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1 死霊復活

『親愛なる皆さん 再びようこそ 終わりなきショーへ・・・』

 放課後、校舎の隅の部室にて、CDプレーヤーから早口の歌が流れていた。

 ここは都立甲石高校、都内でも屈指の凡庸さを誇る平穏な学園である。例外といえば一部の生徒による騒乱ぐらいだが、目立たず植物のような生活が望みの今どきの学生は、そんな面倒は避けて日常を送る能力を身に付けるものである。

 そんな十代の不毛な居場所ティーンエイジ・ウェイストランドに一石を投じる数少ない発火点が、ここ「科楽部」に集った四人の女子生徒である。この部の結成とセンスのない命名には、さる不本意な事情があるのだが、当の部員達にとっては些細なことだった。

 なぜなら、今や彼女たちはバンド"ザ・ファントムズ"を名乗ったからである。これでもう部活名を名乗らなくて済む。

 加えて、一週間後のライブ出演が降って湧いたのだ。新人バンドにとっては、盆と正月とハロウィンと黒い安息日(ブラック・サバス)がまとめてやってきたかのような大事件である。活動名なんか気にしている余裕はない。

 おまけにその数分後、さらなる事件の発生が追い撃ちをかけ、躁状態が臨界を突破して逆方向へ突き抜け、ぱったりとテンションが平常時に戻り、いま"ザ・ファントムズ"の四人は季節外れの五月病のような表情で、CDプレーヤーに耳を傾けているのだった。

「どうかしら、これ、新曲に」

 長い黒髪に眼鏡の女子生徒が口を開いた。四人のうちで雰囲気は最も大人びていて、他の三人に話しかける態度にもどこか一段上からの姿勢を感じさせる。

「なんか難しそうです、わたし自信ないですう」

 長いウェーブの銀髪に褐色の肌の女子が答えた。目立つ外見には不似合いな、無邪気だが遠慮がちな声だった。

「つーか、長げえぞこの曲? オレだって憶えらんねえよ、こんなの」

 対照的に横柄な態度の女子が不満を漏らした。女子らしからぬ口調に合わせて、短い金髪の跳ね上がりがピョンと揺れた。

「しかもこの曲ギターないじゃん、わたし出番ない」

 赤毛の小柄な女子が続いて口を尖らせた。四人のうちでは最も外見が幼く、制服を着ていなければ、ぱっと見、小学生だと思われそうだ。

『そこはやっぱり、短くアレンジして、パートも再編よね』

 五人目の女子の声が部室に響いた。一同はビクンと身を引きつらせた。

 この部屋には確かに四人の姿しかない。それこそが、四人の躁状態を一気に初期状態へリセットした異常事態の原因なのである。

 数秒の凍りついた空気の後、四人は議論を再開させた。五人目の声は聞かなかったことにするように。

「そんなに文句ばかり言わなくてもいいでしょう、少しはこういう知的なのもやらないと」

 黒髪の大人びた女子、エレノアが自分の提案を再度推した。

「わ、わたしは、楽しいのがいいと思いますう」

 銀髪に褐色の肌の女子、メラニーがおずおずと意見を述べた。

「だよなー、ロックはやっぱしビートだよビート!」

 金髪のオレ女子、アンナが反論に加勢した。

「まあまあ、せっかく提案してくれたんだしさ」

 赤毛の幼い外見の女子、リアが場をなだめにかかった。

『私は、複雑な曲もありだと思うな』

 また五人目の女子の声がした。場の空気はピタリと静まった。

 不自然な沈黙と固まった視線の後、室内の四人、エレノア、メラニー、アンナ、リアは議論を再開させた。まるで五人目の声の主などこの世に存在しないかのように。

 実際、その通りだった。

「単純ならいいってもんじゃないでしょう。バカな曲ばっかりの単細胞だと思われたら困るわ」

「んだとこの野郎!」

「あ、あの、ケンカは良くないですう」

『それなら、ちょっとシンプルにアレンジしたら?』

 またもや五人目の声で場が凍りついた。が、数秒後にふたたびその声を無視して再開する。

「歌詞もなんか変わってるよね、意味ムズかしそう」

「子供には早いかしらね」

「子供じゃないよっ!」

『高校生には確かに難解かもね』

 沈黙。

「か、歌詞よりもまず、ノリだよなノリ」

「・・・い、いいですねえ、ノリ」

『この曲もノリはいいんじゃない?』

 また沈黙。誰かが【一時停止】ボタンを押したかのように四人が凍りつく中、CDの曲だけが流れる。

「・・・ま、まあ、わたしもどうしてもこの曲ってわけでもないけど」

「え、えと・・・それじゃ、ほかの歌詞のカッコいいやつとか」

『社会派の歌なんかいいんじゃない?』

 またもや不自然に一時停止。さながら放送事故をカットした編集映像のように。

「・・・メイデンなんかどうだ? 歴史ネタ多いぞ」

「い、いいですねえ、歴史」

『社会派だったらパンクにだって・・・ねえ、ちょっと、聞いてる?』

「れ、歴史だったら、ディランとかもあるよねっ」

「文学的でいいんじゃないかしらね」

『ちょっと、無視しないでよ』

「おーいいねえディラン! ライク・ア・ローリング・ストーン! イエー!」

「いえーい、ローリング・ストーンズ!」

 だしぬけに音楽がぴたりと止まった。

 CDプレーヤーがピョンと空中に跳び上がった。


『私を無視しないでったら!!』


 プレーヤーのスピーカーから音量MAXの声が叫んだ。校舎の外で電線に止まっていた鳥が、一斉にギャアギャアと慌てふためいて飛び去った。

 冷や汗を流して固まっているアンナ、メラニー、リア、エレノアが見つめる前で、静まり返った部室の中央に、CDプレーヤーはゆっくりと降下して着地した。

『ごめんね、つい大声出しちゃって』

 五人目の女子は穏やかにそう言うと、CDプレーヤーの上空にすっと姿を現した。他の四人は、この世のものではない物でも見るかのように少女を見上げた。

 屈託のない笑顔を浮かべ、爪先も地面から浮かべ、青白い光を放つ身体が透けて見えるその少女は、まさしくこの世の者とは思えなかった。どこをどう見ても幽霊というやつだった。


