第20章 10.少女に見せた笑顔
ドカッーンッ!!!……グシャアアンッ!!!………
街に降り立った竜は、さながら特撮作品の怪獣の如く、本能のままに街を破壊し続ける。
以前アイシスも言っていた通り、この島に生息する竜は大変知性が高い生き物だ。
ただその一方で “魔獣” と呼ばれる通り、この島の生物は心身ともにマナが大きく作用している。
そのため、島特有の強力なマナを含んだ大気と、竜の持つ高度な知能とがイレギュラーに干渉し、ごく稀に自律神経が損なわれた凶暴な個体が現れることがある。
それが人々が言っていた “暴れ竜” の正体だ。
だが、“暴れ竜” は先天的なものではなく、竜にとっては一種の奇病のようなもので、ある日突発的に発生する。
よって、人々も対策のしようがなく、共存せざるを得ない自然災害として受け入れている。
ところで…
(あれ…、この人たちはデール族……、魔術が得意なはずなのに、どうして戦おうとしないんだろう……)
巨大竜に街を蹂躙される混沌の中で、クラリスはふと違和感を覚えた。
「あ、あのうっ……」
「何だよ、嬢ちゃん…、こんな時に……。お前らも早く逃げねえと、ヤツに踏み潰されちまうぞっ」
「すいません…。でも、何で皆さん、力を合わせて竜と戦おうとしないんですか…? 皆さんも魔術が使えるんですよね…?」
すぐ横を通った逃げる男に対し、クラリスは空気も読まずに呼び止めて尋ねる。
「はあっ?、何言ってんだ?、小竜ならともかく、あんなでかいヤツと戦えるわけねえだろ…! しかもあいつは竜の森のボスだぞっ…?」
男が言う “竜の森” …、この島の半分以上を占める広大な深い森で、竜たちの根城である。
「じゃあ、これからどうするんですかっ…? このままにしておくんですかっ…?」
「そんなわけないだろ…、館には何度も竜退治をしてる強者たちがいる。だが、ここまでのものになると、ルロド様直々に退治をしていただかなければならないかもしれんが……。とにかく、それまでの辛抱だ…、お前らも早く逃げろよっ…?」
男はクラリスとの会話をさっさと打ち切って、そのまま去って行った。
(そんな…、自分たちの大切なものを守ろうとすらしないなんて……)
男が言い分が全く理解出来ないわけではないが…、それでもクラリスは心の中に不純物が溜まるように釈然としなかった。
するとその時だった。
「クラリスッ、あれっ…!」
突如声を張り上げたリグ…、彼が指を差したものとは……
「ああっ、あんなに小さな子がっ…!?」
一人逸れてしまったのか…、二人の数十メートル先には、よたよた走りで逃げる小さな少女がいた。
だが、周囲の大人たちは自分たちのことで精一杯なのか、彼女の横を無情にも通り過ぎて行く。
(一体何なの……、あんな小さな子すらも見捨てようとするの……)
人々に対して感じていた違和感が、憤りへと発展していくクラリスだったが……
「あっ…」
その時、少女は足を躓かせて転んでしまった。
さらに運悪く、竜は少女の存在に気付いてしまったようだ。
グルルルルッ……
不気味な唸りを上げながら少女に興味を示す竜。
それはあたかも、手当たり次第の無機物の破壊に遊び飽きて、蟻一匹を痛ぶるように小さな命へと嗜好を変えたようでもあった。
ブァサッ……
竜は再び翼を広げて飛び立つと、少女とその周囲を巨大な影で覆う。
(どうしようっ…、あの竜、あの女の子を狙ってるっ…!?、何としなきゃっ……!)
クラリスは居ても立っても居られず、少女を助けようと決意する。
ところが…、それはリグの方が一足先であったようだ。
「クラリスッ…、今すぐ俺の脚に強化の術を掛けてくれっ…!」
「えっ…、リグくん…まさか……」
一瞬でリグの意図を理解したクラリス…、ただ判断をしかねて言葉を詰まらせるが……
「早くしろっ…!、時間がねえっ!」
「う、うん……」
リグの悲壮な叫びに押されたクラリスは、言われるがままに彼の足に身体強化の補助術を掛ける。
「よしっ…!」
竜が少女目掛けて急降下をしたその瞬間に、リグは一寸の迷いなくスタートを切った。
ゴオオオオッ!
周囲に風を吹き荒らしながら、槍の穂先のような凶猛な爪を立てて少女を急襲する竜。
一方、少女の元へと全速力で疾走するリグ。
(こんなデカい形してなんて速さだ…、風圧もヤバい…。でもっ、間に合うっ…!)
二次元座標で交差する横線と縦線の如く、二つは寸分の誤差もなく少女が倒れている位置で交わろうとしていた。
そして…
「うがああああっ…!!!」
「リグくんっ…!?」
とにかく少女を守ろうと、リグは咄嗟に彼女に覆い被さる。
そのコンマ数秒後に、竜の爪先が彼の背中を一刀両断する勢いで無残に裂いた!
さて、年齢一桁と思われるあどけない少女…。
心と思考を完膚なきまで叩き潰す圧倒的恐怖の前に、声や涙すらも流せず、ただ表情と体を硬直させたまま小刻みに震えている。
そんな中…
「だ……だい…じょう……ぶ…か……」
多量の出血で背中を真っ赤にさせたリグは、激痛で遠のく意識の中、虫の息で声を発した。
少女はそれに対し、ただ小さくコクリと頷く。
何故か、少女にはリグの言葉が通じたのだ。
「そ…うか………よか……た………」
生気のない少女を元気付けるように、真っ青な顔をニッと微笑ませたリグ…、そのままグッタリと気を失った。




