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人として生きたい  作者: 松吉なぎ
8/54

闇夜花3

PVが100を超えました。

ありがとうござます。

これくらい当たり前と思われる方もいらっしゃるとは思いますが、ご報告させて頂きます。

道端で私が何かを主張しても足を止めて、熱心に聞く人など多くとも10人には満たないでしょう。

ネットの世界と言えども、私の言葉を百人以上もの方々に読んで頂けること、これはなんと幸福なことだろうと思いました。


大長編にはなりませんが、今後とも、「そこから見上げて」をよろしくお願い致します。

 私の学校のプールは、体育館に隣接するように建てられている。夕方になって太陽が大きく西に傾けば体育館の影がプールにかかり、私達マネージャーにとって良い日よけになりそうだった。


 ただ今日は朝からプール掃除ということもあり、マネージャーの私達は日のもとに晒されている。掃除しやすいよう体操服に着替える時、平岡さんと麗奈は熱心に日焼け止めクリームを塗っていた。


 なぜ塗る必要があるのかと私が尋ねると、平岡さんは周りで着替えている選手の人達の目を伺ってから小声で、日焼けは肌の敵だからと笑って答えた。


 麗奈は私を気遣ってか、日焼け止めクリームを露出している腕と足に塗ってくれた。顔もやろうかと言われたが、流石にそれは自分でやった。


 日焼け止めクリームを塗ったことがないせいか、鏡を使っていないせいか、顔中に白いクリームが残っていたらしく、麗奈も平岡さんも私の顔を見て笑っていた。私は麗奈に残っているクリームを広げてもらい、プールに向かった。


 プールに着くと、担任でもある顧問の葛西先生がすでに着いていた何人かの生徒にあれやこれやと指示を出していた。


 葛西先生は高校の頃、インターハイにも出場経験があるほど泳ぎには自信のある選手だったが、椎間板ヘルニアになって腰を痛めてしまってからは泳がなくなったようだ。


 陽輝さんのこともあって私は先生のことが少し気になっていた。何かと私のことを見つめていたり、気にかけていたりするような節が見受けられて、陽輝さんとの間に何らかの関係があるのは明らかだった。


 つい先日、私はたまたま部活上で話す機会があったから陽輝さんとの関係を聞いてみた。葛西先生はやや渋りながらもおもむろに答えてくれたが、その回答は納得のいかないものだった。


 葛西先生は私に、陽輝さんと自分が昔からの知り合いだと明かした。その言葉自体には嘘偽りはなかったと思う。だけれど、もっと深い何かを隠しているような口ぶりだった。


 私がさらなる言及をしようとしたとき、ちょうど平岡さんが来て先生に話しかけたので聞く機会を失ってしまった。ただ、お父様のことを知るに至るようなことではないと思って、それ以上聞こうとも思わなかった。


 しばらく葛西先生のことを考えていたために、気がつくと麗奈も平岡さんもプールの中に入って底にある汚れをブラシでこすっていた。


「有藤、ぼーっとしてないでこれ持ってプールの中を磨きなさい」


 葛西先生は自分で持っていたブラシを私に手渡した。その手は昔の日焼けのためか、薄黒いシミが張り付いている。


「分かりました」


 私は一つ礼をしてから水の張っていない空っぽのプールに降りて行って、麗奈の隣につく。この暑さだと言うのに、麗奈は長袖のジャージを着ている。麗奈は私に気づくと、手を止めてこちらを一瞥してから、ブラシを前へ後ろへ擦った。


 掃除をしながら麗奈を見ると、その肌の白さは日焼け止めクリームの艶も合わさってか、陽の光を浴びて光輝を放っていた。


 選手の何人かはその白さのためにか、麗奈の美しさに魅せられてか麗奈を羨望と憧憬の眼差しで見つめていた。当の本人は、その視線には気づいているらしく見ている人の方を一目見ては微笑みかけていた。


 私は頭痛で頭を抱える麗奈の姿を思い出した。周りに振りまく微笑みも、ブラシを精一杯に擦り上げる姿からもあの時感じたような強い夭折の気配というものは感じられず、私は死というものが卒爾なものだと改めて知らされた。


 お父様の最期がどうだったかは知らないけれど、静かにゆっくりと死を迎えたのではなく、刹那に命を散らしていったのだと思った。


「人って結局自分にはないものを誰かに求めるようにできているんだね」


 麗奈は私の方を見ずに、前後に動くブラシの方を見ながら呟くように言った。


 確かに、麗奈の美しさは、彼女達の快活さにあふれる美しさとは掛け離れているし、私も自分にはないお父様の要素を麗奈に求めていると思った。


 けれども、それは得られるもののようにも思えた。真奈美のようにみんな最初の一歩が踏み出せないだけなのに、得られないと思いこんで尻込みしているように思えた。


「自分になければ作り出せば良いのに」

「そんな簡単にはいかないよ。右利きの人がある日突然左利きになりたいと思ってもなかなかなれない。それは、既に右手を使った生活が快適だから。あの人達も同じ。自分に自信がある一方で、水泳部とかに入らなければ違う自分になれたのかも知れないと思っているだけ。一頃の気の迷いだよ」

「じゃあ麗奈がここにいる理由も自分にないもを持っている人を求めて?」

「そうかも知れないし、違うかも知れない。私がここにいる理由は単に都合が良いからってだけ」

「葛西先生が顧問だから数学の勉強いっぱい教えてもらうためにってこと?」

「そうじゃないよ。私は水が好きだから」


 私は首を傾げた。


「プールに広がる水は透明で、どこまでも受け入れてくれそうだから好きなの。私はそれを見ているだけで幸せ」

「でも違うかも知れないってどういう意味なの?」

「誰か、ではないでしょう。あくまで何か、だから」


 麗奈は微苦笑しながら、私を見た。私はその様子を見ながら麗奈らしくないと思った。普段言葉遊びをしないこともあるけれど、自分の好きなものには深く語るきらいがある麗奈が、好きな水について深く語らないのは不自然に思ったのだ。


 だからと言って、私は麗奈に深く訳を聞く気にはなれなかった。麗奈が何かを隠そうとするのはこれが初めてで、それを聞けば麗奈との関係が崩れる可能性が捨てきれなかったから。


 私は普段通りに黙って手だけを動かした。麗奈は普段よりも話さずに、取り留めのない話をしながら手を動かした。


 予想以上にプールの面積は広く、二十人以上部員はいるにも関わらずなかなか掃除は終わりそうになかった。結局終わったのは昼前ぐらいになってからで、日差しも随分と高くなって、選手たちは顔から出てきた汗を体操服の短い袖で拭きながら掃除していた。私達マネージャーは選手達ほど汗をかかなかったために、その分掃除のために手を動かしていた。


 葛西先生や及川さんは昼までには全て終わらせようと思っていたらしく、プールサイドの掃除を少しでも進ませようと広いプールを洗って、達成感に浸っている部員達へ掃除を促した。生徒達は渋々ながらも、プールサイドに上がって掃除を始める。


 しばらくしてから、選手の一人から悲鳴が上がった。普段の猛々しさとは掛け離れたその悲鳴を聞いて、何事かと思って近づいたら、プールサイドにへこみのようなものがあり、そこに溜まっている水に、細くて白い糸のような虫達がうねうねと蠢いていた。


 私はみんなが一様に気味悪がる中、葛西先生に洗剤を貰い、へこみの中に洗剤を流し入れてブラシでこすった。洗剤で泡立った水の中で虫達はもう動くことなく、横たわっている。


 私はホースで排水口に流した。

お読みくださり、ありがとうござます。

ご意見、ご感想頂けたら幸いです。


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