 少女は利降沙奈(りふり さな)と名乗った。

 セミロングの髪を甲石高校の制服に揺らす沙奈は、目立つ外見ではないが人好かれはしそうな印象だった。ただし身体が光っても透けても浮かんでもいなければの話だが。名前も顔立ちも日本的だが、全身が青白く光っている上に半透明なので、髪や肌の色は想像するしかない。

 リアたち四人は互いに目を見合わせ、これは夢でも幻覚でも"シックス・センス"でもないことを認めざるを得なかった。

 今度は四人の視線を一身に受けながら、沙奈は部室の上空にふわふわと浮かんでいた。注目を浴びるのが嬉しいのか、時折くるりと素早く宙返りもする。目が回りそうで、リアは目で追うのをやめた。

『わたしも"ファントムズ"の仲間だって言ってくれたくせに』

 沙奈は空中で頬杖を突いたポーズで話しかけた。四人は気まずく目を逸らした。

「ええと、その、でも、ホントに幽霊(ファントム)が出てくるなんて思ってなかったし」

 リアが四人の重い空気を代表して口を開いた。

「目の前にホンモノが出られると、やっぱりちょっと怖いですう」

 続いてメラニーの弁。それを聞いた沙奈は意外そうに目を丸くした。

『あら、だって、同類なのはまちがいないでしょう? 私もロック好きだし』

「いや、その、そっちじゃなくて」

 狼狽するリアに沙奈は言葉を続けた。

『身体のことなら、怖がることなんかないでしょう? リアさん。あなたも飛べるし」

 リアはミニトマトのように顔を赤くして反論した。

「わっ、わたしは壁抜けなんかしないもんっ! ずっと浮かんでるわけじゃないし!」

 沙奈は別の相手に話を向ける。

『メルさんなんかほとんど私と同じ存在じゃない』

 メラニーは困ったようにそわそわと身じろぎした。

「で、でもお、わたしはいきなりワッて出たりしませんし」

『あら、私だって「ワッ」なんてしないでしょ。それにアンナさん、見た目ならはっきり言ってあなたのほうが怖いわ』

 いきなり外見を非難されたアンナが歯をむき出した。

「オ、オレだって四六時中変身してるわけじゃねえぞ!」

 沙奈は最後の一人に向き直った。

『エリさん、超常現象ならあなたの専門でしょう。部長なんだし』

 いつもは冷然としているエレノアも、眼前に浮かぶ幽霊に、冷や汗を浮かべている。

「部長は関係ないでしょう。存在自体が非科学的な人に説教されても」

 エレノアの迷惑そうな口調に、沙奈は態度を軟化させた。

『やだな、そんな、説教なんて。あなたたちと一緒にバンドやりたいだけよ』

 ふわりと四人を見渡した沙奈が、手を合わせて「お願い」のポーズをとった。幽霊がやるとどうしても「南無阿弥陀仏」に見えてしまうが。

『同じ妖怪同士だし。ね?』

 そう言われると、反論できない。

 事実だし。


 沙奈の言うとおり、ファントムズの四人は、人間ではない。

 バンド(とその部活)を結成したのも、元はといえばバレかけた正体のカムフラージュでもあった。

 赤毛の小柄なリア・パーカーは、ヴァンパイア。

 世間のイメージとは違い、太陽も平気だし、べつに血が主食なわけでもない。本気を出せば空を飛んで吸血することもできるが、普段の能力は超スピードで動くことと、ケガも数秒で治る回復力である。しかし後者のほうは身体が成長しない副作用があり、リアにとってはありがた迷惑な能力だった。

 金髪のアンナ・ブレットは、人狼。

 こちらも伝説とは違い、満月に限らず自由に変身できるし、元にも戻れる。変身時にはそこらの猛獣をも凌ぐパワーと運動能力を発揮するが、変身しなくても腕力、体力、そしてケンカ腰の迫力はそこらの草食男子を凌駕する。

 銀髪に褐色の肌のメラニー・アッシュは、ゾンビ。

 正確には死体を継ぎ合わせて作られた屍生人らしいのだが、首や腕がポロリと外れる衝撃を目の当たりにした者にとっては、分類どころじゃない。幸い、本物?のゾンビと違い、腐ったりはしない。万一のときには、スペアパーツも用意してある。

 黒髪に眼鏡のエレノア・ランバートは、宇宙人。

 正確には地球人とのハーフだそうだが、眼鏡で隠している光る目と、自慢の超科学メカの数々は、やはり周囲にとってはエイリアン以外の何者でもない。普段は理系の冷徹な頭脳派というイメージで知られ、本人も地球のたいていの出来事には取り乱さないつもりだった。この三人に出会うまでは。

 四人はひょんなことからいっぺんに正体を一般生徒の目に晒してしまったが、ビジュアル系バンドのコスプレということで咄嗟にごまかし、そのまま本当にバンドを結成したのだった。元から本気でバンドをやりたがっていたリア、アンナと、部員一人の科学部が存続の危機に立たされていたエレノア、そこになんとなく楽しそうで仲間になったメラニーの利害が一致し、四人は新生"科楽部"として活動を開始したのだった。

 この適当な名前をつけた顧問教師の橋澤は、正体が地上を監視する悪魔。

 バンドを目の敵にする風紀委員会、別名PMRCは、にわか退魔術士にクラスチェンジ。

 PMRCが召還した宇宙邪神が地球を破壊しかけるも、"ザ・ファントムズ"のライブがお気に召した邪神は無事帰宅し、四人は褒美として宇宙フェスの出番を手に入れましたとさ。めでたしめでたし。

