…、二人を追って転移して来たルロドが、朗らかに労りの声を掛ける。
しかし、その時だった。
「よっしゃあっー!、やったなっ、クラリスッ………あれっ…、おいっ、クラリス……どうしたんだ…?」
歓喜を露わにするリグだったが、突然クラリスがその場に蹲ってしまった。
「なあ、本当にどうしたんだよ……、しんどいのか…?」
「わかんない……、でも…急に頭の中がぐらぐら揺さぶられる感じになって…、胸が何でか、悲しい時にみたいに張り裂けそうになって……」
全く自分でも原因がわからず、呼吸が乱れて涙すら流すクラリス。
「えっ…、一体何なんだ…、俺何ともないぞ…? ほんと大丈夫かよ……」
クラリスの只事ではない異変に、リグは心配をしながらも酷く動揺を見せる。
「うーむ…、初めての転移に、体が上手いこと順応出来んかったのかのう…? 実際、“転移酔い” はそう珍しくはない。とはいえ、ここまで悪化したのは見たことがないが……。まあよい、何はともあれ転移は成功したのじゃ。今日の修行はこの辺にしておいて、家に戻って安静にしておるとよい…」
「はい…ご迷惑おかけしてすいません……」
ルロドは淡々とクラリスを気遣う。
すると…
「よっしゃあっ!、やっと休みだぁ!、思う存分フットボールの練習ができるぜ! そうと決まれば、急いでドリスとヴェルたちを連れて来なきゃっ!」
今日の修行はもう終わりだと思い込んで、これでもかというほどウキウキなご様子のリグだったが……
「は?、何を言っとるんじゃ?、わしはクラリスに言っただけじゃ。おぬしは違うぞい」
「ええっ…、な、何でだよっ…? だって俺たち、二人で一つじゃんかっ…!」
「クラリスはデール族の血を引いておるが、おぬしは違うじゃろう? ただでさえ、この子と比べておぬしは遅れておるのじゃ…、むしろ差を縮める好機だと思うことじゃな? それに、おぬしはどうも調子に乗り過ぎるきらいがある…、良い機会じゃ、わしが一対一でみっちりと教え込んでやろう…、さあ、さっさと来るのじゃ」
「うわーんっ、クラリスー、助けてくれよぅ〜!」
みっともなく喚き散らかしながら、補助術で腕力を強化したルロドに連行されていくリグ。
そんな彼を、クラリスは罪悪感と憐憫とが入り混じった、複雑な思いで見送る。
(リグくんにはちょっと悪いことしちゃったけど…、本当にさっきのは一体何だったんだろう……。おじいちゃんが言ってた通り、単なる慣れの問題ならいいんだけど…。でも…、この胸の騒めきは……)
体調は幾分落ち着いたが、それでもなお、彼女を不安にさせる謎の胸騒ぎ…。
心持ちを気丈に保たせるように、胸をグッと強く抑えるクラリスだった。




