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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第4章 1.無謀過ぎた願い

これより第4章に入ります。

これまでは子供中心のお話でしたが、今章は大人中心のエピソードが主です。

少しですが、バトル描写と残虐描写も入ります。

また今章より、クラリス視点回と第三者視点回が交互するような進行となります。

よろしくお願いいたします!

 ついにリグの学校生活が始まった。

 くすんだ青色のジャケットとパンツに、赤色の紐タイとブロンズ色のブローチという学院の男子制服。

 そして学院生のシンボルとも言うべき、縁に金刺繍が施された、濃い紺色で肩を覆う短いローブと、王立の学校らしく、十字と三日月の月理教のエンブレムが刺繍されたベレー帽…。

 毎朝リグは、周囲の人間に、その姿を自慢げに見せびらかすように屋敷内を闊歩している。

 魔導教育学院は9歳から17歳までの9年制で、3年ごとに初等部、中等部、高等部と分かれている。

 現在11歳のリグは、初等部の3年次に編入することになった。

 登校初日は、さすがに神経が図太い彼でもカチンコチンに緊張していたが、その日のうちに仲が良い子が出来たのか、次の日には意気揚々と学校に向かっていた。

 そして私はと言えば…、相棒のリグがいなくなって一抹の寂しさはあるが、一方で邪魔をされず、自身の課題に取り組める時間が増えた。

 私の課題…それは補助術の習得。

 回復術と理屈は同じで、回復術がマナの時間軸を狂わす作用を応用して、それを治療に活かすように、補助術はそれを利用して、肉体の特定の部分を瞬間的に成長させることで強化をする。

 しかし、まずマナを取り込むという観念自体が、通常の魔術とは全くアプローチが異なる。

 森羅万象をマナを介して使役する通常の魔術は、術式を外に向けて放つイメージなのだが、マナを自身に取り込むそれらの魔術は、術式を自らの内なる魔素に向かって放つイメージなのだ。

 そのイメージを自身の中で構築するのに、どれだけ苦労したことか…。

 それでも、そのイメージ作りに数ヶ月も費やして、ようやく完成に漕ぎ着けた。

 そして、リグがいなくなって集中できるようになった今…、ようやく術として大成しようとしている。

 森の中の修練場で…、自身の右腕に対して身体強化の術を使用してみる。

 魔素を昂揚させて、それを術式と一体化させるイメージ…、そして周囲の大気中のマナを右腕に(まと)わせるように集めるイメージ…。


 …………………………


 なんだか右腕が熱い…重い…。

 見た目の変化はないが、内側からの筋肉の膨張を皮膚が引き締めて、腕の形状を保っているような感覚だ。

 これは今、私の腕に術が掛かっているのか…?

 試しに、近くの大木を突いてみる。

 すると…


 ズンッ!!!


 重厚な物体同士が衝突したような、重々しい音が周囲に響き渡った。

 さすがに木は倒れなかったが、枝は嵐が直撃したように大きく揺れ、幹に留まっていた虫がぽとりぽとりと落ちて来る。

 そして、木を突いた右腕はひどく痺れて、暫し動かせそうにない。


(なるほど…、これが術の反動か……)


 これを克服するには、何度も何度も演習を重ねて、慣れていくしかなさそうだ。

 ともあれ、ようやく念願の術を完成させたのだ…、私は達成感と充実感で胸がいっぱいだった。

 リグがいなくなって、ようやく完成に至った補助術…。

 まるでリグが邪魔者みたいな物言いだが、一方で、術の成功を彼と一緒に喜びたかったという想いもある。

 やっぱり一人は寂しい……

 そして、まるで生き甲斐を見つけたように、毎日ウキウキで学校に向かうリグを見かけると、心なしか羨ましさを感じる。


(学校か…)


 まあ、私には行ける機会は訪れないのだろうが、そんなにも楽しい場所なのだろうか。

 術を完成させて一段落してホッとしたのか…、そんな他愛もないことが頭を過ぎった。



 ちょうどその頃だった、きな臭いニュースが飛び込んで来た。

 ガノンの街で反体制派が一斉蜂起、内戦が勃発したというのだ。

 そう言えば、()の地で私とお義父様が出会った時、彼はガノンの反体制派との密談のために、あの街に潜入していたのだった。

 つまり、ジオスはずっとガノンで反体制派の蜂起を促すための、内部工作を行なっていたのだ。

 しかし私の関心事は、そんな政治的な事情ではなかった。

 今もあの街で奴隷として虐げられている人々のことだ。

 そしてその中には、ただ商品として生かされるだけの絶望に打ち(ひし)がれていたあの頃…、唯一の心の支えになってくれた、記憶の中では私の初めての友達であるジェミスもいるはずだ。