 C級パニック映画だってもっとましな展開だろうが、今は日本全体がこんな調子なんだからしょうがない。


 21世紀、少子化による人口減の対策として、日本は外国移民の受け入れハードルを引き下げた。

 その結果、元の国を追われた者、居づらくなった者たちが日本に移住するようになり、数年にして日本は外国人の坩堝と変貌した。

 そして追われた者の中には、人間ではない者もいたのである。

 何の因果か、甲石高校には人外の正体を隠していた生徒が四人も集まっていた。それがまた類は友を呼び、奇人は変人を呼んで、また一人新たな妖怪が現れたのである。しかも今度は自主的に正体を公開して。

 目の前に迫られたアンナがつい「オレたちの仲間だ」なんて口を滑らしたが、笑顔で『友達よね?』と迫る相手ほど恐ろしい者はない。しかも床下から現れた笑顔なら、なおさらだ。

 同じ死人のメラニーさえも現実から目を背けたくなるほどの衝撃だった。

「そ、そういえば、もうすぐフェスですねえ(棒読み)」

「お、おー、練習ガンバローぜ(棒読み)」

「そ、それじゃ、新曲もやろうよ(棒読み)」

「そ、それなら、いくつかいい曲が(棒読み)」

『がんばって成功させようね!』

 いちばん超自然的な存在の沙奈が、最も自然な口調だった。その他の四人は顔を引きつらせ、不自然な視線で席を移動し、エレノアのCDに耳を傾けたのだった。

 それから沙奈の一喝で現実逃避は打ち砕かれ、無情な世界に戻る。


『私、高校入ったらバンドやるのが、夢だったのよ』

 自分語りを始めた幽霊を前に、四人は居心地悪く座っていた。できればこれも夢であってほしいと思いながら。

『中学のときは引っ込み思案で、性格もちょっと暗かったし、友達もできなかったの。存在感薄くて』

 いまや限りなくいろいろと薄い存在になった沙奈は続ける。

『高校生になったら今度こそって、一念発起して軽音部入ろうとしたの。洋楽好きだったし』

 沙奈はそこでちょっと間を置いて、生前の不幸な身の上への同情を高めようとした。残念ながら高まったのは次の展開への警戒だけだった。仕方なく沙奈はそのまま続ける。

『そしたらね、入った早々、階段から落ちて身体打って、死んじゃったのよ』

 身の上話のクライマックスを迎え、沙奈は四人の顔を見回した。四人とも怯えた顔つきで固まっている。

 沙奈はいきなり劇的効果を狙ってばんと空中に躍り上がった。

『そしたらなんと! 諦められなかった私は、こうして生まれ変わったのよ!』

 四人は急な演出に驚いて椅子からずり落ちかけた。

『ほら、そこは「生まれてねえだろ!」って突っ込むところよ』

 おまけにツッコミ強要。だいたいこの世に沙奈を肉体的にどつける者はいないし。

 しーんと静まり返った空気に耐えかね、沙奈は急降下してリアの至近距離でまくし立てた。

『だから! ホントに今度こそ友達ができたって、すっごくすっごく感激してたんだから!』

「ぎゃー! 近い! 近いっ!」

 接近のあまり最後には沙奈の顔がリアの頭にめり込んでいた。リアはパニックで手足をバタバタさせた。

 沙奈が上空に戻った後、目を回すリアをメラニーが介抱した。

「だ、だいじょうぶですか、リアさん?」

「あ、頭の中で声が響いた・・・」

 エレノアとアンナが恐る恐るリアを見る。

「本当に頭の中で喋られたものね」

「すげーなリア、ヴァンパイアで霊媒(ミディアム)になったのなんてお前が世界初かもしんねえぞ」

『みんなも種族代表で世界初になってみる?』

「「いやいやいやいや」」

 三人は一斉に両手を拡げた。

 リアが霊体接触のショックから立ち直った頃合を見て、沙奈は身の上話を再開した。

『ええと、まあ、とにかく、気がついたらこうなってたのよ』

 沙奈は空中で静止していた。髪が空中にふわふわと浮かんで広がり、今度は水死体っぽくなった。

「そ・・・それで、学校で『恨めしや~』なんてやってたのか?」

『ううん、ただ見てただけ。みんな少しは悲しんでくれるかと思って。でもみんな、大して動揺もしてなかったみたい。二週間もすると普通に戻ってた。もう私のことなんか忘れちゃったみたいに』

 沙奈は沈んだ様子でうつむいて言った。生前こんな様子だったなら、なるほど友達は少なそうだと四人は思った。

『あんまり悔しいから、ときどきクラスの子たちの前にワッて出たんだけど、それでもあんまり気付かれもしなかったの。どうも幽霊になりたてのときは姿が見えにくかったみたいで』

「その姿でも見えなかったの?」エレノアが訊いた。

『ううん、あとで光り方が判って、このほうが幽霊っぽいかなと思ってこうしてんの。切ることもできるよ』

 沙奈がそう言うと、電灯のスイッチを切ったようにフッと身体の青白い光が消えた。光が消えた沙奈は、透けているせいで窓ガラスに映るように薄くぼんやりとしか姿が見えなかった。たしかにこのままでは、いきなり目の前に出てこられても目の錯覚ぐらいにしか思われないかもしれない。

 ふたたび沙奈はぱちっと光を点けて、話を再開した。

『本当に『恨めしや~』なんて声に出してみたこともあるけど、そしたらなんて言われたと思う?「なんか知らない子の声がするかも」だって! 同じクラスの子だったのに! 私、あんなにクラスで影が薄かったなんて知らなかった』

