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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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序章 囚われの少女

 東西を分かつ大陸とその中央を占有する大洋から成る世界クアンペンロード。

 その東大陸の上部に位置し城塞都市を擁する、もはやこの世界で唯一となった王制国家ジオス。

 そして、壮観な城塞に囲まれた王都中心部に威容を誇ってそびえ立つ、王国の象徴ジオス城…、その敷地内の端に設けられた政治犯など重罪人を拘留する地下牢に、一人の少女が鎖で繋がれていた。

 胸下まで伸びたシルクのように繊細な白金色の髪に、陶磁器のように艶やかで透明感のある白い肌、整った顔立ち、宝石のように光をまとう大きな青い瞳と、それを際立たせるブロンズ色の長い睫毛(まつげ)…。

 過酷な幽閉生活で顔はやつれ、身なりも酷く汚れてはいるが、土にまみれた宝石がさらにその輝きを際立たせるように…、薄暗く湿気った不衛生な地下牢の中で、彼女は沼地に咲く一輪の花のように、その可憐さを顕わして佇んでいる。

 彼女の名前は、クラリス・ディーノ・センチュリオン。

 王国を代表する魔導士一族センチュリオン本家の次女である。

 というよりも正確には、『次女()()()』だが…。

 何の陰謀策略に巻き込まれたのか未だにわからないが、彼女はある日、王国に仇をなす邪教の魔女という嫌疑をかけられ、この国の兵士に連行されて、宗教省の尋問を受けた。

 全く身に覚えがないクラリスは、頑なに否認をしたが、彼らは15才の少女である彼女にも容赦なく鞭を振るった。

 皮膚だけでなく体の肉まで引き裂かれるような苛烈な痛みに、肉体も精神も極限にまで衰弱するも、彼女は頑なに罪を認めようとはしなかった。

 しかし、家の名誉、そして何より愛する人々を守るために、取引に応じる形で、クラリスは自白をして全ての罪を被った。


『何故こんなことになってしまったのか…』


 クラリスはそんな風に、自分の不運を呪ったり嘆いたりしようとは、微塵も思わなかった。

 何故ならば、どれだけ彼女が自身の過去を思い返してみても、これよりもマシな、これよりも自分が幸せになれたであろう選択肢が思い浮かばなかったからだ。

 こんな酷い目に遭っても、こんな悲惨な人生の結末を迎えても、彼女は自身が歩むことが出来る可能性のある人生の中で、最高の人生を選択したと自負している。



 罪を告白してからは、手荒なことはされず、クラリスはずっと陽の当たらないこの地下牢で、右足首に嵌められた鉄の足枷を大きい鉄球に鎖で繋がれ、首には銀の首輪を装着させられて、幽閉されている。

 銀の首輪はただの首輪ではなく、『封印の輪』という名称の対魔導士用拘束器具で、これを装着させることにより、魔素の活性化を抑えて、魔術の発動を封じることが出来る。

 尋問で、何度も何度も体に打ちつけられた鞭の痕が彼女を酷く苦しめた。

 自白から10日後に斬首刑の宣告が下りた。

 通常、刑の宣告から1週間後辺りで執行される。

 牢は陽の光が当たらず時計もないが、クラリスは食事の回数と牢番の交代頻度から察して、刑の執行まで、あと2、3日と見通していた。

 不思議なことに、彼女に不安や恐怖はなく、彼女の心持ちはとても穏やかだった。

 それは、すでに死を受け入れているということもあるが、最もな理由は他があった。

 今、彼女は満足に体も洗うことも許されず、体は酷く汚れ、胸下までの長い髪も手入れが出来ずにボサボサである。

 しかし、服だけは可憐で綺麗な純白のドレスを着用し、髪には金の下地に着色されたガラスが散りばめられた煌びやかなバレッタを着けている。

 年頃の乙女への、処刑までのせめてもの慈悲で、粗末な囚人服ではなく好きな衣服の着用が許されたのだ。

 クラリスが着用しているドレスとバレッタは、彼女の姉であり母とも言える、大切な人から譲り受けたものだ。

 それを身に付けているだけで、クラリスはその大切な人に優しく抱き締められているようで、心が安らかになることが出来た。

 そして、首輪の上から掛けられた、彼女の記憶とともにある、オパール調の虹色に輝く宝石のペンダント。

 これも、彼女に気力を保たせてくれるものだ。

 聞いた話によると、このペンダントは一生に一度の願いを叶えてくれるという()われがあるらしい。

 今ここで、一生を終えようとしている彼女にとっては、その謂われは、『一体何の冗談か』と言えるほどの皮肉ではあるが…。



 ところで、今日は暦の上では月神節…、3ヶ月に一度、この国の国教である月理教のご神体とされている、淡く青く輝く月が夜空に浮かぶ日である。

 どういう原理で、この日にだけ青い月が現れるのかは解明されていないが、夜空にまるで滲んで溶け込むかのようにぼんやりと青く光る月の姿は、とても幻想的で美しい。

 暗く閉ざされたこの牢からは、それを見ることも叶わないが、クラリスはその光景を想像し、彼女は心踊らせていた。

 こんな絶望的な救いのない状況で心踊るなど、実際には、既に気が触れて精神の平衡を失っているだけなのかもしれない。

 しかし、クラリスは別にそれでも構わないと思っていた。

 数日後には首を刎ねられる…。

 今さら、精神衛生を意識するなどナンセンスなのだろう。

 むしろ、精神が崩壊しようと、彼女は自身が楽しく穏やかに最期を過ごせる道を選びたいと考えた。

 何もない殺伐とした牢内だが、恐らく遺書用なのだろうか…、ペンとインクと紙だけは置かれていた。

 そこはかとなく気分が良かったクラリスは、ふと思い立ち、それらを手に取った。

 そして、鞭で激しく打たれた激痛が、体にまとわり付くように残っている中、這うようにして地下牢の廊下の魔導灯の明かりが差し込む位置へと移動した。

 彼女がふと思い立ったこと…それは、彼女の生きた証として、自身の半生を綴ることだった。

 クラリスはこの牢に幽閉されてからというもの、肌身離さず持っている一枚の写真を見た。

それは、彼女が連行される少し前に撮った、家族写真だった。

 この時代、少なくともこの国には数枚しか存在しない貴重な『写真』…、これは過酷な状況下の彼女を勇気付けるために、家族が差し入れてくれたものだ。

 穏やかな心持ちのまま…、紙を冷たい石畳の上に置き、薄明かりの下で、クラリスはペンを振るい始めた…。


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