第4章 2.可憐な侵入者
第三者視点の話となります。
ついにセンチュリオン家現当主、アルテグラ・ディーノ・センチュリオンのガノンへの出立の日がやって来た。
すでに屋敷前には、同行の魔導士数人、衛兵10人余り、食料などの物資を乗せた馬車が計7台停まっている。
これらの馬車はジオス城下を出て、城下の北西を流れるユミディ川にあるジオス軍港へと向かい、そこで先行している本隊と合流する。
屋敷前では家族と使用人たちが集まっており、アルテグラと別れの挨拶を交わしていた。
「では皆、留守中よろしく頼んだぞ」
「はい、お任せください、父上」
「お父様…ご武運を…」
「父上いいなあ…。俺も早く戦いに行きたいです!」
トテム、フェルカ、リグ…、それぞれが思い思いに父へ餞の言葉を贈るが…、そこにクラリスの姿はなかった。
「ところで、クラリスはどうしたのだ?」
誰に尋ねたわけでもなく、アルテグラがそう言葉を発すると、皆を代表するように執事長のコマックが答える。
「はい…クラリスお嬢様はご体調が優れぬご様子でして…。旦那様には『お身体にはお気をつけてください』とお伝えするよう申されておりました」
「何だよ、クラリスのやつ…。何か変なもんでも拾い食いしたんじゃないのか?」
「バカッ!、あんたじゃないんだから…。それにしても、心配だわ…。後でお見舞いに行かなきゃ…」
リグとフェルカのいつも通りの砕けた絡みを見て、アルテグラは安心したように薄っすらと微笑む。
「まあ、クラリスにはせいぜい養生するよう伝えておきなさい。では行って来る」
こうして、お供の馬車を引き連れて、アルテグラはガノンに向けて出発した。
そして、屋敷内が大騒ぎになったのは、それからおよそ3時間後のことだった。
「クラリスちゃーん!、どこなのー!」
「おーい、クラリスー!」
「クラリスお嬢さまー!、何処へ…?」
クラリスがいないのだ、屋敷内のどこにも…。
「ねえ、あなたがクラリスちゃんからお父様宛の伝言を言付かったんでしょ? その時、あの子どんな様子だったの? 何かおかしなことに気付かなかったの?」
フェルカがコマックを問い質すように尋ねる。
「はい…、皆様がお見送りのために正門にお集まりになる、1時間前ぐらいでしょうか…。申し訳ございません…!、この老いぼれの目では、クラリスお嬢様の異変に気付けず…。斯くなる上は…我が命をもって償う所存でございます…!」
「ちょ…ちょっと、早まらないで……。ごめんね、私の言い方が悪かったわ…。あなたのせいじゃないわよ。さあ、みんなであの子を探しましょ…」
「うっうっうっ…、フェルカお嬢様…なんとお慈悲深い……」
感極まって泣き始めたコマックをそのまま放置して、フェルカはクラリスの自室を捜索し始めた。
何か彼女の失踪の手掛かりが見つかるかもしれないと思ったからだ。
すると…、いつも彼女が魔術の修練の際に着用している、白の無地のワンピースがないことに気が付いた。
どうやら、外に出たのは間違いないようだ。
もちろん、屋敷の敷地内にいる可能性もあるが…
「ま、まさか…!?」
クラリスの過去を知っているフェルカの脳裏に、とてつもなく嫌な予感が過った。
「ああ、もうっ!、リグのみならず、あのじゃじゃ馬娘は! どんだけ私に心配を掛けさせれば気が済むのよっ!」
屋敷中に、フェルカの悲痛の叫びがこだました。
一方、屋敷を出立したアルテグラは、順調にジオス軍港へと向かっていた。
軍港で合流する本隊と合わせると、魔導士30人余り、衛兵50人余り、非戦闘要員20人余り…、最終的にほぼ100人を超える規模となる。
ちなみにアルテグラは王国の重臣であるが、一方で魔導部隊長官という、ジオス軍の魔導部隊の実質的なトップでもある。
魔導部隊に属する魔導士は200人程…、今回はそのおよそ1割強を派遣することになった。
軍は魔導士だけでなく、重厚な甲冑で全身を固めた重装兵団もいる。
しかし、彼らは機動力に乏しく、他国での不慣れな地における戦闘には向かない。
今回予想される、ゲリラ戦の可能性もある市街地であれば、尚更のことだ。
遠征は魔導士で、城の防御は重装兵…、これは万国共通の常識でもあった。
とはいえ、近年では、魔燃料を使用した魔導銃の普及により、融通が利きづらく維持費もかさむ重装兵団は多くの国で解体され、歩兵中心の隊編成が主流となっている。
もはや、旧来の様式の兵団を擁する国は、伝統を重んじる由緒正しき王国であるジオスぐらいかと思われる。
だが、ジオスにおいても重装兵団は、実質的に王国の威厳を体現するシンボルマークに成り下がり、その影響力は大きく低下している。
かつては魔導教育学院と並んで、王国の国防の一翼を担っていた王立士官学校も、現在では学生数は100人を切り、学校の統廃合案まで出ているような有様だ。
さて、城下を発って約1時間…、一団はユミディ川にあるジオス軍港に予定時間通りに到着し、先行していた本隊と合流した。
国の中心である王都が内陸に位置するジオスは、近辺で一番川幅が広いユミディ川に軍港を築いた。
