第19章 8.激戦を経て...
そして、数時間後…
髪の毛一本程度の緊張すらも緩められない状況下で、いつしか船員たちは時間の経過を完全に忘れていたようだ。
ある瞬間、彼らはハッと気付かされた。
「お、おいっ…、敵の船があんなに遠くになってるぞっ…!? 俺たち…、逃げ切ったのかっ…?」
「ほんとだっ…!、この船を守ることだけで頭がいっぱいで気が付かなかったっ……」
「やったぞぉっ…!、チームアスタリアの勝利だっ…!」
「うおおおおっ!、見たかっ!、これぞヴェッタの誇りっ、全裸男魂じゃあああっ!」
海原の遥か彼方で、敵船が眼前からフェイドアウトしていく光景…。
船員たちはついに、敵の魔の手から見事逃げ切ったことを強く実感して歓喜する。
「よしっ…!」
そんな男たちの大歓声を流し聞きながら、操舵室のアスターは強く拳を握り締めて、人目憚ることなくその喜びを露わにした。
するとその時…
「お喜びのところ失礼致します、アスター様…。どうやらここから先は、沿岸から沖合までしばらく浅瀬が続いているようです。この大船ですと、沿岸に沿っての航行は岩礁に衝突する危険性があります。ただでさえ先程の戦闘で、船体は所々損傷しておりますし…。ここは一旦、沿岸から距離を取って迂回する航路を提案致しますが…、いかがでしょうか?」
ベテランの操舵士がアスターに意見する。
ちなみに、ジオス側がミグノン連邦政府に送った書簡には、王国についての詳細な資料も添付されており、事前に地理の把握が出来ていた。
「うむ、皆の頑張りによって、幸いにも燃料に余裕も出来た。航海経験が豊かなあなたの判断に任せよう」
「かしこまりました」
………………………
そういうわけで、沿岸から離れて再び大洋へと出たアスタリア号。
船員たちは損傷した箇所の修復作業に勤しんでいる。
皆忙しなく動きながらも、一致団結して九死を凌いだ彼らの顔は、とても朗らかで活気に満ちていた。
そんな中で、アスターとアンピーオ。
「あなた方の尽力によって、我々とこのアスタリア号は一命を救われた…。船員皆を代表して、深く礼を申し上げます」
「いえ…、頭をお上げくださいアスター様…。むしろ、私たちの方こそ感謝のしようがありません…。それに、これは私たちだけでない…、チームアスタリア皆で守り抜いた勝利ではありませんか?」
「ふっ…、そうだな…、あなたの仰る通りだ…アンピーオさん……」
二人は互いに、激戦の労をしみじみと労わり合った。
すると…
「ところでアンピーオさん、あなたに少々伺いたいことがあるのだが……」
「何ですかな…?」
気を取り直して、アスターがアンピーオにぶつけた質問…、それは……
「あなたの著書 “虫になった男” …、その結末は、主人公の男が己が捨てた妻子を悪漢の手からその身を呈して守り抜き、人知れずゴミムシのように無様に野垂れ死ぬ……、そして最後は華麗な蝶に転生し、慎ましながらも幸せに暮らす彼女らを見守り続ける……。アンピーオさん…、これにはもしかして、あなた自身の悔悟と決意…、そして願望が込められているのではないかな?」
「何故…、そのようなことをお尋ねになるのです…?」
「なあに…、大した意味はない…。文芸愛好家としての性でね…、名作にはその作品が書かれた背景というものを、どうしても考察してみたくなるんだ…。その感覚はあなたにもわかるだろう?」
「そうですなぁ…、確かにお気持ちはわかります…。しかし、物書きの立場から言わせていただくと、かような考察は自身の想像の内であるからこそ、趣深く感じられるのではないですかな? 答えがわからないからこそ面白いというものが、この世にはあるのです。よって、ご想像にお任せ致しますよ…」
「ふっ…、無粋なことを聞いてしまって申し訳なかったな…」
「いえ…、こちらこそ、ご期待に添えず申し訳ありません…」
作家サーニーとしてではなく、アンピーオという一人の男が背負うものに強い関心を抱いたアスター。
だが、自身よりも人生の巧者であるアンピーオに絶妙にはぐらかされて、彼は苦々しく表情を和らげた。
さて、一方のクラリスとリグ。
二人は甲板デッキの手すりにだらんと寄り掛かりながら、激戦の後の憩いの時間を過ごしていた。
「ふぅ…、何とか無事乗り越えられたみたいでよかったね。一時はどうなるかと思ったけど……」
「そうだなぁ…、それにしても伯父様すごかったよなぁ〜、昔から強い強いとは聞いてたけど、あんなにすげえだなんて…。もしかしたら、父上よりも強いんじゃないか…?」
「うん…、でも、私たちも頑張ったって思わない? 最初は私たちなんかかが行って大丈夫かなって不安だったけど…、これだったら、きっとレイチェル様の…みんなのお役に立てるんじゃないかな?」
「お前がそんなこと言い出すなんて珍しいな…。でもそうだな…、なんやかんやでいい自信にはなったよな。よおしっ、フォークに着いたら、思いっきりひと暴れしてやろうぜっ! もしかしたら俺たち、そのまま魔導部隊にスカウトされちゃったりな!」
「うーん、それはどうかなぁ…。でも、私たちは元々宮廷魔導士になるために、厳しい修行に励んでいたわけだもん…。もしそうなったら、天界のお父様も喜んでくれるかもねっ」
「だなっ!」
お調子に乗って無邪気に燥ぐリグを見て、クラリスは微笑ましく答えた。




