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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第1章 16.ささやかな乙女心

 入籍の件は解決したものの、教会を出てからも、私はずっと気落ちしていた。

 そんな私の様子を見てだったのか、それとも最初からそのつもりだったのかはわからないが、フェルカが少し気持ちを弾ませるようにして私に言った。


「クラリスちゃん、せっかくだし、これから街の方まで行ってみない? あなたにこのジオスの街を色々と案内してあげたいの」


「で、でも…」


「『でも』、なあに? 別に断る理由はないでしょ? 毎日お勉強や魔術の練習で大変なんだから、たまには息抜きしないとね!」


 フェルカに半ば押される形で、私たちは市内を巡行している乗合馬車に乗って、市街地へと向かった。

 馬車の中で、私の魔術の修練について、彼女に聞かれる。


「クラリスちゃん、魔術の練習は大丈夫?、無理してない? お父様は魔術のことになると、人が変わったように厳しくなるから心配で……」


「大丈夫です…。ご主人様には優しく教えていただいてますし…」


「そう…、何かあったらすぐ私に言いなさいね…。できることは何でもするから……」


 彼女は事あるごとに、私を気に掛けてくれた。

 その心遣いはとても嬉しかったが、それに甘えてしまっては自分はいつまで経っても成長出来ないし、何より彼女に迷惑を掛けたくなかった。



 さて…、馬車は市街地に入り、雑多で活況に満ちた、色とりどりの街の景色が眼前に広がる。

 確かこの通りは、初めてご主人様に連れられてこの街へやってきた時に通った場所だ。

 しかしあの時は、緊張のあまりに、光景を楽しむ余裕などとてもなかった。

 建物や店頭に置かれている商品、行き交う人々や乗り物など、街の風景を構成する要素にまで目を配らせるのはこれが初めてだ。

 そんな景色を眺めていると、先程までの鬱蒼とした気持ちも消え去り、フェルカに付いて来て良かったと心から思えるようになった。

 こうして、私たちは停留所で馬車を降りた。


「ここはジオス大通り、そのまま真っ直ぐ行けばお城の城門に通じていて、この国で一番大きな通りよ。でも、通りの幅が広すぎてお城の眼前ということもあって、あまりお店は出てないのよね…。一歩裏に入った方が活気があって楽しいわよ。さあ、行きましょ!」


 フェルカにとっても久々の外出だったのか…、彼女はまるで小さい子供のように、私よりも楽しそうにしていた。

 彼女に付いて大通りから一歩路地に入ると、確かにそこは、決して広くはない通りに多くの買い物客や行商人が互いの肩をぶつけるように行き交いしていて、とても活気に満ちた刺激的な空間だった。

 フェルトでの夜の事件が、今でも苦い記憶として残っている私は、フェルカからはぐれないように、彼女の手をしっかりと握って、人混みを掻き分けて歩く。



 こうして彼女に連れられて入ったのは、一軒の食堂だった。

 可愛らしいオブジェやぬいぐるみが、適切なレイアウトで配置されており、とてもお洒落な雰囲気の店だ。

 教会で時間を取られたため、もう時刻は昼過ぎだが、休日だからか人気店だからなのか…、店内は主に若い女性でごった返している。

 席を確保し、フェルカが何かを注文して、しばらくするとプレートに盛り付けられた料理が運ばれて来た。

 デミグラスソースで柔らかく肉が煮込まれたコク深いシチューにふわふわなロールパン、新鮮で彩り豊かな野菜のサラダに芸術作品のように美しい果物のケーキ…。

 すっかり緊張が解けて、美味しそうに料理を頬張る私を見て、彼女は微笑ましそうに私に聞いた。


「クラリスちゃん、美味しい?」


「はいっ、とっても!」


「よかった、元気になってくれたみたいで…。さっきはどうなることかと思ったわ…」


「ご心配おかけしてごめんなさい…お姉様……」


「ううん…、あれは無理もないわよ…。まさかあそこであんなことが起こるなんて、思いもしなかったもの…。あの教会は王家の方々も代々寄進をして、『クレセント』の教名を授けられた、この国では最も歴史ある由緒正しき教会なの…。私の方こそ迂闊だったわ。最初から私も付いて行っていればよかったわね…」


 フェルカは神妙な面持ちでそう答えた。

 そして一息置いて、言おうか言うまいか…、一瞬悩むような素振りを見せた後、彼女は少し重々しく語り始めた。


「ここから約200km北上した場所に、フォークという街があるわ。今は私たちジオス王国の領地なんだけど、昔はデール族という少数民族が住んでいてね…。彼らは畏神教という、私たちとは違う神様を信仰していた…。色々あって、今から20年前にジオスと戦争が起きて、彼らはその地を追われたの。ところが最近になって、彼らの中で、この国に恨みを持つ者たちが城下に潜伏しているという噂がまことしやかに囁かれていてね…、それで、城内の一部の人たちや一部の聖職者が神経を尖らせているらしいの……」