 そういう沙奈の身体は放課後の西日にも影が落ちなかった。物理的にも存在的にも影が薄かった。

「それはかわいそう」

 リアが同情の声を上げた。彼女も存在に気付かれない経験が何度かあったからだ。もっともリアの場合は、背が低くて視界に入らないせいだったが。

『それでもうすっかり落ち込んで、学校を飛び出したんだけど・・・あ、文字通り空を飛んでね。そしたらそのとき、学校から出られないことに気付いたの』

「出られないって、さっきは床をすり抜けてたじゃない?」エレノアが言った。

『ううん、校舎からは出られるんだけど、校門をくぐった瞬間、校舎の中に戻っちゃうの。あの階段の、私が死んだ場所』

「パッて?」

『パッて。ワープみたいに。校門だけじゃなくて、校庭の壁を抜けるとかしてもダメだったの。学校の敷地を出ようとするたび、パッて階段のところにワープしちゃう』

「空の上とか地面に潜ったりは?」

『それもやったけどダメだった。何度やっても。そうしてずーっと学校に閉じ込められたままよ』

「そりゃひでえな」

「かわいそうですう。こういうの何て言うんでしたっけ、自爆?」

「地縛霊だよ、メルちゃん」

「ワープならお前の専門だろ、エリ」

 アンナがエレノアを見た。エレノアが部室の地下に隠し持っている、宇宙テクノロジーの転送装置とか何とかで、宇宙メカをワープ出現させたり消したりするのを他の部員は日常的に目撃している。

「あれは科学よ、オカルトじゃないわ」

 エイリアンにとっても心霊現象は専門外だった。

 それはともかく、ようやく四人が自分の境遇に関心を寄せだしたことで、沙奈の声に熱がこもった。

『そんなふうに地縛霊になって、誰にも気付かれないまま、勝手に過ごしてるうちに人見知りは治ったんだけど』

「すっかりやさぐれちゃったのね」

『そんな風に言わないで。まあ、人が見てないと思うと、人間ってコロッと行動が変わっちゃったりするでしょ。仲良くしてたフリのクラスメイトの陰口広めたりとか。そんなの見ているうちに、なんか人目を気にしてたのがバカらしくなってきて』

「"地縛霊は見た"ってやつですねえ」

『たまにちょっぴりイタズラしたこともあったけど。コックリさんの答えを動かしたり。『ジ・ブ・ン・デ・カ・ン・ガ・エ・ナ』とか』

「わー、ホントに性格変わったね」

「それでどのぐらいそうしてたの?」

 エレノアの問いに、沙奈は待ってましたとばかり姿勢を正した。

「もうかれこれ二十年よ」

「「にじゅうねん!?」」

 四人は一斉にポカンと口を開いた。

「それじゃもう四十歳近いじゃん!」

「大人ですう」

『歳なんてもう関係ないわ。ブライアン・アダムスは死ぬまで十八歳宣言したけど、私は死んでも十六歳! どうよ!』

 沙奈はえっへんと胸を張った。甲石高校の制服姿とはいえ、たしかに外見はどう見ても自称通りの十六歳にしか見えない。

「シェールより若造りですう」

「リアももしかしたらこんなふうに・・・」

「言わないでっ! わっ、わたしはこれから成長するんだもんっ!」」

 アンナのちょっかいにリアは涙目で反論した。四十歳近くになっても見た目子供というのは、リアにとっては二十年後の悪夢の見本にほかならない。

「二十年も化けて出てて、誰にも気づかれなかったの?」

「学校の怪談になったりしなかったんですか? 『トイレの沙奈子さん』とか、『呪いのビデオの沙奈子さん』とか」

 エレノアとメラニーの問いにも沙奈は悲しそうに首を振るのみだった。

「橋澤先生も何も言わなかったしね」

「そういやセンセはどこ行ったんだよ、死人の監督のプロのくせに」

"科楽部"の顧問教師にして、リアたちの監視役、橋澤清石(きよし)の正体は、地上の人間を監視する魔界の悪魔である。そしてその実態は、面倒な仕事の回避&逃避にのみ全力を尽くす、ダメ役人だった。

 橋澤は地上と魔界の人間の全データにアクセスできるのだが、住所無登録の死人である沙奈のことは載っていなかったらしく、初めて沙奈を見たときは唖然としていた。どうもこのデータベースは肝心なところが抜けているようだ。さすが悪魔、怠惰の罪もお構いなしだ。

 沙奈が死後の世界のどこにも無所属と判るが早いか、橋澤は「俺の管轄じゃない」とさっさと部室から引き上げてしまった。たぶん担当区にフリーの死人がいたのに何年も気付かなかったのを、上にどうやってごまかそうかと作戦を練るのだろう。

『そんなこんなで独り淋しく学校をウロウロしてたんだけど、ついに! 私の同類でしかもバンドを始めたあなた達に出遭ったのよ! これはもう運命としか言いようがないわ! "命"を運んで来ると書いて"運命"!』

「わかった、分かったから、いきなり近づくなってばよ!」

 しかも死人に命の話をされるのは非常に不吉な感じだった。

『人生二度目の一大決心よ! こんどまた仲間はずれにされたら、私もう死んでも死に切れない』

「いや、すでに死に切れてねえだろ」


「わたし、沙奈さんもバンドに入ってほしいです。ずっと独りぼっちなんてかわいそうです」

 最初に情にほだされたのは死人仲間のメラニーだった。

 初めて自分の味方が現れた沙奈は、喜びに顔を輝かせて『ありがとう!ありがとう!』とメラニーの両手を握ってぶんぶんと振っていた。あいにく沙奈の手はメラニーの手をすり抜けてスカスカと上下していた。そのうえ全身も本当に輝いていたため、メラニーは眩しさで目を細めて見ていなかった。

