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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第3章 4.リグの叫び

「ク、クラリス…! お前ら、一体何のマネだ!」


 激昂したリグの右手が赤く発光している…!?


(ま、まずい……!)


「ダメよ、リグくん…!、街中で術を使っちゃ!」


 (おのの)いて言葉も出なかった私から、咄嗟に出た迫真の言葉で彼は我に返ったのか…、昂揚させた魔素を抑えた。

 そして、少年たちが思わず怯んで、私の体を掴む力が弱まった隙を見て、私は彼らの手を振り(ほど)き、リグの元へと逃げ込んだ。


「大丈夫か、クラリス?」


 私の手を拘束してるベルトを外しながら、リグが私に声を掛ける。

 解放されたばかりで、恐怖と動揺でまだ心の整理が付かない私は、リグの問いかけにただ頷いた。


「おい、お前ら、これはどういうことだ!」


 リグは改めて少年たちを問い詰めるが、彼らはもう、リグの言葉に聞く耳を持たない様子だった。


「チッ、興が冷めたぜ…。くっだらねえ…、気晴らしに売女と一発ヤりに行くか…」


「おい、こら、ちょっと待てっ!」


 リグの言葉を無視するように、路地の奥へと消えようとする彼らに対し、リグが後ろから飛びかかる。

 しかし、腕力では到底彼らに敵わず、リーダー格の少年にいとも容易くはじき飛ばされて、リグは地面に倒れ込んだ。


「ウゼえんだよ、てめえ! 一度親切にしてやっただけで、俺らに付きまといやがって。お前が俺らの友達…? ふざけんな、贅沢三昧の金持ちの坊っちゃまに俺らの気持ちがわかってたまるか!お前は俺らの金ヅルに過ぎなかったんだよ!、クソがっ!」


 少年はそう本心を吐露して、地面に「ぺッ!」と唾を吐き捨てて、仲間とともに去って行った。

 この時、私は気が張り詰めていた。

 それは、彼らに裏切られて憤怒に駆られたリグが、また術をぶっ放そうとするのではないかと思ったから。

 しかし、その心配は杞憂に終わった。

 彼は怒りなんかよりも、もっと酷い悲しみに打ち(ひし)がれている様子だったからだ。



 少年たちに破かれたブラウスを、(うずく)るように両手で押さえている私を見て、リグは自分のシャツを脱いで、無言で私の背中に掛けてくれた。


「ごめんね…リグくん…。あと、助けてくれてありがとう……」


「いや…謝るのは俺の方だ…。俺のせいでこんな目に遭わせちまって…本当にごめん……」


「ううん…気にしないで…。そんなことより、あの人たちとはどういう付き合いなの? 『親切にしてやった』とか言ってたけど……」


「うん…、実は1年前ぐらいからこの街には隠れて来ててさ…。屋敷に閉じこもってたんじゃ絶対体験出来ないようなスリルや非日常感があって…それが面白くて……。でもある日、調子に乗って路地奥まで入ったら、タチの悪い不良連中に絡まれたんだ…。術を使えばやっつけられたのかもしれないけど、その時は初めてのことで本当に怖くて、魔素を喚び起こす心の余裕もなくてさ…。だって、奴ら、普通にナイフとか持ってるんだもん…。そんな時、たまたま通りかかったあの連中が、不良たちをやっつけて助けてくれたんだ。それからかな…、あいつらを慕って一緒に行動するようになった。だから、根は悪い連中じゃないんだ…。むしろ俺が濡れ落ち葉みたいに、しつこく付きまとってたのが悪かったんだ……」


 リグは夢から醒めて、厳しい現実を突き付けられたように…、酷く落胆しながらも素直に語った。


「……リグくん…、お友達が欲しかったんだね……」


 その時、彼の話を聞いて、私が呟くように発したその一言で、消沈していた彼の様相が一変した。 


「ああ、そうだよっ!」


 彼は私に突っ掛かる勢いで、突然声を荒げたのだ。


「俺だって、普通に外で遊びたかったし、学校にだって行きたかったさ!それなのに、家の方針だとかで満足に外にも出れず、何でもかんでも家の中…、そんなんで友達なんて出来るわけないだろ! あいつらは名家の俺に『俺らの気持ちはわからない』とか言うけどよ…、俺だって好きであんな家に生まれたんじゃない…!、名家の子供の何が良いってんだ! クッソ…何がセンチュリオンの品格だよ…あんな家なくなっちまえばいいんだ……」


 リグは涙目になりながら、その悲痛な感情を私に対して吐き出す。

 それでも私は……


「……そんなこと言っちゃダメだよ…。帰るべき家があって、そこで帰りを待ってくれている人がいる…それはとても幸せなことだと私は思う……」


 リグの心痛な気持ちは理解してあげたい…、でも、その最後の一言がどうしても心に引っ掛かって、私は彼に異を唱えた。

 ガノンの街で檻の中から見ていた街行く親子…、フェルトの夜の繁華街で、親に連れられて楽しそうにしている私と同じ年ぐらいの子供たち…、長旅の末ジオスに到着し、待ちに待った愛する人を出迎える人々…

 それらの光景を見る度に、私は羨ましさやら切なさやら侘しさで胸が張り裂けそうになったものだ。

 まだ齢10歳ちょっとで人生経験に乏しい私だが、どんな境遇であろうと、帰るべき場所があり、帰りを待ってくれている人がいることは、それだけでとても恵まれたことなのだと……、それだけは確信を持って言える。

 自分で言うのもなんだが、私の言葉には一応の重みがあったのだろう…。


「ごめん…言い過ぎたよ……」


 リグは毒気が抜けたように、反省した様子で謝った。


「さあ、もう帰ろう? 早くしないと門限に間に合わないよ?」


「うん…」


 すっかりしおらしくなったリグを連れて、私たちはこのロクでもない街を後にした。



 屋敷に帰る途中、私はリグに尋ねた


「ところで、何で私を誘おうと思ったの?」


「あいつらのこと友達だと信じてたしさ…、お前と一緒ならもっと楽しいんだろうなと思ったんだ…。お前と楽しいことを共有したかった。でもあんなことになってしまって…本当にごめんな……」


「そうだったんだ…。でも、その気持ちは嬉しいよ、ありがとう…」


「ああ…」


 彼は顔を掻く仕草をしながら、気恥ずかしそうに呟いた。

 さて…、森を抜けて無事我が家に帰って来たのはいいが、問題はここからだった。

 二人とも土にまみれて薄汚く、私はリグのシャツを羽織っているし、リグに至っては上半身は下着一枚のままだ。

 とにかく、この有様を人に見られるわけにはいかない…、何とか誰にも目撃されずに自室に戻らねば…。

 私たちは庭園の草木に隠れながら、ネズミのようにすばしっこく移動する。

 そして、ようやく屋敷の建物までたどり着き、恐る恐る扉を開けようとしたその時だった。

 背後から見つかってしまった…。

 しかも、この状況で一番出会いたくなかった人……フェルカに……。


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