 確かに、その歴史は、カンタレ先生の授業でも習った。


「そうなのですか…」


 心許なげに反応する私を尻目に、フェルカは少し熱が入った様子で話しを続ける。


「この国の聖職者たちは、彼らの宗教を邪教だとか言う…。でも、信じる神が違うことが、そんなに大きな問題なのかしら? 宗教が違おうと民族が違おうと、私たちは皆同じ人間よ。それに、信仰する存在が違っても、その下で創り上げたい理想の世界は、どれも大差はないはずだわ…」


 フェルカの話を聞いていると、フェルトの街に着いた時に、ご主人様が私に語ったことを思い出した。

 全く正反対の性格佇まいの二人だが、思わず熱が入ってしまった時の物言いはとてもよく似ていて、改めて二人は親子なんだなと実感した。

 彼女の思わぬ熱い口調に、少し当惑する私の様子を見て、彼女は気恥ずかしそうに気を取り直した。


「ああ…、ごめんなさいね…。こんな場で話すことではなかったわね…。クラリスちゃんは何にも心配する必要ないのよ。あなたはあなたなんだから……」


 私の動揺した心を落ち着かせるように…、フェルカは優しく私の頭を撫でた。



 食事の後、私たちは多くの買い物客で賑わう、通り沿いの店々を見て回った。

 店頭に所狭しと並ぶ多種多様な品々や、通りを行き交う、お洒落に決め込んだ若い女性の姿など、私は目移りに余念がない。

 その時、唐突にフェルカに聞かれた。


「ところで、何故クラリスちゃんは長袖にロングスカートなの? 今日は、かなり暑くないかしら…?」


 その不意を突かれた質問に、私は一瞬ドキッとして血の気が引いた。

 でも、彼女がそう不審に思うのも、もっともだ。

 季節は夏真っ只中…、今日も燦々と陽の光が降り注いでいるのだから…。

 実際、脇や首元には汗が(にじ)んでいる。

 彼女に要らぬ心配を掛けさせないために、痣だらけの肌を隠していたのに、そこを彼女に指摘されるとは、本当に迂闊だった。


「ちょ、ちょっと私、陽の光に弱くて…」


 作り笑いを浮かべながら苦し紛れな言い訳をして、私は彼女の反応を伺う。


「そう…ならいいのだけど…」


 辛うじてその場をやり過ごし、私はホッと気が抜けたが…、


「あら、これなんてクラリスちゃんに似合うんじゃない?」


 間髪入れずに発せられたフェルカの言葉に、私は再び不意を突かれる。

 ハッと彼女に目を向けると、彼女は店先に置いてある商品を手に取っていた。

 それは、金地に色鮮やかに輝く小さな宝石が散りばめられたバレッタだった。

 その美しさに、思わず目を奪われる私を見て、彼女が微笑んで言った。


「お気に召したみたいね。せっかくだし、クラリスちゃんに買ってあげるわ」


「そ、そんな…、こんな高価な物いただけません…!」


「別にこれは本物の宝石じゃなくて着色しただけのガラスだし…、そんなに高い物ではないわよ?」


「で、でも……」


「あのね、クラリスちゃん、こういう時は遠慮せず、素直に好意に甘えた方が失礼に当たらないのよ? 欲しいものはちゃんと欲しいと言いなさい」


 フェルカはまるで母親が子供に言い聞かせるように、私に諭した。


「は、はい…ごめんなさい……」


 彼女に少し叱られたような気がして…、私はしおらしく答える。

 彼女はお金を払ってそのバレッタを手にすると、その場で私の前髪を留めるように、額の左側に着けてくれた。


「どう?、とても可愛らしくなったわよ。鏡見てごらんなさい」


 フェルカに促されて、私は店の鏡を見てみる。

 バレッタ一つで大袈裟なようだが、この時、私は自身の中の乙女心が強く駆り立てられる感を覚えた。

 同時に、胸がギュウとなるような、何とも表現し難い充足感で満たされる。


「ありがとうございます…お姉様……」


 私は嬉しさと気恥ずかしさが入り混じったように、少し俯きながら顔を綻ばせてお礼を言った。

 フェルカは「どういたしまして」と、穏やかに笑う。

 このバレッタは私の大切な宝物の一つとなり、魔術の修練などおめかしが出来ない場合を除いては、私はいつもこのバレッタを身に着けるようになった。


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