 沙奈の輝きが治まってから、同じく目を覆っていたリアが困惑して言った。

「そういっても、幽霊ってのはさすがに、わたしたちと同じふうにはいかないかも」

 エレノアも渋い顔をしている。

「そうよ、だいたい同類っていったって、わたしはただの外国人(エイリアン)だし。ゾンビのメルはともかく、あとは動物と子供だけよ」

「誰が動物だコラ」

「子供じゃないよっ!」

「わ、わたしも、なんか扱いヒドいですよう」

 エレノアのさりげない悪口に三人がただちに反論した。沙奈はそんな四人を生暖かく見守っている。

『やっぱり仲いいよねえ、あなた達って。うらやましい』

 睨み合っていたエレノアとアンナは「どこが?」と沙奈に顔を向けた。

『本音でケンカできるって、友達じゃなきゃできないじゃない。それにコンビネーションも完璧だし』

「変なこと言わないで、わたしは動物じゃないわ」

「オ、オレだってこんな毒舌冷血エイリアンなんかとは違うよ! 幽霊のほうがまだマシだっての!」

 言った瞬間アンナは「しまった」と顔を引きつらせた。が、遅かった。沙奈が満面の笑顔でハグをしに飛びついてきたのだ。

 例によって沙奈の身体はアンナをすり抜け、勢い余って背中から飛び出した。アンナは歯をガチガチと震わせながら立ちすくんでいた。

『それなら私も友達になれるわよね!』

「お、お、おう・・・と、とにかく、離れてくれ」

 アンナは全身の毛を逆立ててプルプルと椅子に座りこんだ。

「だいじょぶ?」リアが覗き込む。

「カーカスのジャケットが見えた・・・うう」

 沙奈から慎重に距離を取っていたエレノアも席に戻り、刺激的でない話題に切り替えた。

「バンドに入りたいのは分かったけど、楽器は何かできるの?」

 沙奈がびゅんと部屋の中央の上空に飛んで戻った。

『はいはい、特技見せます!』

 言うなり沙奈は机の上のCDプレーヤーにするりと入り込んだ。と、スピーカーから音が流れ出した。パーカッションのビートがパタパタと鳴り、それに合わせてヴォーカルが「イェー」「おー」と掛け声を乗せていく。

 いわゆる、ラップ・ミュージックだった。

『これが本当のラップ音! なんちゃって、アッハハハハ』

 四人はしーんと黙り込んだ。かくも気まずいダンス音楽もあるもんだ。

 誰一人言葉を発しない中、"ラップ音"はレコードの回転を落とすようにピッチが低くなり、やがて止まると沙奈が上空に姿を現した。まさしく「恨めしや」という台詞がふさわしい顔で。

『ちょっと、ハズしたのは認めるから、そんなに引かないでよ』

 メラニーが必死に作り笑いを浮かべた。

「ス・・・スゴイデスネエ。頭で思った音が出せるんですか?」

『そう、ヒューマン・ビート・ボックスよっ』

 沙奈も懸命に作り笑いでえへんと得意げなポーズをとった。"ヒューマン"についての突っ込みは誰からも来なかった。

「それは演奏って言うのか?」

「SEなんじゃない?」

「テープ演奏と変わらないじゃない」

 エレノアがとりわけ冷たい目で言った。エレノアは練習にあれこれ宇宙テクノロジーを駆使しているのに、なぜか生演奏にこだわってライブでのテープ使用は絶対に認めないのだ。

『ぐす、これが一番の特技なのに・・・』

 もしかしてさっきの"ラップ音"は、二十年温めていた渾身の一発ギャグだったのか。

『んー・・・あとは幽霊の定番として、音楽室のピアノ弾こうと思ったんだけど』

「弾けるの?」

『ううん、触れなくてムリ。ていうか、元から弾けなかったし』

 四人は軽く脱力した。

『物に触るのも、心底集中しないと続かないのよねえ』

「そっからかよ!」

『さっきみたいに物に憑いて動かすのは得意なんだけど』

「やめて絶対やめて」

 それは演奏じゃなくてポルターガイストだ。

「あ、でも歌ならできる! 聴いて!」

 気を取り直して沙奈は空中ですっくと背筋を伸ばし、両手を拡げて「♪ラーララーララー」とビートルズの"フライング"を歌いだした。

 マジカルでミステリーな音程だった。聴いているだけで意識があの世へツアーに出かけそうだった。部室の外で鳥が一匹、壁に激突してバサリと地面に墜落した。

「♪ア~ア~」に差し掛かったところで声が途切れ途切れになり、苦しそうな息継ぎが頻繁に入り、ようやく1ヴァースが終わったところで沙奈はハァハァと息を喘がせた。

 沙奈の歌に悶絶していた四人は、ぐったりと身を起こした。

「何なのよもう」

「全然ダメじゃん」

『ごめーん、あまり息が続かなくて』

「幽霊さんでも息切れってするんですか」

「そういう問題じゃねえだろ」

 SEもポルターガイストも怨霊の呼び声も却下されて意気消沈した沙奈は、何か他の特技はと必死に考えた。

『じゃ、じゃあ、ライティングとか! ほらほらこんなふうに!』

 沙奈の全身から七色の光が溢れ出した。光るだけでなく、カラフルな光の点が点滅しながら移動している。

「自分が光ってどうすんだよ!」

「派っ手」

「パチンコ屋さんみたいですう」

「・・・デコトラ?」

 目をしばたたかせながら四人は口々に率直な感想を述べた。

『あ、あと衣装の瞬間着替えとかも! はいっ!』

 沙奈は空中でターンするとパッと姿が消えた。一秒後、またターンとともにパッと現れた沙奈は、ポーズを決めて静止した。沙奈の服装はジャケットとパンツの私服に変わっていた。髪形も纏め上げになっている。八十年代のMTVで流行ったようなスタイルだった。

「あー、うん、今までの中ではいちばん使えそうな技だね」ようやくリアが努力を評価した。

 他のネタはないか部室を見回した沙奈は、壁際の棚に寄りかかっている人形に目を留めた。オーバーオール姿の少年の人形だった。メラニーが部室のインテリアにと持ってきたのだが、アンナがコープスペイントの落書きをしようとして止められた経歴があった。

『え、えっと、それから、取り憑いてダンスとか! ほらっ!』

 少年の人形目掛けてびゅんと飛んだ沙奈はするりと人形の中に入り込んだ。人形はビクンと動いて、立ち上がり――ばったりとうつ伏せに倒れた。他の四人が見守る中、よろめきながら人形は立ち上がると、四人に背を向ける格好になった。

