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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第1章 2.檻から見る世界

 時計もなく、外の様子もわからない閉鎖された空間でどれほどの時が経っただろうか、男たちが入ってきた。


「おい、お前ら、起きろ!」


 有無も言わさず、檻から連れ出される私たち。

 干からびたような硬いパンと、野菜のクズしか入っていない薄い塩味のスープが与えられる。

 とても不味く、室内から漂う強烈な悪臭のせいもあって食べれたものではないが、皆はそれをかき込むように食べていた。

 もちろん美味しいからではない、ただ生きるための糧を摂取しているに過ぎない。

 これが不味いと感じられたということは、記憶を失う以前の私は、もっと恵まれた環境にあったということだろうか…。

 早々に食事が終わると、私たちは嵌められている首輪を鎖で連結するように繋がれて、一列で外に連れ出された。

 外に出ると眩しい陽の光が私たちを出迎える。

 どうやら朝のようだ。

 結局、私は一睡も出来ずにに、夜を明かしたということになる。

 私たちは、大型の馬車の荷台に乗せられた。

 荷台は幌ではなく、木の小屋がそのまま取り付けられた頑丈な作りで、窓もなく逃走防止のために外から鍵をかけることも出来る。

 わずかに数センチほど隙間があり、そこから差し込む陽の光によって、何とか荷台の中を見渡すことは出来る。

 私たちを積んだ馬車は出発し、しばらくすると、外から街の雑踏が微かに聞こえるようになって来た。


「あの…これからどこに…」


 私はすぐ隣にいた、恐らく私よりも年長の少女に恐る恐る尋ねた。

 彼女は私の呼び掛けにも全く無反応で、しばらく無気力な表情で俯いたままだった。

 しかし、私が彼女からの返事を諦めかけたその時、彼女は口を開いた。


「行けばわかるよ…」


 彼女は表情変えず、とても弱々しい口調でそう言った。

 そうこうしているうちに、馬車は停まり、私たちは荷台からぞろぞろと降ろされる。


「オラッ、もたもたするな!」


 男たちに怒鳴られながら、私たちが連れて行かれたのは、降りた地点から数十歩程度しか離れていない場所に置かれた檻だった。

 檻の大きさは、あの屋敷にあったものとほぼ同じ大きさ、ただ屋敷のものよりかは綺麗で、中には絨毯のような敷物も敷かれている。

 そして、その場所は路地裏ではあるが、通りに面していて、通行人が檻の中を見物できる位置にあった。


「わかったでしょ…。私たちはこれからここで売られるの…」


 私がさっき尋ねた少女が、囁くように言った。


 すると、手下の若い男が、「てめえ、勝手に喋ってんじゃねえ!」とその少女の腹部を強く蹴った。


「がはぁっ!」


 その衝撃で、少女の口からは胃液らしきものが出てきた。

 蹴られても、彼女は何も言わず、ただただ表情も変えず俯いていた。



 男たちは何事もなかったかのように、私たちを檻に入れると、そのまま商売をし始めた。

 それなりに有名なのだろうか、男たちが周囲に営業の開始を告げると、檻の周りには人が集まってくる。

 一人の人間の人生を買うのだ、奴隷というのは安い買い物ではない。

 数日に一人売れれば良い方だという。

 そのため、人は寄ってきても、そのほとんどは見物人だ。

 憐憫の目で見る者、ゴミを見るような目で見る者、私たち少女を性的な下衆な目で見る者…

その、私たちに向けられる視線は多種多様だ。

 しかし…、いずれの場合も、不特定多数の人間に、人ではなく物として興味本位に見られることに、私は恐怖し慄いた。

 特に耐え難かったのは、私と同年代の一般家庭の子供の視線だった。

 もちろん、子供や親子連れは、わざわざこんなとこには来ない。

 しかし、どうしても通り沿いにあるので、彼らの視界に入って来てしまうのだ。

 純真無垢な子供が、興味本位に私たちを見つめる。

 まだ憐れむ感情も蔑ます感情も知らない年幅だ…。


「ねえ、あの子たちなんで檻に入れられてるの? 悪いことしたの?」


「こら、見るんじゃありません!」


 そんなやり取りが、微かに檻の中までも聞こえてくる。

 視線は顔を背けていれば避けることはできるが、聴覚はどうにも防げない。

 何故私はここにいるのか、何故私はこのような絶望の淵に置かれているのか、何故私は生きているのか……、私は幼心ながらに深淵(しんえん)を覗くように自問自答し、今にでも精神の平衡を失って、頭が狂い出しそうになる。

 いっそのこと、考えることが出来なくなれば楽なのに…。

 その頃の私は、ただ毎日馬車を引くだけの馬が羨ましくてしょうがなかった。



 夕方…、陽が落ち始めると営業は終了し、私たちはまた馬車に乗せられてあの屋敷に戻り、あの地下空間に次の日の朝まで監禁される。

 これが私たちの日常だった。

 この男たちは、少女の奴隷を専門に扱う奴隷商のようで、私たちは主に男たちの慰み物として売られるので、体に傷が残るような残忍な扱いはされなかった。

 それでも、少しでも粗相をしたり、しなくても男たちの機嫌を損ねるだけで、痕が残らない程度で理不尽な暴力を振るわれる。

 私も何度も、棒で強く叩かれたり、殴られたり蹴られたりした。

 こんな地獄のような劣悪な環境だったが、人間の環境適応能力とは大したもので、ここに連れられてきて数日ほどで、私はその環境に順応していった。

 それに伴って、私の表情は皆と同じく生気が抜けた屍のようになり、体もここに来た時よりも酷く痩せこけていった。

 とりあえず、男たちに逆らわなければ、当分は生きていける。

 その後のことはわからない…、何者かに売り飛ばされても、慰め物として使い捨てにされるだけだろう…。

 でも、誰も私を買わなかったら…そのまま殺されて処分されるのだろうか……。

 そう、来るかもしれない最悪の人生の結末を予期しても、不思議と恐怖心は起こらなかった。

 何故なら、私は自分の意志で生きているのではなく、連中の商品として生かされているだけなのだから…。


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