玲瓏の音6
美紗子さんは話しながら、いつの間にか泣いていた。お母さんのことが、本当に好きだったのだろう。
美紗子さんの告白は衝撃的だった。お母さんも私も同じような感じだったこと、お母さんと美紗子さんが同じような行為をしたこと、状況こそ違えども血は争えないのだと思った。
「陽輝さんが先生を嫌いなのも、二人が付き合って騒動があったことが理由なんですか?」
「ええ、それもあるわ。でも、もっと大きな理由があるの。それがあなたのお父さんのこと」
私は唾をゴクリと飲み込む。
†
それから私達の関係は壊れたわけではなかった。前みたいな友達に戻っただけで、それはそれで幸せだった。もちろん、親にバレたら大変だから一緒に帰ったりはできなかったけど。
大学は行くかどうか悩んだけど、お互いの親には内緒で明夜と一緒の学校にした。スポーツ関係の推薦でも行こうと思えば行けたのだけど、元々数学が得意だったから、そっちの方の大学に進んだの。
明夜は同じ大学の経済学部に入った。
二人で同じ講義を取ったり、学校帰りに流行りのお店に行ったりもした。
毎日が楽しかった。でもどこか物足りなさを私は感じていたのね。
その時に出会ったのがあなたのお父さん、木戸聡だった。
木戸は数学科の非常勤だった。
すごく繊細で、話すことは知的で興味をそそられた。粗暴の男を挙げれば枚挙に暇がないけど、繊細な男を挙げるなら間違いなく彼になると思った。
私は初めて異性に惹かれた。彼になら抱かれても良いと思った。
元々、男勝りだったこともあって私からアプローチをしたの。
付き合って分かったのは彼がみんなは知らないだけで、異常者だったということ。
†
先生の目が怒りに震えているのを私は見ていた。
「彼は病気だった。元々呼吸器系の病気で彼はいつも咳をしていた。今になって見ると、その頃には彼の肺には腫瘍があったのかもしれない。彼の最後は結局、がんが全身に転移したことが原因なのだから」
私はお父様の声のない笑い、肩を震わせていたことを思い出した。
あれは多分笑っていたのではなく、咳をしていたのだ。私に悟られまいと、口を開けなかっただけで。
「病気と異常者が何の関係があるんですか?」
私はお父様のことが異常者だとは思えなかった。例え、私を傷つけていたとしても、私の大切だった人には変わりはなかった。
「関係あるわ。行為の最中のことだった。彼は私に苦しみを分けたいと言ったの。自分の苦しみを受け入れてくれと。私はその時は愛していたし、介護のようなことをするのかと思ったら違った。彼は私の首を絞めたの」
ぞわりと背中に何かが這っていくような感覚がする。
「私は明夜とのこともあったから、強く拒絶してしまった。一種のトラウマになっていたのね。首を絞められると、呼吸が苦しくなって夢中で押し返した。体格と元々スポーツやっていたことで力があったから、簡単に押しのけられた。私には無理だった。それ以上彼と一緒にいるのは」
私を水に沈めた時も、同じように苦しみを分かち合って欲しかったのだろう。だから、私に苦痛を与えた。
でも、やっぱり私はお父様を憎めない。きっと私も異常者だから。
「次は明夜の番だった。私が彼と一緒にいた時、何度か紹介したことがあって、彼は明夜を求めていた。私は明夜に手を出すとは思っていなかったから、対応が遅れた。気づいた頃には、彼と明夜は恋人になっていた。そのことを知ってすぐに、私は彼と別れるようにと、彼はひどい人だと言ったのに明夜は首を振った。知っている、明夜はそう言ったの。明夜は彼の全てを受け入れていた」
お母さんはお父様をすごく愛していた。お父様もお母さんを愛していた。だから、私はお母さんに嫉妬していた。
「何故ですか。何故お母さんは受け入れられたのですか?」
「単純よ。それは明夜が優しかったから」
私も優しいからお父様の行為を受け入れたのだろうか。自分の主観じゃ分からない。
「交際は順調だったわ。卒業するまで仲良く過ごして、卒業してからはすぐに妊娠をして結婚したわ。流石に私も件の噂で合わせる顔もなかったから、明夜のご両親に彼のことを言うわけにもいかず彼女達は結ばれた。ここまでは良かった。このまま幸せな家庭が築かれると思った。けれどある日彼は喀血した」
白く細いお父様から血が流れ出てくる姿を想像するのは簡単だった。血濡れても、表情一つ変えないいつもの優しそうなお父様が浮かぶ。
「そこで初めてレントゲンを取って癌だと分かった。そこから彼はさらに狂っていった。明夜本人から聞いた話では、彼はあろうことかあなたがお腹の中にいるのに、明夜の首を絞めようとしたの。流石に明夜はやめさせたみたいだけど、明夜は苦しんでいた。もうじき死ぬかもしれない彼の気持ちに応えたい気持ちと小夜を無事に産まなきゃいけない使命感、その狭間で苦しんでいた」
美紗子さんは俯く。
「彼女はそれに耐えられなくて、出産が早まった。母子ともに危険な出産、でも明夜が取ったのは、自分の命じゃなくてあなたの命なのよ。あなたの半分は狂った男のものかもしれない。でも、もう半分はあの子の優しさでできている」
美紗子さんが俯いた顔を上げると、涙に濡れていた。
私はこの命が自分のものじゃないような気になった。元々お母さんの命だったのに、それを私が借り受けているだけのように思った。
「明夜が死んだショックは今でも覚えている。私があの男を明夜に合わせなければこんなことにはならなかったと思った。だから、陽輝ちゃんにも教えたの。お陰で仇のように思われているけど」
「私の祖父母はどうだったんですか?」
「陽輝ちゃんが事実は伝えたらしいけど、明夜を溺愛していた二人だったから、ショックでそれどころじゃなかったみたい。すぐご両親も明夜の後を追うように順番に亡くなった」
ふと、もし私が死んだら陽輝さんはどうするのか不思議に思った。私がいるから考えてもしようとは思わなかったと思うけど、良い人を見つけて結婚をして欲しいと思った。
「陽輝ちゃんがいる限り、私があなたに触れる機会はほとんどないけど、もしあなたに何かしてあげられるなら何でもしてあげたいと思った」
だから、美紗子さんは私に話を聞かせてくれた。
「ありがとうございます。最後に一つだけ良いですか?」
話し終えた美紗子さんは疲れ切った様子だったけど私は聞く。
「何?」
「私もお父様に似たようなことをされたんです。お風呂に頭を入れられて、何度も何度もお風呂の水の中に沈められました。でも、私も嫌がっていなかった。それは私が優しいからなのでしょうか?」
美紗子さんは言葉を失う。
「あなたも……やられていたのね」
美紗子さんは私を抱きしめて頭を撫でる。
「その答えは小夜の今の目を見れば分かるわ。あなたは今も昔も純粋なの。確かに明夜のような心の奥にある優しさはあると思う。でも、純粋さが原因で受け入れたのよ」
もしかしたら私が麗奈を受け入れているのは、この純粋さが原因なのかもしれない。でもそうだからと言って、この想いは変わらない。
私は麗奈を愛している。
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