 だしぬけに人形の首がぐるりと後ろに回転した。

『ハーイ、僕、チャッキー』

「うわああぁ」

 四人は恐怖に後ずさった。そのままの姿勢でススススと迫ってくる人形はすごく怖かった。しかもその上、沙奈がムリヤリ笑顔を作ろうとして不自然に表情を動かし、結果的に世にも恐ろしい形相に変貌していた。

「どこの呪いの殺人人形だよ! やめ、却下だ却下!」

『まって、もう一度だけ』

 沙奈は少年の人形から飛び出してまた棚へ飛んでいった。少年の人形は床にぽとりと落ちて動かなくなった。

 こんど沙奈が飛んで行った先には、ネズミのぬいぐるみが置いてあった。手足が針金のように細い、老若男女におなじみのあのネズミだった。このぬいぐるみも、名前が似ているからとミック・マーズの退廃ファッションを着せられそうになったことがあった。

 沙奈が入り込むとぬいぐるみはフラフラと立ち上がった。足が細くてバランスが取りにくく、絶えずヨロヨロしている。

『うお、とっと・・・さ、さっきの人形とどっチュがい・・・いいでチュか?』

 リアとメラニーはツボに来たらしく、顔を輝かせて駆け寄った。

「カァァわいいィィ~」

「とってもとっても!」

 すかさず二人はぬいぐるみを全身わしゃわしゃと撫で回した。ぬいぐるみはあちこちを掴まれながらヨロヨロを続けていたが、逃げ出そうともがいているようにしか見えない。

 と、沙奈はぬいぐるみから抜け出した。元から生気のない顔をさらにやつれさせている。

『や・・・やっぱやめるわこれ。いろんな意味で疲れる』

「三十過ぎて『チュー語』はキツいわよね」エレノアが冷たく言い放った。

「ぷぷぷぷ・・・」

 一方アンナは『チュー語』とエレノアの突っ込みがツボに来たらしく、腹を抱えていた。

『呪うわよ取り憑くわよ』

 屈辱に満ちた目で沙奈はずいっと迫った。

「ゴメン、悪かったから、いきなり寄るなってば」

「もう呪われてるようなもんじゃない。化けて出られてるし」

『取り憑いて授業中にストリップしちゃうわよ』

「やめてあげて。見せられるほうが気の毒だわ」

「ざけんなコラァ!」

 心霊現象をバンド活動に結びつけられないままネタが尽きた沙奈を、メラニーが励ました。

「沙奈さん、やっぱり、せっかくですから楽器と歌の練習しましょう。わたしも全然経験なかったけど、練習して何曲か演奏できましたし」

 メラニーは昨日のライブで目をつぶってベースを弾きながらヴォーカルも披露するまでになったのだった。もっともメラニーの場合、常人離れした上達の秘訣は、常人離れしてひとりでに動く身体のパーツにあるのだが。

『ありがと、メルさん。楽器は触れないけど、とりあえずコーラスぐらいできるように頑張るわ』

「なるべく人目につかないようにね。部室が心霊スポットとして有名になったら困るわ」

 有害音波の発生源としてもね、とエレノアは心の中で付け加えた。

「そうですね、バンドは正体を隠すためでもありますし」

 メラニーの言葉に一同は不安げに互いを見比べた。メラニー、リア、アンナ、エレノアの普段の姿は人間と変わらず、正体を見られたときは「あれはステージメイクだ」とごまかせた。しかし沙奈の場合はどう見ても、人間だとはごまかせそうもない。

『だいじょぶ、万一見られたら、AIキャラのふりしてごまかす。最近はアニメキャラとかホログラムが歌ってるコンサートってのもあるみたいだし』

 そういうと沙奈は急に手足をカクカクしはじめた。

『コンニチワ、ワタシ、リフリサナデス。ウタイマス。デイジー、デイジー』

「よけい怪しいそれにわざとらしい」

 沙奈はカクカクをやめて肩を落とした。

「いまどきそんなAIなんてありませんよお」

 メラニーが優しく諭した。

「あ、ていうか、沙奈さんてさ」

『はいはい?』

 リアの言葉に気を取り直して沙奈は顔を上げた。

「地縛霊で学校から出られないんでしょ? 学校の外でライブとかできないじゃん」

 そりゃそうだ、とアンナたちも沙奈を見た。しかし沙奈はリアの指摘にも傷ついた様子はなく、むしろよく気がついたとでも言うように喜んでいる。

『そう! そのことで、もう一つお願いがあるのよ!』

 沙奈はふわりと回転して向きを変えた。

『あなたによ、エリさん』

 沙奈は正面からがっしりとエレノアの両肩を掴んだ。

「え・・・?」

 実際は何も感覚がないのに、エレノアは沙奈の両手が肩をすり抜ける違和感を感じた。


『エリさん、あなた以前に身体が変異した人間の研究してたでしょう。"スワンプシング"とかいう』

 エレノアはピクンと反応した。

「なに? 前の部活でもオカルトの研究してたの?」リアが口を挟んだ。

 エレノアは科楽部の前身である"科学部"の部長にして、唯一の部員だった。科楽部の結成は、部室の存続という交換条件も理由の一つである。なにしろ科学部の地下には、先生にも地球人にも見せられない秘密兵器がぎっしりなのだ。

 そういうわけで、科楽部となった今でも、エレノア以外には地下は立ち入り禁止だった。もっとも他の部員も、そんな恐怖マシンでいっぱいの部屋に踏み込むつもりはないが。きっと地球人にとっては「ソウ」のお仕置き部屋みたいなところに違いない。

「何も怪しい研究じゃないわ。ルイジアナで事故にあった科学者が植物の身体に変身したっていう事件の、応用再現実験をしただけよ。実際には変身したんじゃなくて、科学者の意識が植物に乗り移ったらしいんだけど」

