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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第1章 14.私が知らないご主人様

 さて、午後になり、ついに実践練習の時間となった。

 私が呼ばれたのは、屋敷の窓から見て庭園の奥に位置する森……、そう、昨日私がこの屋敷に来て早々に、魔導士一家の洗礼を浴びせられた森だ。

 屋敷内で着ていた、可憐なフリルやリボンがあしらわれた服から、汚れてもいい無地の簡素なワンピースに着替えた私は、指定された場所に行った。

 鬱蒼とした森の中をしばらく進むと、おそらく人為的に作られたのだろう…、庶民の家なら数軒は建てられそうな広さの空き地があった。

 その場所には、すでに長男のトテムと…、そしてリグもいた。

 彼らは、遅れてやって来た私を一瞥するが、すぐに目を逸らした。

 トテムは私のことを全く眼中にない様子で、一方のリグは意図的に私を避けている様子で、会話どころか挨拶すら交わしてもらえなかった。

 険悪な雰囲気の中…、彼らと同じ場所にいる気まずさと、何をすれば良いのか全くわからない状況下で、私は酷く当惑する。

 すると、誰かがこちらに向かって来る足音が聞こえた。

 やって来たのは…ご主人様だった。

 トテムは彼の姿を見ても全く動じず…、一方、それまでリラックス気味に寛いでいたリグは、気を引き締めたように姿勢を正した。

 後で知ったことだが、ご主人様は王国の重臣でもあるので、2日に1回、城内にて公務を行う。

 そして、公務がない日は、こうやって子供たちに魔術の修行をつけているとのことだ。


「トテムとリグは、自主的に練習をしていなさい。クラリスは私と一緒に来い」


 トテムは冷めた様子で淡々と、リグは「はい!」と威勢良く返事をして、各々が行きたい方向へと散らばった。



 ご主人様は、私を広場の端っこに連れて行った。


「さて、クラリスよ。今日から魔術の修行が始まるわけだが…、覚悟はできているな?」


 ご主人様は落ち着いた物言いながらも、まるで威圧感で圧迫するように私に問いかけた。

 リグに負けじと、私も「はいっ!」と、威勢のいい返事で答える。


「よし…、朝の座学で魔術を使うイメージと簡単な術式は学んだな? どんな形でもいい…、今この場でやってみせろ」


 ご主人様は、私にいきなり魔術を実践しろと命じた。

 そんなの出来るわけがない……、でも…彼の言うことは絶対服従だ……、主人としても…師匠としても……。

 やるしかない……!

 カンタレ先生の言われた通りに実践してみる。

 私は目を閉じて、精神を己の中に集中させた。

 雑念を振り払う……、外界から受ける刺激に気を取られない……、真摯に自身の魔素と向き合う……。

 しかし、いくらそうしていても、私の心の中には何も見えて来なかった。


「ダメだ、やめなさい!」


 傍にいるご主人様の檄が飛ぶ。


「お前はフェニスから、魔術のイメージをどのように学んだ?」


 フェニス…先生のことか…。


「は、はいっ、一切の雑念を排除して、自分の中の魔素と術式を結び付けるように言われました……」


「そうだろう。今のお前は雑念を取り払おうとして、その気負いがかえって雑念になってしまっている。いいか、雑多な己の精神の中で、何ものにも惑わされずに自身の魔素を探し当てるには、無の境地に至らねばならん。余計なことは考えるな。さあ、やってみせろ」


 気を取り直して…、私は再度、ご主人様が教えてくれたイメージを頭に入れて挑戦をする。

 しかし、イメージを浮かべれば浮かべるほど、そのイメージが私の精神を縛り付けた。

 私は自身の精神世界の中で、鎖で雁字搦め(がんじがらめ)になったかのように自由に振る舞えなくなる。

 さらに傍で、ご主人様が見ていることもプレッシャーとなり、私の精神性は大きく揺らいだ。

 何度挑戦しても上手くいかない…、そして何回目の失敗の後のことだっただろうか……。

 私はフェルカが言っていた、ご主人様のもう一つの顔を、この時知ることとなる。

 彼は突如、持っていた細い木の棒を、鞭のように私の腕に振り下ろしたのだ!