ここから川を下り、大洋に出る。
ジオス領内の沿岸部は平地部が少なく、開拓して一定規模の港湾都市を築くには適さないのだ。
沿岸には最低限の物資補充が可能な漁村や集落がいくつか点在する程度である。
軍港のある位置の川幅はおよそ300メートル、水深も十分に深く、軍艦一隻なら十分に接岸出来る。
そしてすでに、一団が乗り込む、巨大な輸送船が待機していた。
これに乗って、およそ2週間の船旅を経て、ガノンの首都エクノカに到着する予定だ。
東西の大陸を、島一つない大洋によって隔てられたクアンペンロード。
だが、エクノカは西大陸から東に向けて大きく突き出た半島の先端に位置しており、現在の航海技術でギリギリ無補給での航行が可能な距離なのだ。
ところで、重装兵が遠征に適さない、そして魔導士が適任である大きな理由があった。
まず、長旅になるので、極力多くの食料や日用品を船に積み込む必要がある。
そうなると、彼らの重厚な装備は、船旅においては邪魔にしかならない。
一方、魔導士は彼ら自身が武力であり、そして万物の源でもある。
彼らは水や火など、無から有を作り出せる。
よって、難破遭難した場合でも、生き延びれる可能性が高いのだ。
さて現在、港では矢継ぎ早に、船への物資の積み込み作業が始まっている。
ジオス軍が使用する貨物用の馬車は、荷台がコンテナのようにそのまま取り外しが出来、荷台には車輪が付いていて、荷台ごと船に運び入れることが出来る仕様だ。
今から7年前に開発された技術で、これによって船への積み込み作業の効率が大幅に改善された。
先行していた本隊はすでに積み込みを終えていたので、作業は1時間もかからずに終了する。
こうして、軍港に到着してわずか1時間ちょっとで、アルテグラ一行を乗せた輸送船はガノンに向けて無事出航した。
船が大洋に出るのは出港して2日後の予定なので、それまでは高波もなく、船内は非常にゆったりとしている。
目指す戦地はまだまだ先で、船員間に気の緩みが蔓延し始める頃でもあった。
そんなある日のこと…。
「うわあっ!、な、なんだお前は!?」
食材の確認のために食糧庫に入った、料理番の叫び声が船内に響いた。
彼がその場で見たものとは……
食材を漁っていた、さらりとした白金色の長い髪を靡かせた一人の少女…。
少女は料理番の彼が動揺している隙を突いて、彼の横をサッとすり抜け、室外へと逃走した。
「おーい、誰かっ!、侵入者だ! 捕まえてくれ!」
少女は迷路のように入り組んだ船内を当てもなく逃げ惑うも、百歩程走った手前で、駆け付けた屈強な衛兵二人に呆気なく取り押さえられた。
よく見ると、年齢は恐らく10代前半の、あどけなさが残るが顔立ちが整った美少女…。
美しく虹色に輝く宝飾のペンダントを首に掛け、それを際立たせるように簡素で無地の白いワンピースを着用、腰に巻かれた革のベルトにはナイフを携えている。
「おい、こいつ武器持ってるぞ…! お前は一体何者だ?」
衛兵の問いかけにも、彼女は完全無言を貫き、観念したように陰鬱な表情を浮かべたまま俯いている。
「チッ、ダンマリかよ…。こいつ本当に何なんだ…?」
「うーん…コソ泥か、それとも密航者か…。それにしては小綺麗な身なりだが…。はっ!?、まさかガノンが送り込んだスパイじゃないのか? 色仕掛けで俺たちを籠絡するみたいな……」
「いやいや…、確かに可愛らしいが、色仕掛けするにはガキ過ぎるだろ…」
「ははは…、それもそうか……」
「何だお前?、満更でもないみたいだな…」
「アホか、そんなんじゃねえわ!」
彼らが少女をネタにして駄弁っている間も、彼女は一切表情を変えようとしない。
「う、うむ…。いずれにせよ、武器を所持した上に逃走し、こちらの質問にも一切答えない…。こんな幼気な少女であっても、不審者であることには変わりはない。とりあえずはセンチュリオン長官に報告だ。それまでこの娘は牢に放り込んでおこう…」
少女は衛兵に縄で縛り上げられて、船の最下層に設けられた簡易牢に拘禁された。
一方、ここは長官であるアルテグラの執務室。
「長官!、失礼致します!」
慎ましいノックの後、衛兵が威勢良く部屋に入って来た。
「何事だ?」
「はっ、船内食糧庫付近にて侵入者を発見、拘束致しました!」
「侵入者だと…?」
「はいっ、外見は年齢10代前半ぐらい、小綺麗な身なりで容姿端麗な少女なのですが…。しかし、武器を所持していた上に逃走を図り、しかもこちらの問いかけには一切応じない状況でして…。外見を装ったガノンの工作員である可能性もあります」
衛兵の報告を聞いたアルテグラは何かを察したのか…、軽いため息を吐いた後、彼に告げた。
「わかった…、私が直々にその侵入者とやらを尋問しよう…。そやつをこの部屋に連れて来い」
「か、畏まりました!」
衛兵が出て行った後、アルテグラは「はぁ…」と心労気味に深いため息を吐き、うな垂れるように両手を執務机の上に着いた。
誠に勝手ながら帰省のため、12/31〜1/4まで次話投稿をお休みします。
皆様、良いお年を!




