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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第2章 5.突き付けられた現実

 広間では、すでに席の大半が埋まっていた。

 本家当主のお義父様が中央の席に座り、その横の左右の席に北家南家の当主が着席する。

 長男のトテムは彼らと同じテーブルではないが、当家の第一後継者だからなのだろう…、彼らと比較的近い位置に席が用意されていた。

 一方で、私たちは、あくまで本家の体裁と数集めのためだけに出席しているみたいなものなので、彼らからは離れた、端の方に席が用意されている。

 また、私とフェルカとリグが横並びに座るテーブルの向かいには、バラッドとフェニーチェとアルタスが並んで座っている。

 ところで…、よく見ると、彼らが座る席から数席離れたところに、恐らくフェニーチェと同じ年ぐらいの女の子が一人ちょこんと座っていた。

 よっぽど居心地が悪いのか…、ずっと俯いたままで顔は見えないが、髪の長さは肩に着くか着かないかぐらいの短めで、なんと黒髪だ。

 とても目立つはずなのだが、それでもこの場の光景に違和感なく溶け込んでいるのは、この子の影の薄さが成せる技なのだろうか…。



 さて、各席の目の前に置かれたグラスに、大人はワインかシャンパン、子供はジュースが注がれて、晩餐会が始まる。

 リグが乾杯を待たずにジュースを飲み干そうとしていたので、フェルカが「こらっ、まだダメよ」と小声で注意をする。

 全員に飲み物が行き渡ったところで、お義父様が皆の前で祝辞の挨拶をする。


「センチュリオン本家当主として、本日この場にお集まりいただいたことに深く御礼を申し上げる。センチュリオン一族と王国の栄光と繁栄を願い、乾杯!」


「乾杯!!!」


 彼の音頭とともに、一同全員がグラスを掲げ、大広間に雑多な威勢の良い声が響く。

 そして、各種料理が運び込まれ、配置された食器に綺麗に盛り付けられていく。

 それとともに各テーブルでは、各々同士の談笑が始まった。

 やはり、お義父様の周りには一層多くの人々が集まり、盛り上がっている。

 そこにはトテムも混ざっており、次期本家当主としての風格を周囲に誇示していた。

 またフェルカも、その病弱の体に鞭を打つように、来客のグラスにワインを注ぎながら挨拶をして回るなど、甲斐甲斐しく場内を動く。

 彼女は彼女で、内助の功でその存在感を示していた。

 聡明な少年バラッドは自ら大人たちの会話に割って入り、その知見を広げている。

 一方の残された私たち四人の子供は、この華やかな大人の社交場で、どこか浮いている感があり、手持ち無沙汰は否めない。

 向かいのフェニーチェは、私の一挙手一投足が気になるのか…、ずっと私の方を見つめており、それとは対照的に、アルタスはさすがに気まずいのか、私からずっと視線を逸らしている。