 振り下ろされた棒は、「ピシィッ!」という空気を引き裂くような音を立てて、私の右腕を巻き付くように直撃した。


「ッツ……!」


 肌が焼けるような激しい痛みを感じ、打たれた箇所を左手で押さえながら、私は咄嗟に彼の方を振り向いた。


「この馬鹿者がっ!、何故同じ失敗を繰り返すのだ? 同じ失敗を繰り返すのは、何も考えていないのと同然だっ!」


 彼は私をそう怒鳴りつけ、続けざまに、私の背中を激しく数回叩き付ける。


「うぐっ……!」


 痛みと衝撃で、思わず私はその場で膝を着いてしまった。

 あのご主人様が…、私に罵声を浴びせて手を上げた事実を受け止められず、私はショックでただただ打ち震えていた。

 もはや、私の知っている、私がどんなに粗相をしても迷惑をかけても優しく受け入れてくれた、あのご主人様の姿ではなかった。

 奴隷商から拾われて、初めて彼と対面した時と同様の威圧感、いや…それ以上の凄みと冷徹感が感じられた。

 今、彼に対して抱く感情は『畏怖』……それだけだ。


「どうしたクラリス? 怖気付いたか?」


 それはその通りだ……、しかし、ここで挫けたら全てが終わりになる…。

 私はこの人の期待に応えなきゃいけない…!

 恩義に報いるためにも…、そしてこの先、私が生きていくためにも……。


「大丈夫です…。続けます…続けさせてください…!」


「よし、ならば続けなさい」


 私の懇願に、ご主人様は表情を変えず淡々と答えた。



 そうして、日が暮れるまで私は、彼の言う無の境地に至るための修練に励んだが、全く手掛かりは掴めなかった。

 そして、この葛藤と焦燥は当分続くことになる。

 その日の入浴の際、ご主人様に叩かれた痕がひどく沁みた。

 痕は内出血をしていて、紫色に変色して痣になっている。

 しかし…、私にはそんな痛みや痣なんかよりも、もっと気がかりなことがあった。

 私と一緒にいた二人は、息をするように魔術を使いこなしていた。

 突如現れた炎で辺り一帯の草や落ち葉が燃えたり、眩い閃光が走って木々が焼けたり、水溜りが凍り付いたり、突風で葉や小枝が空中に巻き上げられたり……。

 ちなみに後で知ったことだが、森の中のあの空き地は、彼らが魔術の練習をするせいで徐々に木々が枯れていき、年々面積が拡大しているそうだ。

 二人はもう何年も修練に励んでおり、一方の私は今日初めて魔術を学んだ…、そう言ってしまえば若干気は楽にはなるが、私には自分が将来あの二人のようになれるイメージが全く湧かなかった。

 今日、二人とあの場所で会した際、彼らは私からすぐに視線を逸らした。

 リグの意図はよくわからないが、トテムは明らかに私という存在を蔑むような様子だった。

 しかし、それは当然のことである。

 いくら勉学ができようとも、魔術が使えなくては、この家では無価値なのだ。

 彼は長男で将来この家の当主になる身だ…、その自覚がより強いのだろう。

 ましてや何の血の繋がりもない…、どこの馬の骨かもわからない小娘の私など、彼からしたらゴミ同然なのだろう。

 湯船に浸かりながら、そう一人考えていたら、痛みなど気にならなくなっていた。

 今の自分がどんな状況であろうとも、周りからどう見られようとも、私はこの道をひたすら突き進んで行くしかないのだ。

 右腕に出来た痣を見つめながら…、私はこの家で何が何でも生き抜く決意をした。


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