闇夜花2
柔道部から間借りした柔道場の畳の上に仰向けになり、膝を立てながら苦もなく腹筋を鍛える先輩達は凛々しく、新入部員は苦しげな表情を浮かべて、カウントしている私と麗奈を含めたマネージャーに恨めしげな眼差しを向ける。それに私は無反応で、麗奈は憐憫な表情で、マネージャーの先輩である平岡さんは人の良さそうな顔を苦笑させて応える。平岡
体操服姿の先輩達の肌を見やれば、五月の半ばに入りまだ学校で水泳自体はやっていないと言うのに、去年の日焼けが残っている。中でも部長の及川さんの肌は特に焼けていて、日頃から自主的に走り込みなどをしている様が伺える。
部活を選ぶとき、麗奈は私に一言水泳部に入ろうと言ってきた。私は泳ぐのは得意じゃないからマネージャーならと言うと、私も最初からそのつもりと言われた。一緒に部活見学に行くと、日に焼けた彫りの深い顔立ちをした部長の及川さんが来て部活の様子や実績なんかを熱っぽく語っていた。
及川さんに限らず、水泳部の部員は快活さに満ち溢れていた。その証拠こそが日に焼けた肌であり、引き締まった肉体でもあった。彼女達のその精悍さを目の前で見ていると、なぜ麗奈がこの部活を選んだのか不思議に思った。
麗奈のその死人じみた白い肌はおよそ快活さとはかけ離れていて、麗奈自身快活というものを好き好んで味わいたいと思うような人間ではなかった。それは麗奈の以前の生活を聞くに明らかだった。曰く、小学校でも中学校でも運動系のクラブに参加したことはなかったそうだ。そんな麗奈が今さら快活さを得ようとしているようには到底思えなかった。何かしら思惑があるのだと私は思った。
筋トレのメニューが全て終わると、平岡さんは及川さんのところに行って、笑顔でタオルとスポーツドリンクを渡した。及川さんの彫りの深い顔立ちが照れ臭そうににやけて崩れた。
及川さんがスポーツドリンクを口につけると黒い首が脈打ち、口を離した頃には半分ほど無くなっていた。
及川さんは息を少し荒げ、私と麗奈を見ながら猛々しさを露わにし、およそ女性らしくはない言葉使いでのたまう。
「こう屋内で筋トレばかりじゃあ家の水着にカビが生えちゃうな。何とかならないか」
「しょうがないじゃない。今のうちの実績じゃあ予算が降りなくて、スポーツセンターの屋内練習も月一がやっとなのよ」
私達が答えあぐねていると、平岡さんが私達の間に入って受け答えを変わってくれた。
「もうちょっとは屋内練習多めに取れないものかね」
「今週末にはプールの掃除があるんだし、もうじきうちのプールで泳げるようになるから待ちなよ」
平岡さんは慈顔で優しく微笑んで、諭すように言った。及川さんは頭を掻きながら、「分かったよ」と、一言言って部員達と階段トレーニングをしに向かった。
及川さんの姿が見えなくなると、平岡さんが私達の方に向き直って頭を下げた。
「ごめんね。強い物言いだと思ったかもしれないけれど、ゆきも選手のことを思って言っただけで悪意はないの」
私達が黙っていたのを怖がっているのだと思ってか、及川さんの尻拭いをしたようだった。
「平岡先輩、大丈夫ですよ。及川先輩が良い人だって私も小夜もよく分かっていますから」
平岡さんのように優しく微笑みながら、麗奈が私に代わって答えた。
平岡さんは安堵から溜息を漏らした。その溜息は部員が部長を嫌いになるのを阻止して、部内の安定を図るためなどではなく、ただ純粋に自分の好きな友達を誰かに嫌いになって欲しくないという風なためのものに見えた。
「じゃあ先行っているから」
平岡さんは決まりが悪そうになって、階段の方へ駆けていった。
「あの二人、付き合っているんだって」
平岡さんの姿が見えなくなってから麗奈は私に呟いた。
「女同士なのに?」
「そんなこと聞くのは、野暮じゃない。及川先輩の方は分からないけど、平岡先輩は心も体も女の子なのは間違いない。それでも及川先輩を愛している。愛した人がたまたま女の子だっていうだけなんだから」
麗奈はいつにもなく熱く語っていた。その様子を見て、麗奈にもそう言った経験があるのかも知れないと私は直感的に思った。
「麗奈もそう言う経験があるの?」
「あるよ」
麗奈は真っ直ぐ私を見つめた。その瞳の黒は普段なら肌の白さに埋もれてその暗さを強調させているのに、いつにも増して輝いているように見えた。
「どんな人なの?」
麗奈は自分の唇に人差し指を当てた。
「秘密だよ。小夜が誰かを好きになったら教えてあげる」
麗奈は薄く笑って、颯爽と階段へと歩いていった。
麗奈が行った後に、階段から及川さんの猛々しい掛け声が聞こえてきて、私も階段に向かった。
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今日はあと2、3回更新させていただきたく存じます。