第2章 6.令嬢としての責務と矜持
「お、お義父様…! なぜここに………えっ…あの……」
思わず戸惑いの声を発する私に対し、お義父様は一顧だにせずに腕を掴んで、引きずり出すように私を来客たちの前に連れて行った。
「こ、これはセンチュリオン卿……」
お義父様の突然の登場に、彼らは激しく動揺した様子で言葉を詰まらせる。
当惑する私を尻目に、お義父様は普段は見せることのない、物腰柔らかで意気揚々とした態度で彼らに話し掛けた。
「各々方、お楽しみいただいておるかな? 貴殿らにはお初にお目に掛かると思うが、これが当家次女のクラリスになります。さあ、クラリス、皆様にご挨拶なさい」
「……は、はじめまして…、当家次女…のクラリス・ディーノ・センチュリオンです…。よろしくお願いします…!」
いきなりお義父様から自己紹介を振られて…、私は酷く焦ったが、これも今までずっと彼に付き従って来た慣れだからか……
私はすぐに言われるがままに、彼らの前で両掌を重ねて頭を深く下げ、辿々しくも自己紹介をした。
お義父様は、自己紹介を終えた私の頭上にポンっと大きな掌を乗せると、そのまま彼らとの話を続ける。
「この娘は荒削りな部分はあるが、この齢で多属性高出力の術を発動させるなど、類い稀に見る魔術の素質を持っておりましてな。そして、何より麗しく気立ても良く、家族や我が家の家人皆から可愛がられておる。本当に自慢の娘ですな、ふっはははははっ…!」
お義父様は来客たちの前で、わざとらしく大きな笑い声を上げて、まるで威圧するかのようにそう言い放った。
そんなお義父様を見た彼らは、彼のその異様な気配に、たじろいでいる様子だ。
「さて、先ほどから貴殿らが、この私の娘について何やら語っていたかのように見えたが…? いやはや…そこまでお褒めいただけると、親としては嬉しいが、心がむず痒い心地になりますなあ…。親馬鹿冥利に尽きるとはこのことか、はははははっ…」
お義父様は冗談っぽく軽快に笑ってみせたが、その目は笑っておらず、突き刺すような鋭い眼光で来客たちを睨み付けていた。
「そ、そうですとも…! 誠にこんなにも麗しい御令嬢をお持ちで…、本当に羨ましいですなあ…。は、はははは……」
「ほ、本当に可愛らしいお嬢様ですわ……」
「で、では私たちはこれにて……」
お義父様の眼光に威圧され、すっかり萎縮してしまった来客たちは、各々そう言い残して、逃げるようにその場から去って行った。
こうしてテラスには、私とお義父様の二人きりとなった。
私はもう、彼のことを嫌というほど知っている。
この人はとても厳しく、そして不器用だ…。
傷心している私に対して、優しい言葉をかけたり労わるような芸当なんて、てんで出来ない。
もちろん…、この時もそうだった。
「クラリス、下を向くな。顔を上げろ」
まず、俯く私に、お義父様はそう命じた。
顔を上げて彼の顔を見上げた私に、いつもの冷厳で淡々とした口調でこう告げた。
「今この場で、私がお前に言うことはただ一つ…、センチュリオン本家の令嬢として、その身分に恥じない気品ある堂々とした振る舞いをしろ。わかったな?」
その言葉は生半可な優しい言葉なんかよりも、よっぽど深く私の心に染みた。
そして、その言葉で私は目が覚めた。
そうだ、いつまでも過去に囚われてウジウジメソメソしてちゃいけない…。
今の私はセンチュリオン本家の一員、センチュリオンの名を背負ってるんだ…。
今の身分を与えてくれたお義父様のためにも、精一杯、本家令嬢としての役割を果たさなくては…!
