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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第1章 9.偶然の必然

 翌日、私たちは馬車に乗り、いよいよジオスへ向かって最後の旅路に出た。

 フェルトの首都ウェルザからジオスへは、ひたすら北上し続け、馬車でおよそ1ヶ月かかる。

 ジオスへは連絡船も出てはいるが、運行が2週間に1回程度でありそれまで待たなくてはならない。

 私たちが乗る馬車は乗り継ぎ便ではなく、フェルトからジオスへの直行便だった。

 途中の宿場に宿泊をし、近くにそれがない場合はテントを張って野宿をしながら、同じ乗客同士が1ヶ月の時を共に過ごす。

 道中、盗賊や山賊、または凶暴な野獣が出没しないとも限らない。

 そのため、私たちが乗るような長距離便には、誰か一人以上、剣技や武術の上級者か魔術が使える人間が同乗することになっている。

 当初、適切な人材が見つからず、出発の目処が立っていなかった。

 そこに、ご主人様が自ら護衛役を名乗り出たのだ。

 馬車の運転手はジオスに滞在することもあるので、ご主人様の身分を知っていた。

 そのため、最初は恐縮して、彼の申し出を固辞していた。


「名家センチュリオン家の当主様に、そのようなことをお任せするわけには参りません…」


「何を言う? 我々とて、ジオスへの便が動かねば途方に暮れてしまう。長い間家を留守にしているのだ、一刻も早く戻らねばならん。さあ、馬車を出してくれ」


「しかし、道中何が起ころうとも、私どもでは責任を負いかねます…」


「わかった、全責任は私が負おう。貴殿らには迷惑は掛けん」


「……わかりました…。ただ、このことはくれぐれもご内密で…」


「約束しよう」

  



 出発前にそんなちょっとしたいざこざもあったが、出発後はすこぶる順調に馬車は進む。

 車窓からは、山々の、変わり映えせず単調ではあるが、のどかで風光明美な景色が広がる。

 フェルト~ジオス間のおよそ1200kmにもなるこの街道は、はるか昔、まだジオスが領海を持たない内陸国だった時代に塩や海産物を運んでいた道であり、通称『塩の道』と呼ばれている。

 しかし、これだけ長い街道となると、十分に整備がされていない箇所も多々あり、日数の約半分において私たちは野宿を強いられた。

 しかし、不便な環境であればこそ、人は皆助け合うものだ。

 乗客たちは皆焚き火を囲んで、男たちはテントの設営や見回り警戒を、女たちは皆のために食事を作る。

 乗客の中では完全に身分違いのご主人様も、例に漏れず、皆と協力して行動をしている。


「嬢ちゃん、ちゃんと食べてるか? これも食べな」


「は、はい…、ありがとうございます…」


 乗客の中で子供は私一人だけだったので、私は皆から可愛がられた。


「まあ、可愛らしいお嬢様ですこと。御令嬢ですか?」


「……まあそんなとこだな」


 私についての皆からの質問に、淡々と躊躇なく答えるご主人様を見て、私は嬉しいのやら…申し訳ないのやら…恐れ多いのやら…気恥ずかしいのやら……、雑多な感情が込み上げて、胸がいっぱいになる。



 馬車での長旅も中盤…、国境の検問所を通過して、ジオス領内に入った日の夜のことだった。

 ぼんやりと焚き火を眺めている私を見て、ご主人様が心配そうに声を掛ける。


「どうした、クラリス。体調が悪いのか?」


「いえ…大丈夫です…。みなさん優しくしてくださって…とても楽しいです…」


「そうか…それは良かった。実はお前がフェルトであんな目に遭って、大人に対して人間不信になってしまったのではないかと心配していたのだ…」


「そんなこと…あれは私がご主人様の言い付けを守らなかったからですし……」


「まあ、確かにそれはいけなかったな。子供は親など身近な大人の言うことは守らなくてはならん…」


「……はい」


 そこからしばらく沈黙が流れた。

 森の中の静寂に包まれて、他の乗客が談笑する声が一層際立つが、私には何故か全く気にならなかった。


「あの…ご主人様……、一つお聞きしてもいいでしょうか…」


「何だ?」


「ガノンの街で売られている私を拾ってくれたのは偶然だったのですか…? それとも……」


「『それとも…』何だ?」


「……いえ…何でもありません……」


 ご主人様のいつものような冷厳な物言いに、私はこれ以上踏み込んではいけないと察知して、口を濁した。

 すると…


「お前を見つけたのは偶然だ。しかし一方でそれは必然でもあった」


「えっ…、それはどういう……?」


 彼の仄めかした発言に、私は思わず食い付く。

 そして…、ご主人様は衝撃の言葉を放った。


「私はお前の出生について…、お前が何者なのかを知っている」


「えっ……」


 予期もせぬ発言に、私は思わず絶句する。

 頭の中が混乱し、次に出す言葉さえ思いつかない。

 そんな私の様子を見て、ご主人様は私を諭すように落ち着いた口調で語りかけた。


「今はそのことについては何も考えるな。考えたところでお前が成長する糧にはならん。お前がこの先成長して、しっかりと物事の分別が付くようになったら、その時に話してやろう。今はお前自身のなりたい姿だけを…、そして、そのために懸命に努力することだけを考えろ」


 彼の言葉で私は我に返った。

 そうだ……今は自分の出自がどうだったのかなんて関係ない。

 私はこの人に救われたのだ…、今の私にとって、ご主人様が全てなのだ……。

 今の私がやるべきことは、ご主人様の下で懸命に修行に励んで一人前の魔導士になり、ご主人様の期待と恩義に報いる…それだけだ。


「はい、わかりました…。おやすみなさい…」


 私はご主人様に一言告げて…、テントに入って静かな眠りについた。


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