「思いきりオカルトっぽいじゃねえか」

「なんかヤな予感がしますう」

 外野の突っ込みを無視して、沙奈が続けた。

『そう、その再現実験って、プラナリアの意識をカビに移し替えるんだったわよね』

 沈黙。

「それって、カビが動いてウネウネ・・・」

「ぎゃー、やっぱり聞くんじゃなかったですう!」

「科学の進歩は従来の価値観を超えたところにあるものよ」

 涼しい顔で言ってのけたエレノアだったが、よく見ると組んだ腕をきつく締めてプルプルと震えていた。本人にとっても思い出したくない光景だったらしい。

「お前そんな実験してたのかよ! 他の部員が全員逃げ出すわけだよ」

『アレは私も見たことを後悔したわ』

 リアたちはこの実験の詳細を追求するのはよそうと心の中で誓った。

「それで、その実験がどういう関係があるの? 沙奈さんの・・・成仏と」

 エレノアが尋ねると、沙奈は首を振った。

『成仏じゃなくて解放よ。成功したんでしょ、その、意識の移動』

 何かを思いついたエレノアは目を上げた。

「・・・それって、まさか」

『そう! 私を学校から移し替えてほしいのよ!』

 沙奈がぱっと両手を拡げて叫んだ。

「え? え? どういうこと?」

 リアがキョロキョロと沙奈とエレノアを見比べた。

『今の私は、意識が校舎に乗り移ってるようなものだから。エリさんの実験の方法で切り離してもらえれば、自由に動けるようになるわよ、うん、きっと。たぶん』

「実験っていったって、できるかどうかも分からないわよ」

『そこはイチかバチかよ。人生はワンショットってエミネムも言ってたでしょ』

「いや、人生は終わってるだろ」

 勝手に興奮する沙奈をエレノアがたしなめた。

「また別の何かに乗り移っちゃうかも」

「まさか、さっきのチャッキー人形?」

「わたし、ブレアの森で拾った棒人形持ってますう」

『だいじょうぶ、エリさんなら何とかしてくれるわよ。ね?』

 一方的な期待を受けたエレノアは、壁に目を向けてブツブツと考え込んだ。

「ホランドの意識構築を・・・ムーアの空間転移で・・・クレイブンの次元固定を使えば・・・もしかして・・・できるかも」

 最後の言葉を沙奈は聞き逃さなかった。

『やった! 自由よ、解放よ、エマンシペイションよ!』

 沙奈は文字通り飛び上がってぐるぐると部室上空を旋回した。死んでも十六歳というのはあながち誇張ではないかもしれない。精神年齢が。

 リアたちは目で沙奈を追いかけていたが、目が回ってきたのでやめた。エレノアは低い声で付け加えた。

「結果の保証はできないわよ。前例も無いし」

「そりゃそうだ、宇宙人のゴーストバスターズなんてあるかよ」

『だいじょうぶ、信じてるから! きゃー、やっと私も普通の高校生活が送れるのね!」

「これって普通なんですか?」

 一同は互いを見回した。ヴァンパイア、人狼、ゾンビ、エイリアンの部活に、熱烈入部希望の幽霊。この状況を普通というなら、ゴジラとメカゴジラが合コンを開いても普通だと言い張るに違いない。

「よそう、メルちゃん。疲れるだけだよ」

 そして一同は考えるのをやめた。


「リア、そのモニターはそこへ置いて。メル、コードをそっちと繋いで。アンナはそのまま動かないで」

 白衣に着替えたエレノアがてきぱきと指示を出していた。

 科楽部の四人と一体は、沙奈の死亡現場である階段下に集まっていた。外では夕日が地平の下へ、付き合ってられんとばかり逃げ去ろうとしている。紫色の空、まさに逢魔が刻。といってもこの学校では時刻を問わず魔物が闊歩してるが。

 階段下の床の周囲には、エレノアが転送で出したへんてこな機械やモニターがあちこち並んでいる。リア、メラニー、アンナは、エレノアの指示で機材のセッティング作業をさせられていた。白衣を着込んだエレノアは、いつもの部長然とした命令口調をいちだんと鋭くしていた。

 アンナが持ち上げている機械も含め、機材類は床の一点を取り囲んで配置されている。

「あの床に沙奈さんが取り憑いてるんですか」

「わたしたち、毎日あそこを通ってたんだよね・・・」

 当の本人はといえば、呑気に空中をあちこち飛び回っている。

『♪今日、今日は残りの人生最初の日よ~』

 だから残りの人生は無いって。

「アンナ、もうちょっと上にあげて、動かさないで」

「んぬ・・・くそ、まだかよ」

「辛抱なさい、馬鹿力だけがあんたの取り得でしょ。動物なだけに」

「終わったら憶えてろよこの」

 リアとメラニーはアンナの抱えている巨大なパラボラアンテナと、そこから伸びたコードが繋がっている機械類を見渡した。説明によると、床のナントカドライブが動力で、コンピュータが何かの座標を計算し、ナントカ波が放射されるのだという。自分の作業がまちがっていませんように、とリアは思った。この実験が失敗したらどうなるのかは知らなかったが、絶対に知りたくない結果になることは確信が持てた。

 エレノアがカチカチとスイッチを操作すると、ナントカドライブが光ってブーンと唸りを上げ始めた。音のピッチが高まるにつれて、アンナが上げているアンテナの先端に光が瞬きはじめ、周囲にバチバチとアーク放電が飛び出した。アンナのショートヘアが逆立ってボリュームが膨らんだ。

「おおおいエリいぃぃ」

「そのまま! 害はないはずよ、せいぜい知能が動物並みに低下するだけだわ」

「このバカ野郎!」

 リアとメラニーは数歩後ずさった。

 沙奈は期待と興奮に満ちた目で、機械の放つ光が強まるのを見守っている。

 エレノアはいつのまにか遠くの壁の後ろに避難して、ゴーグルを掛けた顔だけを出していた。

「言い忘れてたけど、アンテナをドライブに向けないで! フィールドが崩壊して超新星爆発が起きるわ!」

「この大バカ野郎!」

 リアとメラニーはさらに数歩後ずさった。

 ドライブの唸りはどんどん高音になっていき、やがてアンテナの先端にぱっと光球が膨らんだ。

 沙奈は両目を閉じた。


 ボガーン!!