「はいっ、お義父様!」
彼の言葉に対して私は、一切の葛藤と苦悩が打ち解けた心持ちで、はっきりと返事をした。
私はそのまま大広間へと戻った。
リグは、私が心なしかスッキリした面持ちで戻って来たことを、訝しむような表情をしていた。
配膳係りの人が私の着席を確認すると、私の席に置かれた空いた皿に料理が盛り付けられる。
リグがその様子を見て、「待ってました!」と言わんばかりに、料理に自身のフォークをぶっ刺そうとするが、私は皿を取り上げて彼の横取りを阻止した。
「だーめっ!これは私が食べるの! というか、さっきからリグくん食べ過ぎだよ?」
「何でだよ! さっきまで、お前食欲ないとか言ってたじゃんか?」
「急に食べたくなってきたの。そもそも、これは私のだからね!」
思いも寄らない、私の食べ物への執着に彼は怯んだのか…、これ以上何も言わなかった。
ただ、急に感情を露わにして意思表示をする私を見て、彼は安堵するような笑顔を見せた。
私は盛り付けられた鳥肉と季節の野菜のグリルと、そば粉のクレープを美味しくいただく。
もちろん、目の前の誰かさんと違ってお行儀良く…。
そして、食べ終えてお腹が満たされたところで、私は忙しく接客をしているフェルカの元へと向かった。
「お姉様…、私にも何かお手伝いをさせてください」
突然の私の申し出に、一瞬彼女は戸惑いを見せるが、私の真剣さと意欲が伝わったのか、彼女は快く応じてくれた。
「ありがとうね、クラリスちゃん…。じゃあ、可愛いお姫様にお手伝いを頼もうかしら」
「はいっ!」
私は小さな体で、酒瓶が数本乗った重いトレイを両手でしっかりと持って、フェルカに付いて来客の元を回った。
どうしても身長が足りないので、来客にお酒を注ぐのはフェルカの役目で、私の役割は酒瓶を持って歩いて、少しでも彼女の負担を減らすことだ。
当然のことながら、私の存在は多くの来客たちの注目の的だった。
「おや…フェルカちゃん、そちらの子は…?」
フェルカの一歩後ろで、こぢんまり立っている私を見て、来客の一人の人柄が良さような老年の紳士が彼女に尋ねた。
「はじめまして、次女のクラリス・ディーノ・センチュリオンと申します。よろしくお願いします!」
私はフェルカから言葉が発せられるよりも早く、彼に対してハッキリと自己紹介をした。
咄嗟のことで、彼女は少し意表を突かれた様子だったが、老年の紳士はニッコリと優しそうに笑った。
「そうかそうか…クラリスちゃんか。いやあ、ハキハキして可愛らしい良い子だ。フェルカちゃん、良い妹さんを持って幸せだねえ」
彼は私の頭を優しく撫でながら、穏やかな表情でそう言った。
彼の言葉を聞いて、フェルカも気を取り直して、「はい、とても…」と感慨深げに答える。
その彼女の言葉を聞いて…、私は嬉しいやら照れ臭いやらで俯きながら笑みを浮かべた。
すると、私の所作にずっと目を光らせていたフェニーチェが、目を輝かせて私たちの元にやって来た。
「フェルカお姉様、クラリスお姉様…お二人とも、とっても素敵ですぅ…。あの…わたくしもご一緒してもよろしいですか…?」
一瞬、私とフェルカは顔を合わせて微笑み合い、彼女は「もちろんよ」とフェニーチェに優しく答える。
こうして、実際に私とフェニーチェがフェルカの役に立ったのかどうかはわからないが、私たちはあの場で健気に席を回って接客をして、来客に私たち少女組の存在感を示した。
もちろん、あの老紳士のように、私のことを好意的な目で見てくれる人ばかりではなく、私の存在を訝しく思ったり、疎ましそうな目で見て来る人々もいた。
しかし…、私にとってはそんなことはもはやどうでもよかった。
この家の令嬢として、大好きな姉や私を慕ってくれる従妹と一緒に、この家のために働けたことで、私はもう胸がいっぱいだった。
さて、晩餐会も無事終了し、全ての客が帰った後…、リグはお義父様から逃走を図ろうとするも、あっけなく彼に捕まる。
「あ~、すいませんすいません…父上…!反省してますから~!」
「黙れ!、まったくお前という奴は…。どれだけ私に恥をかかせれば気が済むのだ!」
「うわーん!、姉ちゃん、助けてくれよう~!」
彼は、目の前の私と一緒にいたフェルカに助けを求めた。
「お前…、姉をそのように呼ぶなとあれほど申したであろう!」
ゴツンとリグの頭上にお義父様の拳が勢いよく振り落とされ、彼は「痛ってー!」と、両手を打たれた箇所に当てながら叫ぶ。
鉄拳制裁で多少しおらしくなった彼を尻目に、お義父様は私たちに声を掛けた。
「さて…お前たちは良くやってくれたな。お前たち姉妹が、仲睦まじく甲斐甲斐しく接客する姿は、中々に好評であったぞ。当主として礼を言おう」
「もったいないお言葉ですわ、お父様」
「あ、ありがとうございます…お義父様…」
私たちはそれぞれ返事をして、互いに満悦した様子でチラリと顔を合わせる。
そして次に、お義父様は私に個別に言葉を掛けた。
「特にクラリス、お前は自身の立場を弁えて、上手く立ち振る舞ってくれたな」
「お義父様のお言葉のおかげです…。私に掛けてくれたあの言葉で、気持ちに整理が着きました…」
私の返事に対し…、お義父様は一言、「そうか…」とだけ呟いた。
フェルカはまるで自分が褒められたかのように、誇らしげな顔をしている。
「……今、私は気分が良い。リグよ…今回だけはこれで許してやろう。私はもう休むことにするよ。皆今日はご苦労だったな…」
お義父様は私たちにそう告げると、先ほどのリグに対する怒りの表情とは一転して、気が晴れたような穏やかな面持ちで、颯爽と屋敷の奥へと去って行った。