 彼女は無事なのだろうか…。

 私は気掛かりで居ても立っても居られなくなった。

 そのニュースが私の耳にまで届いてから、1週間後のことだった。

 トテムも含む、私たち兄弟全員がお義父様に呼ばれた。

 呼ばれた部屋は、私が初めてこの屋敷に連れて来られた時、皆と面会をした部屋だった。

 実はこの部屋は、私を皆の前で紹介した時のように、重大な用件でない限りは普段使われることがない。

 つまり、この部屋に集まるよう指示があった時点で、ただ事ではないと予測がつく。

 私の時は思いっきり遅刻して来たリグも、この日ばかりはちゃんと時間通りにやって来た。

 部屋内は、テーブルを挟んで対に配置されているソファーに、一方にトテムとリグ、もう一方に私とフェルカ、男女分かれて座っていた。

 そして、中央奥の単座のソファーに座るお義父様が、徐に口を開いた。


「さて…、皆に集まってもらったのは他でもない。父は3日後に王国魔導部隊を率いてガノンに向かう。よって、1ヶ月半ほど家を留守にすることになる。留守中のことはよろしく頼む」


 実のところ、お義父様が長期間家を空けることは、それほど珍しいことではないようだ。

 現に、私を連れて来た時なんかは、数ヶ月も家を留守にしていた。

 しかし、今回はこれまでとは事情が異なる。

 部隊を率いて戦地に赴くのだ。

 無論、あくまでガノンの体制派と反体制派との内戦ではあるので、戦闘の主体はジオスではない。

 すでに趨勢は反体制派の勝利確定で進んでおり、お義父様が魔導部隊を率いて彼の地に乗り込む理由は、残党の掃討作戦が主らしい。

 また彼は彼で、現地の反体制派幹部との終戦処理に向けての会談という、国から与えられた仕事があるとのことだ。


「お任せ下さい、父上。このトテムが留守中、家中をしっかりとまとめてみせます」


 トテムが表情変えずに淡々と、お義父様に対して返事をする。


「うむ、他の皆もよろしく頼んだぞ」


「はい…お父様…。必ずご無事でお戻りくださいね…」


「父上、帰って来たら武勇伝聞かせてくださいよ!」


 その場で、皆がお義父様に対して言葉を贈る中…、私だけは言葉を出せずにいた。



 それから数時間後…、夜も遅くなり、皆が就寝する時間間近になった頃、私はネグリジェ姿のままでお義父様の執務室を尋ねた。

 先ほどのあの場で、私はどうしても彼に言いたかったことがあった。

 しかし、あの場で口外するのは憚られる内容だったし、私も心の準備が十分に出来ていなかった。

 それでも…、お義父様に伝えたくて、居ても立っても居られない…。

 私は衝動的に、寝間着姿のまま部屋を飛び出たわけだ。

 彼はガノンでの会談や作戦に向けて、念入りに情報収集や研究をしており、彼の夜はまだまだ長く続きそうな様子だった。


「お忙しいところ申し訳ありません、お義父様…。どうしてもお話ししたいことがありまして……」


「構わん、入りなさい」


 彼は落ち着いた声でそう言って、私を部屋の中に招き入れた。


「まあ、掛けなさい」


 お義父様は私にソファーに座るよう促し、さらに執務机の上に置かれている銀製のポットに入った紅茶を、カップに注いで出してくれた。

 思いがけぬお義父様の給仕に、私は少し畏まり、「あ、ありがとうございます…」と辿々(たどたど)しくお礼を言う。


「それで、話とは何だ?」


「は、はい…、まずお聞きしたいのですが、ガノンでの掃討作戦には、あの街で奴隷として虐げられている人々の救出は入っているのでしょうか…?」


「……作戦には入っていないな」


「そうですか…」


 望みを一言で否定され、落胆する私を尻目に、お義父様は話を続けた。


「しかし、個々の作戦の遂行過程において、結果としてそのような状況も起こり得よう。それに奴隷の解放は人道的な観点から我々の大義名分にもなり得る。我々にとっても悪い話ではない」


「本当ですか…!」


 落胆して曇った私の表情が、瞬時に希望に満ちたのものに切り替わった。

 そして、暫しの沈黙が流れ…、私は本題に入ることを決意した。

 どう考えても一蹴される内容だ、言うだけ無駄なのかもしれない…。

 それでも…どうしても私はお義父様に伝えたかった。

 それは、私とお義父様との出会いの原点でもあるから…。


「お義父様、折り入ってお願いがあります」


「何だ?」


「私を…私をガノンに連れて行ってはいただけないでしょうか…?」


「ダメだ」


 彼の返事は即答だった。

 それはもう、私の心の内を読んでいたかのように…。


「お願いします、お義父様! あの街で、奴隷として虐げられている人たちを助けたいんです!」


「……お前が助けたいのは…、あの日、街ですれ違った奴隷の娘のことか?」


 お義父様はジェミスのことを覚えていた…!

 完全に図星を突かれて押し黙る私を(たしな)めるように、彼はさらに話を続ける。


「お前の感情は理解出来る。しかしこれは国と国との問題だ、そこに個人の感情が介入する余地は一寸もない。そして百歩譲って、お前のその感情が正しかったとしよう。齢13歳の小娘に過ぎないお前が、その娘を救うために何が出来ると言うのだ? 身の程を弁えろ」


 お義父様の辛辣ながら正鵠(せいこく)を射た指摘に、私はぐうの音も出なかった。


「差し出がましいことを言って申し訳ありませんでした…。失礼します…」


 お義父様の答えはわかっていたはずなのに…、彼の言葉に酷く落胆し、また自身の願いを諦め切れない私は、静かに部屋を後にした。


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