 全開のスピーカーみたいな轟音とともに、視界全体に白い光が閃めき、爆発の衝撃波が吹きつけた。アンナはアンテナもろとも数メートル後ろに吹っ飛ばされた。リアとメラニーも衝撃で仰向けに倒れた。

 ショックと光の残像が薄れたころ、リアはふらふらと身を起こした。

「あててて・・・メルちゃん,だいじょうぶ?」

「んん・・・腰が抜けたかと思いました」

「メルちゃん、ホントに抜けてる、抜けてる!」

「あ、失礼しました・・・んしょ」

 目を背けたリアの視界の外でカポンと音がした後、メラニーが立ってリアに手を差し伸べてきた。リアは手を握り、もう片手で腰をさすりながら立ち上がった。

「アンナ、だいじょぶ? アンナ?」

 二人が恐る恐る近寄ってみると、アンナは目を回して床に伸びていた。髪は全盛期のティナ・ターナーのように見事に逆立っている。

「あ、あ、あのヤロ・・・」

 リアとメラニーはアンナを抱き起こした。

「アンナさん、だいじょうぶですか? 8ひく3は?」

「知能の心配してんじゃねえ! 噛むぞこのゾンビ!」

「おいしくないですよう」

「よかった、前と同じだ」

「どいつもこいつもまったく・・・」

 全ての灯りが切れた機械類の向こうから、エレノアがゴーグルを額に上げて駆け寄ってきた。

「よかった、アンテナは無事ね」

「オレの心配しろよ!」

 本当に怒髪天のアンナが立ち上がった。

「害はないと言ったでしょう。ご苦労だったわね、実験は成功よ。爆発しないで済んだわ」

「おいコラ今なんつった」

 歯を剥いてやり場のない怒りに震えるアンナは、その元凶を探して首を巡らした。

 リアとメラニーもキョロキョロと辺りを見回した。

「沙奈さんは? どうなったの?」

 エレノアは神妙な面持ちで消えたモニター群を見つめている。

「取り憑いていた校舎から切り離されて空間位相に再構築された・・・はずだけど」

 外はすっかり暗くなって、星が瞬きだしていた。四人は誰ともなく窓の外の空を見上げた。

「行っちゃったのかな」

「これでよかったのかもしれないですねえ」

「さよなら、沙奈さん。あなたのことは忘れ・・・たいわ」

 いきなり足元のモニター1つがぱっと点灯した。

『私はここよ』

「うわあああぁ」

 四人はモニター画面に現れた沙奈に驚いて飛びすさった。

『もう、そんなにいちいち驚かなくてもいいじゃない』

「成仏したんじゃなかったのかよ!」

「せっかくいいシーンで決まってたのに」

『死ねば感動的ってもんじゃないでしょ』

 モニターが再びフッと消えると、沙奈が上空にするりと姿を現した。

『それより聞いて! 成功よ! 外に出られたわ! ほらほら!』

 沙奈は満面の笑みを浮かべて、天井をびゅんとすり抜けて飛び出していった。数秒後、またモニターがパッと点いて、中に沙奈が現れた。

「そ・・・それって学校の外まで出たの?」

『そう! 光がドカンってなったら私、学校の外にいたの! ちょっと飛んだらまた戻って来ちゃったけど』

「つまり今度はモニターに取り憑いたわけね」

「どうなってんですか、エリさん?」

 メラニー、リア、アンナがエレノアの顔を覗きこんだ。

「沙奈さんの意識構成位相を学校の分子から分離するところまでは成功したんだけど、再構築にはやっぱり固体の次元が必要みたい。分かる?」

「わかんない」

「えっと、それじゃ沙奈さんはまだ地縛霊のままなんですか」

『気にしないで。今までよりずっと遠くまで離れられるようになったし、モニターを動かせばどこへでも行けるもんね! やったー!」

「そのまま昇天させたほうがよかったんじゃねえか」

『もう、邪険にしないでよ。これで私も一緒に火星に行けるもんね? キャッハー!』

 全力ではしゃぐ沙奈をよそに、リアたちはその言葉で一気に顔を硬直させた。

 火星。

 沙奈の出現でそれどころじゃなかったが、リアたちは一週間後に火星のフェス出演が待っていたのだ。観客はもちろん宇宙人のみなさんで、主催者は宇宙邪神。そして主賓にいたっては、校舎も一撃で破壊する巨大触手の神と、そのお友達の団体さん。

 押しかけ入部の幽霊よりも遥かにデカい魔物が待っていることを思い出し、冷たいプレッシャーがのしかかってくるのを、一体を除くザ・ファントムズの四人は感じていた。


 その時だしぬけに、重い空気に不似合いな陽気なメロディーが廊下に響き渡った。

 デヴィッド・ボウイ"スターマン"のコーラス・リフだった。皆が見回す中で、エレノアがちょっと気まずくスマホを取り出していた。着メロだ。

 エレノアはぎこちなく画面を操作――し損ねると、あたふたとやり直して、ばっと耳に当てた。あのエリさんが取り乱すなんて、と周囲はただならぬ予感でスマホとエレノアを凝視する。

『やあ、エレノア』

「・・・こんばんは」

 エレノアは固まった表情で答えた。いったい相手は何者かと、周りの三人と一体は固唾を呑んでスマホから漏れ聞こえる声に注目する。

『新しい部活は順調そうだな。火星のことを聞いたぞ。私が迎えを頼まれてな』

「父さんが?」

 言うなりエレノアはハッとして、自分を注視している周囲を見渡した。

 みな緊張の抜けた顔をしていた。なんだ、ただの宇宙人か。

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