第20章 19.繰り返される三角関係
さて、それから数日後、ルロドの邸宅にて……
「おいっ、高いパスは胸でボールを受けるってさっき言っただろうがっ! おらっ、もういっぺん行くぞ! 」
「うわーんっ…」
すっかりリグの子分に成り下がった二人の少年。
ちょうど今は、彼のフットボールの練習に付き合わされている。
元々運動能力が低い二人…、すでに心身ともにへろへろだ。
(くそぉ…、こんなんまともにやってられるかよ……)
少年の一人が魔術を使って、リグから渡ったボールをこっそり風圧で減速させ、ズルをしようと試みるが……
「おいっ、ドリスっ、てめえ何、術使って楽しようとしてんだっ!?」
「ひぃっ…、ごめんなさーいっ……」
少年の片割れことドリスの小細工は、呆気なくリグに見破られていた。
そんなこんなで、ボロ雑巾になるまでリグに扱き抜かれた二人。
未だに言葉のやり取りは儘ならない。
だが、根源的恐怖を植え付けられた本能的直感のせいなのだろうか…。
リグの大まかな意思は、彼の表情と口振りから察することが出来るようになってしまっていた。
「うあぁ…、まさかこんなことになるなんて……。てか、ヴェル、元はといえばお前のせいだぞっ…。あいつにちょっかい出そうと言い出したのお前だろっ…!」
「はぁっ?、お前だって、あの時ノリノリだったじゃねえかっ。それにあいつに術浴びせたのはお前だろうがっ!」
「なにおぅっ?」
ドリスともう一人の少年ヴェルは、今さらみっともなく責任の押し付け合いを始める。
ところが…
「あのぅ…、二人とも大丈夫…?」
「(クラリスちゃんっ…!)、ああ…、うん……大丈夫だよ……」
「そう…、リグくんがあまりにも酷いことするようだったら、私に言ってね…?」
二人がリグにやった仕打ちを、まだ完全には許せてはいないが…、それでも、彼らに一応の同情の念を抱いたクラリス。
心配そうに気遣ってくれる彼女の姿に、二人はゲッソリした顔を途端にぱぁっと華やかせる。
「なあ…、でも悪いことばっかじゃないよな…?」
「ああ、そうだな…。それにしても、クラリスちゃん可愛いなぁ…。下界の女の子って、みんなあんなにも垢抜けてるのか…いいなぁ……」
小さな里というせいもあるのだろうが、ここまで異性とは全く無縁なドリスとヴェル。
顔をでれぇっと締まりなく和らげる二人であったが……
(おいっ、てめえら、何勝手にクラリスと喋ってんだっ?)
「ひぃっ……」
そんな言葉が脳内に直に飛び込んで来るほどに、苛辣な眼光を投げ付けるリグだった。
すると…
「みんなっー、冷えた果物切って来たわよっ〜。ちょっと休憩しなさいな」
カットした果物を持ってアイシスと、さらに彼女の後ろに半身ほど隠れた状態で、ノアがやって来た。
とはいえ、ノアはさっきからずっと隅に隠れて、愛しのリグの姿を目に焼き付けていたのだが…。
「ありがとうございますっ、アイシスさん」
アイシスに礼を言うクラリスだったが……
「もうっ、クラリスちゃん、私のことは『お姉ちゃん』って呼んでくれる約束でしょうっ?」
「え…?、私、そんな約束なんてしてな………」
「もう、素直じゃないんだからぁ!、そんなところがまた可愛いのよねぇっ! でも、いつまでもそうやって意地悪するんだったら、お姉ちゃんお仕置きしちゃうぞぉ!、このこのぉ〜」
「え、いやっ…、ちょっとっ…やめてくださいっ……」
「うへへへ……そんな声聞いちゃたら、お姉ちゃんもっと燃えちゃうんだからぁ〜」
最早、クラリスの嫌がる声すらも “オカズ” となるアイシス。
至福の表情で、彼女の体を抱き枕の如く弄りまくる。
(はぁ…、この人、黙っていればお姉ちゃんみたいにとっても素敵な人なのに……。そういえば…、ジオスにもそんな感じの子がいたなぁ……)
アイシスの中身の残念っぷりに、クラリスは諦観した様子で、情欲の嵐が過ぎ去るのをひたすらに耐える。
そんな中で、ジオスに残したとある大切な友達の面影が、ふと彼女の脳裏を過るのだった。
こうして、顔がテッカテカになるほどにご満悦のアイシス。
その一方で…
(はぁ〜…、この人の相手をするとドッと疲れる……。てか、本当に精気を吸い取られてるんじゃあ……)
ズーンと疲れ果てて、重い重いため息を吐くクラリス。
そんな中、リグとドリス、ヴェルの男子組は、よっぽど喉が渇いていたのか、アイシスが持って来た果物をガツガツと貪り食っていた。
「なんだ、これっ?、メロンか、桃かっ…?、こんなうめえ果物初めて食うぞっ…?」
リグが驚きと共に大絶賛したこの果物は、人々から “竜の卵” と呼ばれる、この里にしかない果物だ。
白黄色の真桑瓜のような外見…、その形が竜の卵に似ていることから、いつしかそう呼ばれるようになった。
メロンのような濃厚なコクと甘味を持ちながら、後を引くことなくすっきりとした味わい。
蕩ける食感で、一度噛むと口中に瑞々しい果汁が溢れる…、まさに天然のトロピカルジュースである。
ちなみに、この “竜の卵” を生産しているのは、アイシスとノアの両親だ。
彼らは島の外れで農園を営んでおり、その親譲りの魔術の才を農業に生かして、里の人々の食生活の向上に大いに貢献している。
ところで…
「あ、ノアちゃん、ほっぺに種が付いてるよ?」
アイシスを挟んで横に座っているノアに、クラリスは手を伸ばして種を取ってあげようとするが……
「あっ……」
ノアは不機嫌顔でプイッと外方を向き、クラリスの親切を足蹴にする。
彼女にとっては憎き恋敵のクラリス。
恥ずかしがり屋で、あどけない無垢な顔をしていながら、ノアは意外にもおませなようだ。
「こら、ノア、クラリスお姉ちゃんにそんな態度はないでしょう?」
アイシスがノアをやんわりと咎める。
だが、当のクラリスには同じ男子に恋する者同士として、ノアの気持ちは痛いほどわかっていた。
(お姉ちゃんとレティーナの時は、正直他人事って思ってたけど…、まさか自分が同じ立場に立たされるなんて……。いつか…ノアちゃんともわかり合えたらいいな……)
そんな心持ちで、クラリスは遣る瀬なく笑みを浮かべた。
 




