第20章 16.フェルカが還る場所
さて、ある日のこと…
クラリスとリグは外出し、とある場所へと向かっていた。
ところで、体の傷が綺麗さっぱりと治ったクラリス。
この島特有の温帯な気候もあり、彼女はあれから肩や背中を露出した服装をすることが多くなった。
ちなみに今日の装いは、この里では一般的な涼やかな麻素材を用いた、花柄刺繍のノースリーブワンピース。
特に意味もなく、くるりんと軽快に回ってみせると、白金の髪とワンピースの大裾がふわりと靡く。
華奢な体付きに、艶やかな色白の肌…、まさにクラリスのために作られたと言ってもいいほどに、とても様になっていた。
着たい服を好きなだけ着れるようになって、ここのところ彼女は毎日のようにニコニコしている。
特に今日は、リグと二人でお出かけが出来るので、いつにも増してルンルンなご様子だ。
そんなクラリスを横目で見て、彼女の傷を見てしまったあの日以降の日々が、感慨とともに脳裏を過ぎるリグ。
彼も本人に劣らず、嬉しさで胸がはち切れそうになる。
ただその一方で、クラリスのそんな可憐な姿は、否応にも街行く人々の注目の的となっていた。
ましてや、今や二人は、この里にて一目置かれる存在だ。
リグを “下人” であると蔑む者などもういないし、クラリスに至っては暴れ竜に一人果敢に立ち向かった姿が、人々に鮮烈な印象を植え付けた。
その凛然とした姿と、年頃の少女らしい姿とのギャップがまた魅力的なのか…、あちこちから、恋慕混じりの憧憬の眼差しを浴びるクラリス。
リグにとっては、そんな彼女を異性として見る周りの目が、目の上の瘤になっているようだ。
「どうしたの?、リグくん…。何だかムスッとしちゃって……」
「………ッ?、な、何でもねえよ……。さあ、さっさと行くぞっ…」
………………………
そんなこんなで、さらに街を抜けてクラリスとリグがやって来たのは、とある砂浜だった。
エメラルドグリーンの清々しい海に、きめ細かで踏み心地の良い真っ白な砂…。
この島では他にいくつも存在する、特に珍しくはない風景だ。
だが、二人にとってこの場所とは……
「俺たち…ここで倒れていたのか…」
「うん…、そうみたい…」
そこはクラリスとリグが漂着していた砂浜だった。
「あの時、船から落っこちた時、もうダメだと思ったのに…、よく生きていたよな…俺たち……」
「そうだね…、あの後、一体何があったのかな…?」
巨大鯨によってここまで連れて来られたという経緯など、海に沈んだ瞬間に気を失った二人には知る由もない。
ザアァ……ザアァ……ザアァ………
暫し砂浜に座り込んで、なだらかな波を永遠に運び続ける海原を、特に会話もなく遠い目で見つめるクラリスとリグ。
二人の手には、 “チーム アスタリア” のプレートが握られていた。
(ひょっとしたら…、これが私たちを守ってくれたのかな…? 伯父様も『お守りみたいなものだ』って言ってたし……)
プレートにふと目を遣りながら、クラリスはうら悲しげに思索に耽る。
すると、その時…
(何だろ…あれ……)
何気なく遠方の砂浜に視線の移した彼女の目に、偶然飛び込んで来たもの…。
それは陽の光を浴びて、キラリと一際輝く “何か” だった。
硅砂が主成分のこの島の砂浜は、元々が砂金のようにキラキラとしている。
だが、クラリスが見たそれは、その中でも格の違いを露骨にアピールするように、強い存在感を放っていたのだ。
「あれ、クラリス…、どこ行くんだ?」
「うん、ちょっとね…」
「ああ、なんだうんこか、ちゃんと家でして来いよな?」
「違うわよっ…!」
リグの戯言の相手をしてやって、ただの興味本位でその元へと向かったクラリス。
ところが、その輝く物体の正体とは……
「あっ…!?、これっ……お姉ちゃんの……」
それを見た瞬間、クラリスは驚きとともに神に甚く感謝した。
彼女が見つけたもの…、それはなんと、フェルカの骨粉が入った小瓶だったのだ。
クラリスの声で駆け付けたリグも、感慨で心が震える。
「どうして…こんな所に……」
あれから…、クラリスのペンダントとチームアスタリアのプレートは二人の元に戻ったが、フェルカの小瓶だけはどうしても見つからなかった。
ルロドたち皆に聞いても、何の心当たりもないと言う。
そもそもがこんな状況だったのだ…、ペンダントとプレートが戻って来ただけでも、奇跡というものだろう。
断腸の思いで諦めざるを得なかったクラリスとリグ。
それがまさかこの砂浜に、あたかも二人を追い掛けて来たかの如く、遅れて漂着していたのだ。
すると…
ザブンッ……
海の彼方に見えたのは、まるで歓迎のダンスを披露するように、生き生きと海面を飛び跳ねるイルカたちだった。
(ここだったら…、きっとお姉ちゃんも喜んでくれる……)
病床に伏せたフェルカが語ってくれた、自由にどこまでも大海原を悠々と駆けるイルカに擬えた夢…。
クラリスはもう何も迷うことなく、散骨場所をここに決めた。
さて…、フェルカの小瓶についてだが、巨大鯨がクラリスとリグを吐き出した後も、小瓶は鯨の体内に残っていた。
そして消化されないそれは、排泄物に混じって海へと排出される。
そのままぷかぷかと海原を漂い、偶然にもこの島へと漂着したのだ。
そういうわけで、真相は決して美しいとは言い難いのだが……
「ひょっとしたら…、お姉ちゃんの魂が、この瓶を私たちの元まで運んで来てくれたのかもね……」
「ああ…、きっとそうだよ」
こんな純真無垢な二人が、情趣もへったくれもない顛末を知らなくてはならないことほど、野暮なことはないだろう。
「お姉ちゃん……」
それは最愛の姉の体の一部。
本音を言えば、当然手放したくはない。
それでも、フェルカの次の “生” がちゃんと本人が望むものになるように…、クラリスは安らかな心地で、彼女の亡骸を大海原へと送り出すのだった。




