第2章 10.見せられない秘密
そして陽は昇り、雑多な鳥の鳴き声が朝の清々しい澄んだ空に響く頃…
「うへへへ…お姉様いい匂い………あれ…お姉様こんなに痩せてましたっけ…?、……何だか髪も短か………………うわあぁっ!!!」
フェニーチェの悲鳴が、辺り一帯に響く。
「な、なに…何なの…? 何であんたがここにいるわけ…!?」
目覚め直後で混乱するフェニーチェは、さっきまで抱き枕代わりにしていた、隣のターニーに問い質そうとするが…
「えー、これも食べていいんですかあ……むにゃむにゃ……」
ターニーもこれまた幸せそうな寝顔で熟睡しており、全く起きる気配はない。
「ちょっと、お姉様…、これどういうことなんですかっ!?」
ターニーを諦めた彼女が、動揺と憤りが入り混じった表情で私に詰め寄る。
「う、うん…、ちょっとこれには色々と事情があってね……」
「事情って何なんですかっ! ……まさか、わたしだけじゃ飽き足らず…、他の子にも手を出して……浮気ですか!?」
「な、何言ってるの…? ちょっと落ち着いて…!」
私とフェニーチェがそんな茶番を演じていると、ようやくターニーが目覚めた。
「むにゃ……あ…、お姉さん、おはようございます…」
「ちょっと、あんた!、わたしのクラリスお姉様に何したのよっ!」
怒りの矛先を、私からターニーへと変えたフェニーチェが突っ掛かる。
「な、何って…、お姉さんと二人で、夜の森の中でお話ししていただけだけど…」
「えっ…何それ……、それってデートじゃないっ! ひどいお姉様…、わたしのこと誑かしていたのね…!」
フェニーチェは取り乱し、ついには目に涙を浮かべ始めた。
「ごめん…ターニーちゃん、このままじゃ収拾が着かないし、あのこと、この子に話してもいいかな…?」
「……いいですよ。私はお姉さんを信じます…」
「ありがとう…」
こうして、私はターニーの了承を取って、泣きじゃくるフェニーチェを宥めながら、彼女のことを話した。
彼女が私のことを信じると言ってくれたのは、森の中で私が『センチュリオンの子供は皆、彼女を受け入れてくれる』と話したことだろう…。
ようやくフェニーチェは泣き止んだが、顔を少しムッとさせて押し黙っている。
その様子をターニーが不安げに眺めていた。
気まずい沈黙がしばし部屋中を流れて…、ようやくフェニーチェが言葉を発した。
「……あなた本当に動物をお話しすることが出来るの…?」
「う、うん……」
「すごいじゃない…。あの…その…もし良ければなんだけど…わたしにも見せてもらっていいかしら…」
「うん…もちろん!」
気恥ずかしさと後ろめたさが入り混じった様子で、ターニーにお願いするフェニーチェに対し、彼女は初めて見せる満面の笑みで返事をした。
私とターニーは、一瞬顔を合わせて笑顔を交わす。
続けて、フェニーチェが私に言った。
「あの…お姉様……、勘違いしてご迷惑掛けてごめんなさい……」
「いいよ…気にしないで」
彼女はまずはしおらしく謝った。
これで一件落着と安堵していたのだが…、ここから彼女の様子がおかしくなる。
「でも……勘違いさせるようなことをしたお姉様も悪いと思います!」
「えっ……?」
「責任を取ってください!」
「えっ…責任って何…?」
「そうですねえ…。では、わたしと一緒にお風呂に入ってください。それで許してあげます!」
フェニーチェはやや上から目線ながらも、屈託のない笑顔でそう要求した。
その笑顔はとても無邪気で可愛らしく、そこに悪意は一切感じられない。
きっとただ単に、私とお風呂に入りたいだけなのだろう…、このまどろこしい茶番も、その口実を作るための浅知恵に過ぎないのだろう。
でも私は……
「ごめんね…ちょっとそれは無理かな…。他のお願いなら聞いてあげるから…、他のにしよう、ねっ?」
「えー、なぜなのですか!? わたしはお姉様とお風呂に入りたいです〜! 女同士なんだし、いいじゃありませんか!」
フェニーチェはそう言って執拗にせがむが、私にはどうしても人前で裸を見せられない理由があった。
何とか彼女が諦めてくれるまで粘るも、彼女は駄々を捏ねて一歩も引こうとしない。
次第に苛立ちと焦りが積もり…、それがついには彼女の方へと向いてしまった。
「いい加減にしてっ!、無理なものは無理なの! どうしてわかってくれないの?」
衝動的に激情に駆られて…、我に返った時には、目に前にはとても悲しげな表情を浮かべたフェニーチェがいた。
「……無理なお願いをしてごめんなさい…。失礼します……」
彼女は感情を押し殺したような小声でそう一言告げて、部屋を出て行った。
私が人前で裸を見せられない理由…、それは言うまでもなく、今なお臀部にしっかりと焼き付いている『No184』の奴隷痕だ。
もう過去は振り返らないと心に決めたが、それはあくまで思考の上での話だ。
その痕跡を目の前に見せ付けられれば、否応にも、本能があの忌まわしい記憶を再生してしまう…。
だから私は、この屋敷に来て以降、一度も鏡で自分の裸の後ろ姿を見たことがない。
フェルカからも、最初の頃はよくお風呂に誘われたが、拒み続けているうちに、彼女も察して何も言って来なくなった。
ただ、初めて魔術の発動に成功して、気を失ってリグに運び込まれた時、フェルカが私の体を拭いてくれたようだが、ひょっとしたら、その時に彼女に焼印の痕を見られているのかもしれない。
気にはなるが、聞くのが怖いので、そのまま気にしていない振りをしている。
フェニーチェは『私が何者であろうと関係ない』と言ってくれたが、果たしてこの奴隷痕を見ても、同じ反応をしてくれるのだろうか…?
もちろん、彼女の私への想いを無下にするつもりは毛頭ない。
それでも、視覚の効果というのはとても強大だ…、私の体を見て、彼女の私に対する目が少しでも変わってしまうのではないか…、それが今の私にはとても怖かった。
ところで、私たちのやり取りを側で見ていたターニー…。
「ごめんね、ターニーちゃん…。取り乱してしまって……」
「いえ…、お姉さんのお気持ちは何となくわかります…」
「それは…、心を読み取る能力とか…そういうのなの…?」
「いやだなあ…そんなのじゃないですよ…。ちゃんと人として気持ちがわかるってことです。だって私たち…、どこか似ているんでしょう?」
「うん…。あなたの姿が、昔の…この屋敷に来たばかりの私の姿とすごく重なった…」
「私はお姉さんから勇気をもらいました。あなたのおかげで変われそうな気がします…。お姉さんの過去と私の過去を一緒くたに考えるなんて、無神経かもしれないけど…、お姉さんも変われるんじゃないですかね……」
ターニーは切なげな笑顔を浮かべて、そう言ってくれた。
それに対し、私は力なく、「うん…そうだね……」とだけ答えた。