 目の前には、美しい食器に添えられた、色とりどりの食欲をそそる香りの料理が並ぶが、先のトテムの件で私はどうも食欲が湧かず、そのほとんどに手を付けられないでいた。

 私の様子を見て、リグが心配そうに声をかける。


「なあ、本当に大丈夫か?」


「う、うん…大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて……」


「そうか…ならいいけど…。ところでこれ食わないのか?」


「うん…、ちょっと食欲がなくてね……」


「そうなのか…。じゃあ、これもらうぜ!」


 そう言って、彼は私の皿の子牛のソテーにフォークをぶっ刺し、そのまま自分の口の中に運んだ。


「ちょ、ちょっと…リグ…!」


 彼の不躾な行為を目撃したフェルカが、思わず注意に入る。

 さっきから絶えず来客と懇談をしているお義父様も、視線だけは器用にもこちらを向いて、気が気ではない様子でリグを監視している。

 ちなみに、リグの因縁の相手アルタスは、意外にもお行儀良くナイフとフォークを使って料理を味わっていた。

 私のことを気に掛けてくれながらも、己の欲求に忠実なリグの姿を見て、私は少し笑顔が出た。

 それでも…、トテムの件、さらに慣れない場の空気に当てられた私は、どことなく心持ちが悪く、暫し一人になりたかった。

 フェルカとリグに断って、私は一旦その場から退席した。



 どこか行きたい場所があったわけではないが、とりあえず私は、庭園全体が一望できる屋敷2階のテラスを目指した。

 しかし、テラスの手前まで近付くと、何やら複数人の声が聞こえる。

 そっとテラスを覗くと…、男性二人女性一人の三人の来客が談笑をしていた。

 先客がいたことで、諦めて別の場所に行こうかと思ったが、偶然、彼らがトテムの名を挙げているのが耳に入った。

 それがとても気になって、私は彼らの会話を盗み聞きしてしまった。


「それにしてもアルテグラ様は、良い御子息をお持ちで羨ましい限りだ。とりあえずトテム君が家督を継げば、次の代も本家は安泰だな」


「頭脳は明晰、魔術に関しては、お父上をも凌ぐ大魔導士になれるポテンシャルを秘めている。来年の王立魔導審査会が楽しみだ」


「額の傷が残念だけれども、それでも容姿端麗だし、お父上似の厳格な顔付きながら、人当たりが良いのも素晴らしいわ」


 人当たりが良いか……、ならば、私に見せたあの悪態は一体何だったのか……。


「フェルカ嬢も相も変わらず麗しい。あれほどの器量と気立ての良さなら、名家どころか王家からも求婚の申し出がひっきりなしに届くだろうに…。お母上の遺伝か、病弱なのが大変悔やまれるな」


「うむ…、持っている魔素も申し分ないと聞く。魔導士としての道も用意されてただろうに、アルテグラ様もさぞかし落胆されているだろう…」


「そうですわね…。あと、落胆と言えば、次男の『リグ』君…でしたっけ、あんな粗野な坊っちゃま初めて見ましたわ。宴前には他家の子と揉め事を起こしていたそうだし…。彼は本当にセンチュリオンの血を引いているのかしら…?」


「そうだな…。アルテグラ様も終始、彼の方に目を向けていたな。まあ、まだ幼いし、今後のアルテグラ様の教育次第というとこか……」


 彼らは続いて、フェルカとリグのことを話題にした。

 ただ、その物言いは、まるで二人を家の名声のための道具としてしか考えていないようで、子供ながらに気分がいいものではなかった。


「ところで、アルテグラ様が次女だと言っていた『クラリス』とかいう娘…、あの娘は一体何者なのだ…?」


 フェルカとリグが話題に上がったのだ…、ある程度は覚悟はしていたが、ついに私のことが言及されて、私は思わず気構える。


「うーむ…、アルテグラ様が他国から連れて来て養女としたらしいが、どこかの遠国の名家の娘か何かだろうか…。あの方は魔術のことになると見境なくなるからな…、素質のある娘を見つけたとかで、半ば強引に引っ張り上げて来たのかもしれん」


「確かに聞くところによると、かなり良い魔素を持っているようだな。さらに勉学に至っては、トテム君以来の秀才とか…。そして、何より容姿も可愛らしい。フェルカ嬢があのような状態である以上、アルテグラ様は彼女を、本家を代表する女魔導士として育て上げるおつもりなのだろう…」


 私の心配を余所に、勝手に私のイメージが作り上げられていく…。

 そんな彼らの会話を、私は何とも複雑な心地で聞いていた。



 すると…、しばらく黙り込んでいた女性が、禁句を言い出すかのように、恐る恐る発言した。


「……その子についてなのですが…、(わたくし)…妙な噂を聞いてしまって……」


「何だ、その噂とは?」


「ええ…、あくまで噂ですけど…、あの子、ガノンの街で奴隷として売られていたところを、アルテグラ様に買われて保護されたとか…」


 彼女から、唐突に真相を突き付けられて、私は血の気が引いた。


「バカなことを言うな! いくらなんでも奴隷を買うとか、そんな(たわ)けた話があるか!」


「だからあくまで噂だと言っているでしょう! それにあの子の出自について、何の情報もないというのもおかしいじゃない!」


「……確かに一理ある。火のない場所に煙は立たん。奴隷が嘘か本当かはわからぬが、あの娘の出自については、人言えぬ秘密があるのは確かだろうな…」


「もし本当に奴隷の子だったらしたら…。いくら素質があるとはいえ、下賎な奴隷なんぞを本家の籍に入れて…、アルテグラ様はセンチュリオン一族をどうしたいおつもりなのかしら……」


 トテムと対峙した時のように…、私は再び、自我が音を立てて崩壊していくのを感じた。

 しかし、トテムの時と違ったのは、前回はその衝撃に打ちのめされ涙すら出なかったのに対し、今回はただただ悲しかったことだ。

 それでも……、トテムやその他私を疎む人々に、何と思われようとも蔑まされようとも…、私はこれからもここで生きていかなくてはならない。

 だから…こんなことで泣いちゃダメだ……。

 私は悲哀に打ち震えながらも、必死に歯を食いしばり、今にも溢れそうな涙を堪えた。

 もうこれ以上、その場に居た堪れなくなった私は引き返そうとするが…、その時、私の背後から小さな体を覆うように大きな人影が近づいて来た。

 振り向くと……、それはお義父様だった…!


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