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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第1章 3.初めての温もり

 ある日の夜のこと、私は屋敷の檻の中で、初日に馬車の車内で声を掛けた少女に話をしてみた。

 長身で橙色に近い胸元ぐらいまで伸びた髪…、一見すると無愛想で気が強そうに見える、キリッとした顔立ちの美少女だった。

 私たちは勝手に言葉を発することすら許されない。

 だから屋敷に帰っても、互いに口を利くことはなく、檻の中では皆無言で、ただ明日が来るのを待っている。

 それでも私は、彼女が私のせいで暴力を受けたことをとても後ろめたく感じており、せめて一言謝りたかったのだ。

 私は男たちの監視の目を盗んで、小声で彼女に話し掛けた。


「あの…このあいだはごめんなさい…。私が余計なことを言ったせいで、あなたをあんな目に遭わせてしまって……」


 彼女は俯いたまま表情を一切変えない。

 私が返事を諦めかけたその時、ようやく彼女は口を開いた。


「別に気にしなくていいよ…。殴られるなんていつものことだし……」


 気力なくそう言った彼女の手足を見ると、所々に痣が出来ている。

 私も含め、他の少女は痣までは付けられていないのに…。


「……でも…ごめんなさい…」


 反応に困った私は、ただただ彼女に謝った。

 その様子を見ていた彼女が、意外にも一瞬微笑んだ気がした。

 そして、私に優しく語り掛けるようにこう言った。


「あんた変わった子だね…。ここじゃ自分が生き残るのに皆精一杯なのに、他人に気を掛けられる奴なんて初めて見たよ…」


 彼女は、物悲しい感慨深げな表情を浮かべた。

 私はこの時初めて、ここの少女たちの感情が宿った表情を見た。


「……あんた、名前なんて言うの…?」


「ク、クラリスです…」


「そう…可愛らしい名前だね…。アタシの名はジェミスって言うんだ。あんた、いつもシーツなしで寒いだろ? アタシので良ければ入れてあげるよ。こっちにおいで…」


「あ…ありがとう……」


 そう言って、ジェミスは私を彼女のシーツの中に入れてくれた。

 この生活環境にも慣れて、悪臭も気にならなくなっていた私は、彼女の肩に寄り掛かり、彼女の体温で温まったシーツの中で、ここに連れて来られて、初めて安らかに眠ることが出来た。



 そんなわけで、私とジェミスは檻の中で交流を深めていった。

 男たちの目はもちろんのこと、悪目立ちしないよう、他の少女たちの目も気にしながらだが…。

 話を聞くと、彼女は元々は他の主人に仕えていた奴隷だったが、飽きられてあの男の元へ売り飛ばされたらしい。

 手足の痣は、以前の主人にやられたものが主らしいが、あの男たちからも、どうせ傷物だからと私たちよりもぞんざいに扱われている。

 彼女の、芯の強さを感じさせる凛々しい佇まいも、男たちからしたら気に食わないのかもしれない。

 それでも、ジェミスはまるで実の姉のように、私に優しく接してくれた。

 この生き地獄のような世界で、彼女だけが唯一の救いだった。

 それは、彼女にとってもそうだったのかもしれない。

 ある日の夜、皆が寝静まった檻の中で、同じシーツに包まれて、彼女は私にこう言った。


「アタシはあんたに出会えて良かったよ…。たぶん、アタシはもうそう長くはない…。最後に楽しかった思い出をありがとう……」


 彼女の言葉の真意がとても気になるが、それを聞き出す勇気は私にはなかった。


「いや…そんなこと言わないで…ジェミス……」


 そう悲しげに、目に涙を浮かべて呟く私を見て、彼女は徐に両手を上げた。

 食事と入浴の時以外は、私たちの両手首には常に鉄製の手枷が嵌められ、それは長さ30センチほどの鎖で連結されている。

 その重量は痩せこけた私たち少女には結構な負担であり、普段私たちは、自ら手を上に上げる機会はない。

 それでも、ジェミスは力を振り絞って重い枷と鎖を引き上げ、私の頭を彼女の胸元まで寄せて優しく頭を撫でてくれた。

 私は、目に浮かべていた涙が溢れ出し、ただただ悲しくて切なくて、彼女の胸元で泣いた。



 次の日、彼女が自身の結末を知っていたのか、予測していたのかは知る由もない。

 ちょうど正午過ぎだったか…、主人の手下の一人が「おい、出ろ」と一人の少女の腕を引っ張る。

 引っ張られたのは……ジェミスだった。

 連れて行かれる彼女に思わず手が伸びたが、それが私の出来た精一杯のことだった。

 彼女は枷と首輪はそのままの状態で、一人の中年の下衆な笑みを浮かべた男に連れて行かれた。

 彼女はあの男に買われて行ったのだ…。

 ジェミスが檻から出されて、男に連れて行かれて、その姿が見えなくなるまで、私と彼女は視線を逸らさず見つめ合っていた。

 彼女の目には涙が浮かんでいたが、決して悲観した表情ではなく、むしろ覚悟を決めたような心の強さが表れていた。

 それはまるで、私に「強く生きろ」と、私を勇気付けてくれているように見えた。

 そして、彼女の姿が見えなくなった次の瞬間…、私の目の前の、色鮮やかな街の風景が白黒に変転していく感を覚えた。

 恐らく、唯一の光が突如失われてしまったからなのだろう。


「ジェミス……ジェミス……」


 その日の夜、私は隣に誰もいない冷えたシーツの中で、一人彼女の名を曇り声で囁きながら咽び泣いた。

 それでも…、人間とは何とも(たくま)しく、そして薄情で虚しいものだ…。

 悲しみにくれたほんの数日後には、再び私は他の少女たちと同じように、無気力無感情にこの地獄を生き抜くこととなった。


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