闇夜花5
帰りの学活の始まる前の教室では、緊張の糸が切れたクラスメイト達がその日一番の活気を見せる。
私は前の席で麗奈と真奈美が話しているのをぼんやりと眺めながら辺りを見回す。放課後どこに出かけるか相談する者、授業で出た課題について話す者、昨日やっていたテレビ番組について話す者、色々いれども、私はある会話に聞き入っていた。
「ノストラダムスってあるじゃない。アレって本当に起きるのかな?」
目の下にほくろのある女の子が聞いた。
「七の月だったよね。後一ヶ月ちょっとで何か起きそうにはないだろうけど……」
アンニュイな瞳の女の子が答える。
「でも、どこか期待しちゃうよね。もし世界が滅ぶならその瞬間に立ち会いたいって」
三白眼の女の子が言ったその一言に、二人とも空想を膨らませているようだった。
「その瞬間、何したい?」
ほくろの女の子が二人に聞くと、聞くまでもないと言ったように三白眼の女の子が答えた。
「この三人で世界が滅びる瞬間にジャンプする」
「またアホなこと言って、七の月ってだけでいつ滅びるか分からないのにタイミングよくできないでしょう」
アンニュイな瞳の女の子が指摘すると、「もしもの話ぐらい夢みさせてよ」とすかさず返した。
私は入学式の日のことを思い出した。今年世界が本当に滅びるとは思っていない。ただ、私自身が死ぬ可能性は十分にあるのではないのかと、麗奈と触れ合ってから思うようになった。
前で真奈美と話している麗奈を見ると、また頭痛のために頭を抑えている。もう何度も見た苦痛に歪む表情は、死相が薄っすら出ているようにすら感じられる。
昔読んだ童話、死神の名付け親に書いてあった。
「死は老いも若きも男も女も平等にその時が来たらやってくる」、私にその時がいつ来るかは分からない。けれど、麗奈に早逝の気配があるように、私も思ったよりも長くは生きないのかもしれないと思った。
「麗奈、今日も部活行くの?」
麗奈の介抱をしながら、心配そうに聞いた。
「うん、行くよ。頭痛は突発的に起こるけど、そのあと痛みが長く続くってことはないから」
麗奈はまだ手で頭を抑えつつも、無理矢理にいつものように薄く笑った。
麗奈の笑みに、真奈美は歯がゆそうにした。麗奈が一度決めたら意見を変えないと、分かっているのだろう。
「小夜、部活中は麗奈に気を遣ってあげてね」
真奈美は私の肩を力強く握った。
「うん、分かっている」
私が言うと同時に葛西先生が入って来た。具合の悪そうな麗奈を見つつも、あまり気にしていないようだった。それは先生が非情だからではなく、麗奈に数学を教える間柄でもあるから事情を麗奈から聞いているのだろう。
葛西先生が教卓の前に立つと、先生の高身長からくる威圧感に当てられてか、あちらこちらに散らばって話をしている生徒達は自席に着席し、さっきの喧騒とした様子が嘘のようにみんな静かになる。
先生によって学活の長さは違うが、葛西先生は事務連絡だけを簡単に伝えて済ませることが多かった。今日もいつも通りで、遅刻者が増え始めていることへの注意ともうじき衣替えになることの連絡ぐらいしかしなかった。
学活が終わり、教室掃除の当番は憂鬱そうな表情を浮かべて掃除ロッカーからおもむろにティー字モップを取り出し、それ以外の生徒達は友達同士で一緒に帰ったり、部活に行ったりする者に分かれた。
私達は真奈美と教室の前で別れてからプールに向かう。途中の窓から見える広いグラウンドでは、既にサッカー部と陸上部が半々で分かれながら部活の準備を始めていた。私達のクラスの学活は学年の中でも早いと言うのに、もう既に外にいて準備を始める人達は、学活などほとんどしていないのではないかと思った。
一度一階に降りて、教室のある棟から体育館とその奥のプールまでつながる渡り廊下を歩く。プールに近づくに連れて、水泳部の先輩達の大きな声が聞こえてきた。
渡り廊下を歩き、ちょうど体育館の入り口に向かう曲がり角を進んだところで、突然麗奈の足が止まって、こちらを向いた。
「今日、部活には行かないから」
私は麗奈がさっき嘘を言ったことに少し驚いた。その驚きは現実感のない私にとっては、非常に大きな感情だった。
「さっき、真奈美に部活行くって言っていたのに行かないの?」
麗奈はいつものように笑わずに、瞳に鋭い光を宿していた。
「今日は部活行く代わりに、小夜と一緒に行きたいところがあるの」
古き時代の空気感が残っているところに、また連れて行こうとしているのだろうと私は思った。
「また、前みたいなお店?」
「ううん。違うよ」
「じゃあどこ?」
「それは、秘密」
麗奈は唇に人差し指を当てながら、今度はいつものように薄く笑った。
「先輩達には私が言ってくるから」
と言いながら、プールまで歩いていった。
一人になって、私はどんな場所に連れて行かれるのか考えた。部活を休んでまで行きたいと言うことは、部活のない水曜日に行けないところ。つまりは、真奈美に感づかれたくない場所に行くのだろう。だとするならば、バーやディスコ、あるいは芸術性の強い映画とかを見に行くのかも知れないと思った。
私が色々憶測をしていると、廊下の奥から麗奈が歩いてきた。これから行くところがそんなに楽しみなのだろうか、珍しく満面の笑みを浮かべている。
「お待たせ。小夜、行こう」
私は一つ頷いた。
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次の更新は4月13日を予定しております。




